剣一の過去

「お、れは…………」


「いきなり何を言うんですか!? 失礼にも程があるでしょう!」


「そうだよ! 剣ちゃんはそんな酷いことしないよ!」


 たじろぐ剣一に愛が素早く寄り添い、祐二が庇うように前に出る。自分に対して一切引かずまっすぐに睨み付けてくる視線に、清秋は慌てて申し訳なさそうな声を返した。


「ああ、いや、すまない。蔓木君を責めるようなつもりは一切ないんだ。そもそも私には人を責める権利などない。何せ私は、間違いなく人を斬っているからね」


「えっ……」


 その告白に、祐二の口から小さな声が漏れる。すると清秋は自らの手を見つめ、皮肉げな笑みを浮かべて言葉を続けた。


「無論、感情にまかせて誰かを害したりしたわけではない。目指す夢のため、掲げる大義のため、私なりの覚悟と信念を持って刀を振るってきたつもりだが……そんなものは斬られた側からすれば関係ないだろう。私は死ねば地獄に墜ちるのが確定の極悪人だ」


「お爺様……でもそれは、昔の混乱した時代のなかのことなのでしょう? お爺様が罪人だというのなら、裁判で死刑を言い渡す裁判官だって殺人犯になってしまいますわ」


「そうよ! うちのジイだって、戦争で沢山の敵を倒してるわ! でもジイは国の皆を守った英雄で、犯罪者なんかじゃないんだから!」


 必死にそう告げてくる孫とその友人に、清秋は優しい笑みを浮かべてその頭を撫でる。


「ははは……二人共優しいな。だが罪と業は違う。罪は法が与えるものだが、業は自ら背負うもの。人斬りの業は、私がこの命の限り背負い続けることを自ら覚悟しているものなのだから、気にすることはない。


 だが蔓木君、君は違うだろう? 君からはそんな後ろ暗い覚悟など一切感じない。あるのはただ罪の意識と、怯えだけだ。


 君は強い。少しくらい剣が揺らごうが、君に勝てる人間など誰一人として存在しないだろう。


 だが君は幼い。まだまだ成長途中のその心は、私のような枯れ果てた年寄りと違って脆く柔らかい。いつか誰かがそこを突いたなら、君は大きく傷ついたり……あるいは取り返しのつかない失敗をすることもあるだろう。


 そんなことはない方がいい。そんなことが起こらないようにするのが大人である私達の役目だ。だが世界は広く、私の手の及ばないところなど幾らでもある。


 だからこそ……だからこそ蔓木君。今ここでそれに向き合うつもりはないかい? 君が、そして君の仲間や友人達が決して進まぬ、進むべきではない道を歩いてきた私だからこそ、君に助言できることもあるだろう」


「さっきから勝手なことばっかり言って! 剣ちゃんは――」


「いいんだ、祐二」


 憤る祐二の肩に手をかけ、剣一が言う。その目を見て祐二が下がると、代わりに剣一が清秋の前に歩み出た。


「わかりました。別に悩んでるとかってわけじゃないんですけど……」


「私と二人きりになるかね?」


「いえ、構いません。祐二とメグは知ってる話ですし……まあ、英雄達がどう思うかはわからないですけど」


「何を聞いたって、僕の剣一さんへの尊敬の念は変わりません!」


「そうですわ。だって今の剣一様は、過去の経験からできておられるのですから」


「そうよ! アタシがそんなことくらいでケンイチのこと嫌いになったりするわけないでしょ?


 あ、いや、違うわよ! 別に今のアンタのことが好きってわけじゃないんだからね!」


「ははは、ありがとな」


 気を遣ってくれる後輩達に、剣一の気持ちが少しだけ軽くなる。


 見上げれば太陽。青い空には雲一つなく……剣一は小さく息を吐いてから、決して忘れ得ぬあの日のことを語り始めた。





「やった、僕の勝ちだ!」


「くっそ、またかよ!」


「ふふふ、剣ちゃんよわーい!」


 それは剣一が一〇歳になって少しした頃。近所の公園にて、剣一は祐二や愛と一緒に遊んでいた。


 遊びの内容は男の十番勝負その七、じゃんけんをして勝った方が負けた方にしっぺをするという、よく考えると何が面白いのか全くわからないやつだ。負けた剣一が左手を伸ばすと、祐二は徐にピンと伸ばした右手の人差し指と中指を自分の左手でしなるように反り返らせていく。


「いくよ……えいっ!」


「いってぇ! 何だよ、さっきより痛いぞ!?」


「そりゃそうだよ。何せ『てこの原理』を使ってるからね!」


「てこの原理!?」


「そうだよ。してん、りきてん、あと……そう、さぎょう・・・・てんさ!」


「さぎょうてん!? くっそ、さっきのが威力が増す作業だったのか!?」


 得意げな顔で言う祐二に、剣一が悔しそうに言う。なお色々間違っているというか、そもそも今のしっぺにてこの原理は微塵も使われていないが、当時一〇歳だった剣一達にとってそれは些細なことだった。


「次だ! 次は絶対負けねーからな!」


「えー、まだやるの? 私もう飽きたよー」


「そうだよ剣ちゃん。五回勝負でしょ? 僕もう三回勝ったよ?」


「うっせーな! 五回勝負って言ったら、五回勝つか負けるかするまでなんだよ!」


「まったく、仕方ないなぁ……」


 子供のような屁理屈で……実際子供だからだが……勝負の延長を申し出る剣一に、祐二がやれやれといった顔で応じる。組み合わせた手をグッと捻って空いた穴から空を見るという、判断基準が何なのかが全くわからない手段で次の手を決め、じゃんけんぽん。祐二がチョキを出し、剣一は……グー!


「やった! 勝った!」


「あー、負けちゃったかぁ」


「祐くん、ざんねーん」


「ほら、祐二! 観念して手出せ、手!」


「わかってるよ。でもあんまり痛くしないでね?」


「ばっか、俺にあんな痛いしっぺしといて、痛くしないわけないだろ! 見てろよ、俺の全力で最強のしっぺをしてやるから!」


「しなくていいよ! 全力はもっと違うところで出そうよ!」


 そんな事をいいながらも、祐二が左手を前に伸ばす。それを受けて剣一は、人差し指と中指を伸ばした右手を高々と掲げ、祐二の手首に狙いをつける。


「いくぞ! スーパーウルトラグレートスペシャルワンダフルデリシャスボンバーゴッドファイナルマッドエクストラアトミックサンダー……」


「長いよ!? それもう一回言える?」


「…………いくぞ、超必殺!」


 たった三文字になった渾身のしっぺを繰り出そうとした瞬間、剣一のなかでドクンと何かが目覚めた。


 スキルの芽生えは、およそ五歳から六歳。そこで自分がどんなスキルを得たのかがわかるが、実際にスキルが使えるようになるのは一〇歳くらいからというのが一般的だ。


 これはスキルという本来人が持っていない力が体に馴染むには五年くらいかかるからだと言われているが、その詳細は不明。ただ力の目覚めはある日突然で、それは自分で制御できるようなものではなく……故に剣一の「初めてのスキルの発動」が今この瞬間になったことは、「運命」という言葉でしか表せなかった。


「…………ん?」


「えっ?」


 剣一の指先が、何の手応えもなく空を斬る・・。ペチンという小気味よい音の代わりに鳴ったのは、ボテッという何かが落ちた音。


「あ……あ……アァァァァァァァァ!?!?!?」


「祐くん!?」


 左の手首から先がなくなり、ドボドボと血が零れる様を見て、祐二が絶叫を上げて尻餅をつく。それを見た愛は悲鳴をあげるより先に祐二の側に駆け寄ると、真っ青な顔でその傷口を見る。


「手が!? 僕の手が!? あぁぁ! あぁぁぁぁ!?!?!?」


「いや、いや! 祐くんが、祐くんが死んじゃう!」


 大声で泣きわめき、あまりのショックに祐二が気を失う。その如何にも死を連想させる光景に愛は激しく混乱すると、咄嗟に近くに落ちていた祐二の左手を拾い上げ、切断面にピッタリと押しつけてから自分の両手で包み込んだ。


「お願い、お願い! 私のスキルが<回復魔法>だって言うなら、今すぐここで目覚めて! お願い! お願い! お願いだから!!!」


 今ここで魔法が使えたら、もう二度と使えなくてもいい。その覚悟が起こした奇跡か、あるいはただの偶然か。その瞬間愛のスキルもまた覚醒の時を迎え、白い光が愛の手から放たれると、祐二の左手はあっさりとくっついた。


「ハァ、ハァ……ゆう、くん…………よかった…………」


 ショックで気を失っている祐二の手が繋がったことを確認し、愛もまたそう呟いて意識を失う。


 やがて悲鳴を聞きつけた近所の人がやってきて、倒れている二人の姿と地面に飛び散った血の跡を見て警察と救急車がやってくることになるのだが……その最後の瞬間まで、剣一はただ無言で立ち尽くすことしかできなかった。

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