後輩達の来訪
「ここがケンイチのハウスね!」
「ブフォッ!?」
五月三〇日。約束通り今度は剣一の家にやってきた一行だったが、アパートを前にしたエルの言葉に祐二が何故か突然吹き出すように笑った。そしてその反応に、エルが驚いて眉をひそめる。
「え、何? アタシ何か変なこと言った?」
「変っていうか、何でいきなり英語なんだよ。普通に家でいいだろ?」
「だって、ケンイチの家は別にあって、ここはアパートメントハウスなんでしょ? ならハウスじゃない!」
「あー……そう、なのか?」
いきり立つエルに、剣一は何とも言えない表情を浮かべる。いつもなら知恵を出してくれる祐二が何故か腹を押さえてクックッと笑っていたので、剣一は代わりに英雄に視線を向けたが、見られた英雄は猛烈に困った表情になる。
「えっと、すみません。多分間違ってはいないと思いますけど……」
「ハウスはどちらかというと一軒家を現す単語ですから、住居という意味ではホームの方が正しいような気がしますが、とはいえアパートメントハウスというのは正式な呼び方ですから、そちらも正しいですし……すみません、私もそこまで細かくはわかりませんわ」
「そんなのどうでもいいじゃない! それより早く行きましょうよ!」
「お前が言い出したんだろうが……確かにどうでもいいけどさ」
「祐くん、いつまで笑ってるの?」
「ご、ごめん。すぐ収まるから……ククク…………」
ちょっと気持ち悪い感じに腹をひくつかせる祐二をそのままに、一行は部屋の前まで移動。剣一がドアの鍵を開けると、その脇を猫のようにスルリとすり抜けたエルが、真っ先に部屋の中へと飛び込んだ。
「いっちばーん! さーて、ケンイチの部屋はどんな――」
「む?」
「ウェイ?」
剣一の部屋は入ってすぐのところに二口コンロや流し台、小さな冷蔵庫などが設置された四畳ほどのキッチンがあり、その向こうが八畳ほどある洋室で、リビング兼寝室の間取りだ。
そしてエルが飛び込んだ時、キッチンと洋室を隔てている扉は開け放たれており……その向こうにはすっとぼけた顔でスルメではない酢漬けイカをしゃぶるぽっちゃりドラゴンと、今日も元気に頭を振って日課のウェイウェイ体操に励むニオブの姿があった。
「ど、ど、ドラゴンがいるー!?」
「うおっ!? 何だよエル、突然叫んで」
「何だよじゃないわよ! 何よあれ、ドラゴンがいるじゃない!」
「そりゃいるよ。うちにドラゴンが住んでるのなんて、みんな知ってるだろ?」
「そうだけどそうじゃないわよ! 亀じゃないドラゴンがいるじゃない!」
「だから……あれ? ディアがドラゴンだって言ってなかったっけ?」
「聞いてないわよ! ケンイチ、アンタそういうことはちゃんと――」
「ほらほら、エル様。こんな玄関先で騒いでは近所のご迷惑になってしまいますわ。まずは部屋の中に入りませんか?」
「そうだねー。ほらみんな、入って入ってー!」
「何でメグが? ここ俺んち……いや、いいんだけどさ」
「おじゃまします、剣一さん」
「ここが剣一のハウス……クックッ……」
「まだ笑ってるのかよ!? いいよもう、とにかく全員入れ!」
冒険者用の物件ということで壁は厚く、部屋に入ってしまえば防音はかなりしっかりしているものの、玄関先で騒ぐのはその限りではない。なので剣一が率先して全員を部屋に招き入れたわけだが……その室内は、端的に言ってギュウギュウであった。
「ねえケンイチ。この部屋ちょっと狭すぎない? まさか座る場所すらないとは思わなかったんだけど……」
「仕方ねーだろ! この人数は無理だって!」
一人暮らし用の部屋としては八畳は広い方だが、武器をしまう鍵付きロッカーを設置する義務があったり、冒険者用の小物や防具なんかを収納するスペースも必要なため、思ったほど広くはない。
それでも剣一だけなら十分だったし、たまに祐二は愛を招いたとしても、まだゆとりはあった。
ただそこにディアとニオブという無駄にでかい同居人が増えたうえに、今回は英雄、愛、エルの三人が追加。流石にここまでくると室内はどうしようもないほど狭く、祐二と愛はベッドの端ではなく上に腰掛け、テーブルを片付けたスペースにニオブを置くことで何とか空間を確保していた。
「それなら俺ちゃんの上に座るといいんじゃないか? 俺ちゃんなら一〇〇人乗っても大丈夫だぜ?」
「そうですか? では――」
「ふへへへへ、俺ちゃんの上に柔らかい尻の感触が……ウィンウィンでウェイウェイな関係だぜ! さあ、誰が座るんだ?」
「……申し訳ありません剣一様。落ち着かなくてご迷惑かも知れませんが、私は部屋の隅に立たせていただきますわ」
「それなら私の隣に座りなよー! ベッドの上だけど、剣ちゃんいいよね?」
「なら僕がそっちに行くよ。三人はベッドに乗れないし」
「じゃあ僕と祐二さんでキッチンの方のスペースにいきますね。扉が開いてれば話はできるでしょうし」
「悪いな二人共。あとニオブ、テメーは黙ってテーブルの代わりになっとけ!」
「カカカ、それともワシが座ってやろうか? ほれ、貴様の大好きな尻をくれてやろう」
「ウェイ!? ちょ、やめろよディア! お前の尻は何か臭そうだから嫌だウェイ!」
「臭くないわ! ワシの尻の何処が臭いというのじゃ! むしろフローラルな香りが漂っておるくらいじゃろうが! ほれ、嗅いで確かめてみよ!」
「やめろ! 俺ちゃんの顔に尻を押しつけるな! 入る! スポッと頭が入っちゃうから!」
「入ればいいじゃろ! 腹の内までフローラルなワシの尻を堪能すればいいじゃろ!」
「ウェーイ!? 助けてくれイッチー! ケツアナドラゴンは嫌だー!」
「いい加減にしろ、この駄目ゴン共が!」
騒ぐディアとニオブに、剣一の拳が炸裂する。そうして一悶着が収まると、最終的には部屋の中央にテーブルを兼ねたニオブが、その周囲に剣一、ディア、エルが座り、愛と聖はベッドの上、英雄と祐二はキッチンにはみ出して床に直座りという配置で落ち着いた。
「まったく……まさか部屋に入って座るだけでここまで揉めるとは思わなかったぜ」
「何かすみません。遊びに来るにしても、一人ずつにした方がよかったですね」
「いやいや、英雄達は悪くないから気にすんな。そもそもこのデブゴンと亀ゴンを風呂場にでも押し込めば、普通に場所も作れるしな」
「ぬあーっ! 何を言うのじゃケンイチよ! ニオブはともかく、ワシを仲間はずれなど酷いのじゃ!」
「そうだぜイッチー! ドラゴンは寂しいと死んじゃうんだぜ?」
「秒でバレる嘘つくんじゃねーよ! 放置するだけで世界が救われるなら、誰も苦労しねーだろうが!」
「それは違うぞケンイチよ。肉体的にはともかく、孤独が心を殺すというのは間違ってはおらぬのじゃ。
全ての存在を下等生物と見下し、ろくに会話もしなくなったドラゴンというのは、最終的には破壊の意思だけを持った厄介者になってしまうことも多い。それを防ぐという意味でも、超越者とのこまめなコミュニケーションは世界のために重要なのじゃ」
「え、この流れで真面目な話!? それは――」
「……ふふっ」
騒ぐ剣一達を前に、ふと愛が小さな笑い声をこぼす。すると隣に座っていた聖が、小さく首を傾げて愛に話しかけた。
「愛様? どうされたのですか?」
「ううん、何でもないよ。ただ、いつもの日常に戻ってきたんだなーって」
ここ数日は、本当に色々あった。まさか自分の人生で悪人に誘拐されることがあるなど、愛は想像したことすらなかった。
一歩間違えば……ほんの少し何かが違えば祐二はあの時死んでおり、自分もただではすまなかっただろう。もしそうなったら、自分達のかけがえのない友人である剣一は、果たしてどうしただろう?
怒りにまかせて、あの場の全員を殺してしまっただろうか? それとも悲しみに沈んで、そのままいいようにやられてしまうだろうか? 起きていない未来のことなんてわからないが、幸せな結末が待っていないことくらいわかる。
だから…………
「落ち着いてください剣一さん! 僕は大丈夫ですから!」
「いーや、もう許さん! お前のおやつは今日から三割カットだ!」
「ぬあーっ!? なんたる非道! そっちがその気なら、こちらとて容赦せぬぞ? 具体的には毎晩ランダムでニオブを光らせるのじゃ!」
「ウェイ!? おいディア、何で俺ちゃんを巻き込むんだよ!?」
「いい度胸じゃねーか! ならそんな甲羅、俺が叩き斬ってやるよ!」
「ウェーイ!? だから何で俺ちゃんが被害をうけるんだよ!?」
「フッフッフ、ワシが一番、ニオブをうまく使えるのじゃ!」
「あの世で俺に詫び続けろ! ディアー!」
「ちょっとアンタ達、いい加減にしなさいよ! ねえユージ、アンタケンイチの友達ならどうにかしてよ!」
「何言ってるのさエルちゃん、これは激アツだよ!? 最高画質でムービー撮っておかないと」
「何それ!? 何でケンイチの周りは馬鹿ばっかりなのよ!?」
「……ふふふ、平和だねぇ」
「平和、ですか? まあ、はい……そうですね?」
戸惑う聖を横に、愛はニコニコしながら仲良く喧嘩する友人達を眺めるのだった。
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