本物の宝

「あの……今回の件、ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」


「あ、そうだよ! 助けてもらってありがとうございました」


「ありがとうございます、白鷺さん」


 まずは祐二が、そして剣一と愛がすぐにそう言って頭を下げる。すると清秋は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔で首を横に振る。


「ハッハッハ、気にせずともよい。彼奴等は聖にも手を出しておったから、君達が何をしてもしなくても、私の対応は同じだっただろう。だから君達がそれほど畏まる必要はないのだ。


 それに礼と言うなら、こちらの方こそ頭を下げねばならぬ。何せ孫の……孫達の使命を、君が代わりに果たしてくれたのだろう?」


「あ、はい。まあ……いや、そっちこそ『ついで』みたいな感じでしたけどね」


 逆に頭を下げられて、剣一が照れ笑いを浮かべながら頭を掻く。すると清秋は少しだけ遠い目をしながら静かに語り始めた。


「……正直、私は最初聖の言うことを信じてはいなかった。神の声を聞き、世界を滅ぼすような魔物が何処かに現れ、それを倒す使命を幼い孫が負ったなどと言われて、どうして信じられようか。


 あるいは使い方のわからぬスキルを得た聖が、どうにかして自分の力に意味を見いだそうとした妄想を語ることで己の心を守っているのだと、そう考えさえもした。


 だが、久世君に……そしてエルピーゾ姫殿下に出会ったことで、その認識は変わった。彼らの持つ力は皆『選ばれた』と言うに相応しい特別なもので、聖もまたその一人であった。


 故に私は怯え、震えた。それはつまり、聖の言う『世界を滅ぼすような魔物』もまた実在しているかも知れぬということだろう? そんなものと年端もいかぬ孫が命を賭けて戦うなど、大人として祖父として、決して見過ごすことはできない。


 人を使い金を使い、世界中から情報を集めた。幾つかその先触れと思えるようなものも見つけたが、決定的な情報は得られない。


 老い先短い自分が、果たしてどれだけ孫達の力になれるのか? 焦り、あがき、それでも諦めきれずに忸怩たる日々を送るなか……ある日突然、聖に告げられた。自分達の使命は終わった、倒すべき敵は、自分達を教え導いてくれた者が屠ってくれたと」


 そこで一旦言葉を切ると、清秋は近くに置かれたお盆からお茶を手に取り、一口飲む。豊かな渋みとほのかな甘みが口の中に広がり、伝わる温もりはまるで今の自分の心の在り方のようだと感じられる。


「こう言っては何だが、拍子抜けしてしまった。私の知らぬところで始まり、私の知らぬところで終わってしまったのだから、その感想も仕方ないと思う。


 だがそれでも、孫達の小さな肩に『世界の命運』などという重荷を背負わせる必要がなくなったことは何よりも重畳。その恩に対し、私がどれだけ感謝したところで足りるものではない。


 だから約束しよう。今後私の力の及ぶ限り、無粋な輩が君達に手を出すことはない。どうか安心して日々を過ごして……そしてよければ、聖とこれからも仲良くしてやってくれ」


「はい! これからも先輩として、しっかり面倒をみさせてもらいます!」


「聖さんは随分しっかり者みたいだし、逆に剣ちゃんが面倒をみられないように頑張らないとね」


「おまっ!? 祐二お前、そういうこと言うなよ! 思ってても口に出したら駄目なことはあるんだぞ!?」


「冒険者として教えられることはあんまりなさそうだけど、恋愛関係の相談なら幾らでものるからね!」


「ありがとうございます、愛様! 頼らせていただきますわ」


 若く青く、清々しいやりとり。その一点の曇りもない関係に、清秋は心からの笑みを浮かべ、聖に告げる。


「ハッハッハ! 若いというのは本当にいいな……聖、お前の周りにいる英雄君やエルピーゾ姫殿下、それに蔓木君達との出会いと交流は、どれほどの大金を積み上げても決して買えぬ本物の宝だ。決して当たり前のものではない。今はまだ実感できぬかも知れんが、それでも心に留めておくのだ。


 いつかきっとこの日得た財産に、お前は心から感謝することになる。祖父として先達として、これが私からお前に贈れる、おそらく最後の言葉だろう」


「まあ! お爺様ったら、またそんなことを言って……お爺様の『最後の言葉』を聞くのは、もう何度目かわかりませんわ」


「そうだったか? まあ、年寄りというのはそういうものなのだよ」


 可愛らしいジト目を向けてくる聖に、清秋は苦笑しながらその頭を撫でる。節くれ立った手の優しい感触に聖が目を細めると、清秋もまたこの世の幸せ全てを得たような気持ちに浸る。


 そうしてひとしきり孫との交流を済ませると、清秋は改めて剣一に顔を向け直した。


「時に蔓木君。一つ頼みというか、お願いがあるのだが」


「俺に? 何ですか?」


「なに、大したことではない。ちょっと私と剣を交えてみて欲しいのだ」


「えっ!? おじいさんとですか!?」


 その申し出に、剣一が驚きの声をあげた。すると清秋がいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「うむ、そうだ。聖達の代わりに、強大な魔物を倒したのだろう? その力の一旦を、是非とも体感してみたいと思ってな。どうだろうか?」


「えっと……?」


「剣一様が宜しければ、勿論大丈夫ですわ。それにお爺様とて、まさか死合いをしろと言っているわけではないでしょうし」


 剣一がチラリと視線を向けると、聖がそう言って祖父の顔を見る。


「当然だ! せっかく世界が救われたというのに、流石にここで命を散らせる気はない。ということで、軽く手合わせをするくらいで構わんのだが、どうだろうか?」


「それならまあ……」


「では早速庭に出るとしよう」


 剣一が承諾すると、清秋がそそくさと立ち上がり、庭の方に歩いて行ってしまう。となれば当然剣一達もこの場に留まるわけにもいかず、全員で庭へと移動していく。


「ふむ、この辺でいいか……おい、刀を持ってこい」


「ハッ!」


 清秋が声をかけるとどこからともなく返事が聞こえ、一分もせずに黒服の男が一本の刀を持ってくる。飾り気のない堅実な作りは、それが観賞用ではなく実戦用の刀であることを物語っている。


 愛刀を受け取り、鞘から抜き放った曇り一つ無い刃を太陽の下で数度振ると、清秋は正眼の構えをとって剣一に声をかける。


「うむうむ、久しぶりに抜いたが、まだ衰えてはおらぬな……蔓木君、よろしく頼む」


「えっと……それを使うんですか?」


「ああ、そうだ。雰囲気だけとはいえ、模造刀では味気ないからな。ああ、無論寸止めするから大丈夫だぞ?」


「お爺様ったら……」


 やる気満々の祖父に、聖が小さくため息を吐く。他の人が相手なら自分が……あるいは母を呼びつけて叱ってもらうところだが、剣一を相手に清秋がどうこうできるとは思わないので、それはしない。


 対して剣一の方は複雑な表情だ。無論それは自分が負けるとか、怪我をするとかの心配ではなく……


「あの……それ、刃こぼれさせたりとか、もし万が一折っちゃったりしたら……」


 頭をよぎるのは、かつてセルジオとやった模擬戦。あの時もついうっかり高そうなナイフを折ってしまったわけだが、今回の刀はそれより更に高そうだった。


 だがそんな剣一の言葉に、清秋は一瞬キョトンとした表情をしてから、すぐに腹を抱えて笑い出す。


「クッ、ハッハッハッハッハ! この刀を構えて、そんな心配をされたのは生まれて初めてだ! 面白い、実に面白いぞ蔓木君!」


「あ、いや、別におじいさんを馬鹿にしたとか、そういうのじゃないですよ!?」


「わかっておる。仮にも『世界を滅ぼす魔物』を倒したのだから、私のような老人など相手にならなくて当然だ!


 だが、だからこそ知りたい。君がどれだけ強いかわかれば、孫が立ち向かうはずだった敵の強さもわかる! 本当なら自分で戦ってみたかったが、それは敵わぬだろうしなぁ」


「あー…………」


 剣一の脳裏に、家でウェイウェイいいながら首を振っている白い亀の姿が浮かぶ。やろうと思えばいつでも再戦は可能っぽい気がするが、流石にそれをここで口にしたりはしない。


「では、始めよう……白鷺 清秋。参る!」


「よ、宜しくお願いします!」


 チャキッと音を立てて刀を構え直す清秋に、剣一も慌ててそう返し、腰の剣を抜いて構えた。

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