後輩からの招待

 五月二七日。あれ以来何事もなく日常を過ごしていた剣一達は、その日聖の招きにより、彼女の自宅を訪れていた。


 アパートの前にやってきた黒塗りの高級車にビビりながら乗り込んだ剣一が多寡埼市郊外にある豪邸の前で下ろされると、同時に停車した別の車の扉も開き、そこからは祐二達が降車してくる。


「あ、祐二」


「あー、おはよう剣ちゃん」


 お互いガチガチに緊張していた二人が顔を見合わせ挨拶をすると、その視線が自分達の招かれた家の方に向く。一般家庭としてはあり得ない程に高くガッシリした壁に包まれ、まるで神社か仏閣のような立派な門に閉ざされたその様を見れば、二人が抱くのは同じ感想だ。


「なあ祐二、これって……」


「それは言わない方がいいと思うよ」


「うわー、凄いおっきなお家だね! まるでヤ……」


「「それ以上はいけない」」


 祐二に続いて降りて来た愛が素直に感想を口にしようとしたところで、祐二と剣一の絶妙なコンビネーションがそれを阻む。確かにどう見てもヤのつく自由業……それも親分とかそういう感じの人が住んでるとしか思えない家だったが、流石にそれを口に出さないくらいの良識は二人共持ち合わせていた。


 と、そんな三人の前で、固く閉ざされていた門が勝手に開いていく。その奥から姿を現したのは、いつもと違う白いワンピースに身を包んだ聖の姿だ。そしてそんな聖の隣に、更に追加で二つ人影がある。


「皆様、ようこそいらっしゃいました」


「ケンイチ! 久しぶりね!」


「お久しぶりです、剣一さん」


「エルに英雄!? え、何で二人がここに?」


 予想外のゲストの存在に、剣一が驚きの声をあげる。すると聖が手で口元を隠し、悪戯っぽく笑いながら答えた。


「ふふふ、剣一様をお招きしたら言ったら、お二人も是非とも会いたいと仰いまして。なのでせっかくですから英雄様とエル様も一緒にお招きしたんです」


「すみません剣一さん。横から勝手に入って来ちゃって」


「何よケンイチ。まさかアタシに会いたくなかったなんて言わないわよね?」


「ははは、まさか! ビックリしたけど、また嬉しいよ」


「っ……そ、そう! ならアタシも、ちょっとくらい喜んであげるわ!」


「剣ちゃん、この子達は?」


「あ、そうか。祐二達は会うの初めてだよな。えっと……」


「初めまして。僕は以前に剣一さんに指導をしてもらった、久世 英雄と言います」


「アタシはエルよ! 本名はもっと長いんだけど、エルでいいわ。アンタがケンイチの言ってた友達ね?」


「うん、そうだよ。僕は皆友 祐二。で、こっちが……」


「剣ちゃんのお友達で幼馴染みの、天満 愛です。よろしくね、二人共」


「こちらこそ宜しくお願いします、皆友さん、天満さん」


「さあ皆さん、ここで立ち話も何ですし、どうぞ家の中にお入り下さい」


「お、おぅ。それもそうか。じゃあ、お邪魔します……」


「お邪魔しまーす」


 笑顔の聖に招き入れられ、剣一達は大きな門をくぐる。するとその向こうにはちょっとした公園くらいの広さがある、見事に手入れされた日本庭園が広がっていた。


「うわー、すっごい! 見て見て祐くん、川が流れてるよ! あ、鯉も泳いでる!」


「本当だ。この庭だけで、うちが全部入っちゃいそうだなぁ」


「ここ、広くて静かでいいわよね。ヒデオの家もこじんまりして好きだったけど、アタシはこっちの方が好きかな?」


「せっかくですから、少し散歩なさいますか? よければ案内させていただきますわ」


「おー、いいな! それじゃ聖さん、よろしく頼むよ」


「はい」


 笑顔で了承する聖に案内され、一行は雑談をしながら庭を歩いて行く。すると歳が近いこともあり、すぐに全員が打ち解けた。


「ねえケンイチ、前から思ってたけど、アンタのその服、ちょっと派手じゃない?」


「ぐぬっ!? いや、それは俺もちょっと思ってたけど、ほら、俺前衛だろ? 魔物の注意を引くのに、こういう派手目な服の方がいいんだよ」


「何だ、ちゃんと理由があるのね。アタシはてっきりケンイチの残念なファッションセンスのせいかと思ってたのに」


「残念じゃねーよ! ちゃんと同じ服を三着くらい買って着回してるんだぞ!」


「……思ったより残念だったわ」


 いつもと同じ赤いジャケットのことを指摘された剣一が反論すると、エルが呆れたような声で言う。だがそんな態度とは裏腹に、いつもの三割増しで元気に見えるエルはとても楽しそうだ。


「まあ、本のカバーを掛け替えていたのですか!?」


「そうそう。でも気づいても指摘しちゃ駄目なんだよ? 男の子はみーんなそういう秘密を持ってるものなの。あとは露骨に視線が動くこともあるけど、本人は気づいてないと思ってるから、こっちも気づかないふりをしてみせるとか……」


「なるほど。参考になりますわ」


 同じ回復魔法の使い手として仲良くなった愛と聖だったが、今は何故か別の話題で盛り上がっている。本人達は小声で話しているつもりようだったが、気づけばそこそこの音量となっていた。


「いいかい久世君。大事なのは空気を読むことなんだ」


「空気を読む……ですか?」


「そう。女の子との会話には、これという正解はない。たとえば全く同じ相談されたとしても、結論が欲しい時と話を聞いて欲しい時の二つがあるんだ。


 もし結論が欲しい時にうんうんと頷くだけだったりすると、『どうして早く教えてくれないの!』と怒られることになる。でも逆に話を聞いて欲しい時に結論を口にすると『どうして話を聞いてくれないの!』と怒られるんだ」


「えぇ……? それはどうやって見分ければ?」


「経験と勘……かな? 多分久世君も、そのうちできるようになると思うよ」


「うぅ、僕にはまだ難しそうです……」


 そして列の最後尾。祐二と英雄もまた、当初の冒険者談義から離れて「女子との適切な付き合い方」の話をしていた。自分と同じ苦労人の気配を感じた祐二の言葉に、英雄が神妙な雰囲気で頷く。


 そうして三者三様、それぞれの会話で盛り上がり、あるいは誰かの会話に他の誰かが入ったりしながらの散歩が終わると、辿り着いたのは木造平屋のこれまた大きな屋敷。


 当然内部も立派なもので、やたらと高そうな花瓶や掛け軸などが飾られた長い廊下を進んだ先、これまた華美ではあっても派手ではない襖の前まで辿り着くと、聖がその向こうにいる人物に向かって声をかけた。


「お爺様、お客様をお連れ致しました」


「うむ、通せ」


 威厳のある声に応えて聖が襖を開けると、その向こうは二〇畳ほどの広さのある和室があり、その中央奥には着物を着た白髪の老人が座っている。それがこの屋敷の主人であり、聖の祖父であろうことは一目瞭然だ。


「さあ、遠慮せずに入って、適当なところに座りなさい」


「あ、はい。失礼します……」


 促され、剣一達は緊張しながら近くに並べられた座布団の上に座る。戦いを生業にしているだけあって剣一も祐二も体の関節は柔らかく、正座は苦にならない。


 だがそんななか、唯一エルだけはポーンと両足を前に放り出して座ると、厳格そうな老人に気軽な口調で声をかけた。


「はー、やっぱりこの部屋はいいわね。草の匂いが落ち着くっていうか……あ、セーシュウお爺ちゃん、久しぶりー!」


「ははは、エルピーゾ姫殿下もお変わりなく。相変わらず孫とは仲良くしていただいているようで」


「そりゃそうよ! アタシとヒジリはお友達だもの……何、ケンイチ? そんな変な顔して」


「いや、エルはスゲーなぁと思って……」


「えっ!? あ、あれ? アタシなんか変だった? お友達のお爺ちゃんだし、別に無礼とかじゃないわよね?」


「ああ、勿論構いませんとも。この歳までくれば、孫娘の友達などそれこそ孫と変わりません。むしろあまり仰々しい態度をされては、そちらの方が寂しく感じてしまいますな」


「そうよね! ジイもそんな感じだったし……何よ、やっぱりアタシおかしくないじゃない! ケンイチの馬鹿!」


「お、おぅ? 何かごめん……?」


 よくわからない流れで罵倒された剣一が、よくわからない流れのまま謝罪する。するとそんなやりとりを見た老人が、楽しそうに笑い声をあげた。


「ハッハッハ、話に聞いていた通り、愉快な御仁のようだ。では話を始める前に、改めて名乗ろう。私は白鷺 清秋。そこにいる聖の祖父で……いや、ただそれだけの老人だよ」


(絶対嘘だ!)

(絶対嘘だよ!)

(絶対嘘だよねぇ)


 清秋の名乗りに、剣一達は内心で揃ってツッコミを入れるのだった。

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