五つ目のスキル

「はーい。それじゃ第一回、俺の関係者親睦会を始めまーす」


 それからしばし。「流石にそろそろ大人しくしないと怒るよー?」と謎の迫力に満ちた愛に言われたことで仕切り直された室内に、何ともしょぼくれた剣一の言葉が響く。


 それと同時に周囲からはまばらな拍手が起こり、合わせてエルが元気よく手を上げた。


「はーい! そう言うことなら、聞きたいことがあるわ! というか、ずっと聞きたかったことがあるのよ!」


「ん? 何だエル?」


「何だじゃないわよ! そのドラゴン……ドラゴンよね? それ一体何なのよ!?」


 大きな声をあげたエルが、ディアを指差して問う。その勢いに酢漬けイカの五袋目を開けようとしていたディアがのっそりと顔を向けた。


「うむ? ワシか?」


「そうよ! 何でドラゴンがここにいるのかとか、そもそも本当にドラゴンなのかとか、この部屋に入ってからずっと気になってたのよ! ケンイチ、説明しなさいよ!」


「あー、そりゃまあ気になるか。わかった、なら軽く説明するよ」


 ポリポリと頭を掻くと、剣一はディアに出会った時のことを話していく。すると英雄、聖、エルの三人がそれぞれに複雑な表情を浮かべた。


「あのミノタウロスがいた場所に、ディアさんがいたんですね……なるほど、道理で魔物が強いわけだ」


「そして封じられていた扉を、剣一様が無理矢理に斬って開けてしまったと……」


「ケンイチ、アンタもうちょっと考えて行動しなさいよ!」


「ち、ちがっ!? 俺だって何も考えてないわけじゃねーんだぞ! ただあの頃は、ちょっとやさぐれてたっていうか……」


「何があの頃よ! まだたったの二ヶ月前じゃない!」


「ぐはっ!?」


 この二ヶ月は、剣一にとって激動の日々だった。もし二ヶ月前の自分に今の状況を説明したら「お前、それは流石に……」と可哀想な人を見る目で見られるくらいには異常事態である。


 が、それはそれとして二ヶ月というのは世間的には「ちょっと前」くらいだ。一四歳の剣一が若気の至りとして流すには、いくら何でも最近過ぎた。


「はぁ、まあいいわ。じゃあそのオッサンドラゴンは、本物のドラゴンなのね」


「誰がオッサンドラゴンじゃ! ワシは歴とした乙女なのじゃぞ!」


「アンタの何処に乙女要素があるのよ! そのお腹と大股開きたいどを改めてから言いなさいよね!」


「ぐぬぬぬぬ……」


 悔しげに唸るディアだったが、その口には絶えずイカが運ばれている。少なくともその動きに乙女要素は皆無であった。


「あの、一つ疑問があるのですが……」


 と、そこで今度は聖が遠慮がちに手を上げ、皆の視線がそちらに集まる。


「聖さん? 何?」


「その……ダンジョンの奥に封じられていたということは、ひょっとしてディア様も私達が将来倒すべき敵だったのではないかと思いまして……」


「え、そうなのかディア!?」


「ふむ。ワシは別に当時から世界を滅ぼそうなどとはしておらんかったし、ワシのいる場所にこの世界のダンジョンが通じていたのはワシの意図したものではないからのぅ。


 とはいえ世界からすると、ドラゴンというのは存在するだけで脅威なのじゃ。故にワシが排除対象に入っていたとしても不思議ではないのじゃ。まあそれが実行できるかは別じゃがな」


「何よ偉そうに! ねえケンイチ、こいつ強いの?」


「ディア? ああ、強いよ」


「ほんとにー?」


 即答した剣一に、エルが疑いの眼差しを向ける。まだまだ未熟なエルの目には、腹のたるんだオッサンドラゴンは全く強そうに見えなかったのだ。


「カッカッカ、ワシを侮るか、小娘! 確かにケンイチに負けたことで大きく弱体化はしておるが、ケンイチの許しさえあれば、今のお主達を屠るくらいなら造作もないわ!


 如何に使徒とてドラゴンを相手にするなら最低でも四人目の仲間を見つけ、五つめの力に目覚めねば勝負にもならぬ」


「えっ!? それはどういう……?」


「あの、剣一様? ディア様は随分と私達の事に詳しい……いえ、私達の知らないことすら知っているような口ぶりですが……?」


「あー、いや、俺もディアのことそんなに知ってるわけじゃねーからなぁ……なあディア、今のってどういう意味だ?」


「どうもこうも、言葉のままなのじゃ。確かお主達のスキルは、それぞれ<共鳴>、<共存>、<共感>であったな? であれば残る最後の一人のスキルは<共有>のはずじゃ。効果は全員の知識、経験どころか能力すら己のものとして扱えるという感じじゃな」


「まあ、そうなのですか!?」


「でも、それって強いの? アタシが剣を使えるようになったってヒデオほどは戦えないでしょうし、逆にヒデオが魔法を使えたとしても、剣で斬る方が強いんじゃない?」


「フッ、甘いのぅ小娘よ。全ての能力を共有するとは、能力だけでなく魔力や体力も共有するということじゃ。


 たとえばお主はヒジリよりも魔力を多く持っておるじゃろう? 誰かが怪我をしたとして、どれだけ魔力が余っておろうとお主では癒やせぬ。


 じゃが能力を<共有>しておればお主の魔力でヒジリが回復魔法を使うこともできるし、何なら自分で自分の怪我を治すこともできる。未熟であろうと力は力。使いこなすのはすぐには無理でも、使えるという事実はとても大きいのじゃ。


 無論全員の魔力や体力が共有されるということは、考えなしに力を使えば仲間の分まで使い果たして一気に窮地に……ということもあるじゃろうが、そういうアホな失敗に気をつければ、極めて有用で便利なスキルなのじゃ」


「うぅぅ……何よ、すっごく馬鹿にされた気分なんだけど!」


 フフンと笑うディアに、エルが悔しそうな表情を浮かべる。だがまだ疑問は残っているとばかりに、今度は英雄がディアに声をかける。


「それでディアさん、五つめのスキルというのは……?」


「うむ、使徒四人が揃い、その力が最高に高まった時に発動できるのが五つめのスキル<共栄>じゃな。お主達の誰かのスキルではなく、全員で発動させる必要があるのじゃが……その効果はお主達のスキルの対象範囲を『世界中』に広げるというものじゃ」


「世界中!? そんなことができるんですか!?」


「できるぞ。というか、それができねばドラゴンとは戦えぬ。ケンイチ達には以前話したが、ドラゴンとは世界一つ分の力を全て自らに集約した存在じゃからな。


 そういう意味では、<共栄>は限定的にお主達をドラゴンとするスキルでもある。世界の全てをその身に束ね、世界の意思を叩きつける。ドラゴンとの戦いとは他世界との戦いであり、それで漸く戦いが成り立つレベルなのじゃ」


「……………………」


「うわぁ、英雄君達って、本当に世界の主人公なんだね……」


 言葉を失う英雄達を見て、祐二が感慨深げにそう呟く。だがそこで、ふと愛が首を傾げて自分の考えを口にした。


「ねえディアちゃん。英雄くん達は、世界中の力の力を増幅させられるの?」


「うむ、そうじゃが?」


「それって、剣ちゃんも今より強くなるってこと?」


「「「あっ」」」


 祐二が、英雄が、聖が、エルが。そして何よりディアとニオブが、心底ヤバそうな表情で剣一を見る。


「え、俺? なに、英雄達が頑張ると、俺のスキルレベルが二になるのか!?」


「ま、まあ、そうじゃな……理論上は、ケンイチも強くなるはずじゃ……」


「で、強くなった剣ちゃんの力も、英雄くん達が使えるんだよね?」


「…………そういうことになるのじゃ」


「それ、大丈夫なの?」


「絶対大丈夫じゃないのじゃ!」

「絶対大丈夫じゃないぜぇ!」


 小首を傾げる愛の問いを、ディアとニオブが声を揃えて否定する。


「うむむむむ……考えたこともなかったが、ケンイチの力が増幅されたりしたら、この世界ごと吹き飛ぶのではないのじゃ?」


「ウェイウェイウェイウェイ……ヤバすぎて俺ちゃんのウェイが止まらないぜ……っ!」


「うむ。ニオブよ、お主早めに負けておいて正解だったと思うぞ?」


「マジでそれな! ウェーイ!」


「ねえ、聖さん、エルちゃん。念のため仲間は探してみようかって話してたけど……やめといた方がいいかな?」


「そうですわね。下手に揃ってしまった場合、万が一ということもありますし……」


「まったく何なのよケンイチは! まったくもーっ!」


「えぇ、俺が悪いのか!?」


 特に自分が何かをした訳でもないのに理不尽に責められ、剣一は今日もまたしょっぱい表情を浮かべるのだった。

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