響かない言葉

「おい平人、何やってんだ、ちゃんと狙え。あと銃口を水平に向けるな。奥の仲間に当たったらどうすんだ!」


「ご、ごめん兄貴……えいっ! このっ!」


 昭人の怒られた平人が、銃を構え直して引き金を引く。だがパンパンと乾いた炸裂音が幾度か響き渡るものの、祐二は元よりその周囲にいる剣一や愛にも弾丸は当たらない。


「おっかしーな? 何でこんな……なあ兄貴、もっと近づいたら駄目なのか?」


「死にたいなら好きにしろ。でもお前があいつらに捕まったり怪我を負わされたりしても、俺は助けねぇからな?」


「うぐっ!? わ、わかったよ……くそっ! くそっ! 当たれ!」


 更に幾度か銃声が鳴るも、やはり剣一達には命中しない。ムキになって引き金を引く平人の隣で、昭人もまた怪訝な表情を浮かべていた。


 剣一の実力が未知数のため、彼我の距離は一〇メートルほどある。なので生まれて初めて銃を撃つであろう平人が狙った場所に命中させられないこと自体は、そこまで不思議ではない。だが……


(おかしい。何であいつらは平然としてやがるんだ?)


 スキルという不思議な力が世に蔓延してもなお、銃は人にとって十分な脅威だ。手から火の玉を飛ばすより引き金を引く方が速いし、そもそも人を殺すだけであれば、そこまで大きな力は必要ない。


 それに同じようなスキルを持つ者を多数揃えるのは難しくても、銃を扱う兵士なら簡単に数を揃えられる。大混乱に陥りながらも世界秩序が崩れなかったのは、偏に「銃の優位性」が失われなかったことが大きいのだ。


 だというのに、祐二達は誰一人として自分に向けて致死の鉄礫が飛んでくることを恐れていない。互いの体を心配し合っている祐二と愛は平人の方を見てもいないし、剣一にしても腰に下げた剣すら抜いておらず、公園のベンチに座って缶コーヒーを飲んでいるサラリーマン並にリラックスしている。


 恐れていないどころか、気にしてすらいない。その事実が昭人の頭の中に猛烈な警鐘を鳴り響かせる。


「……そこまでだ平人。全員、あいつらの足下を狙って撃て! 生かすのは蔓木だけでいい!」


「「「ハッ!」」」


 一マガジン全弾を撃ちきった平人を手で制すると、昭人がそう指示を飛ばす。すると剣一達を囲む作業着の男達が、一斉に銃を撃ち始めた。二〇人近くの作業員が一斉に発砲を開始し、爆竹に火を付けたようなけたたましい音が鳴り響く。


 そうして三桁の銃弾が撃ち尽くされ、周囲に硝煙の匂いが立ちこめるなか……しかしその中央には、未だ無傷の剣一達の姿。


「馬鹿な!? あり得ねぇだろ!? おいお前ら、どうなってんだ? まさか駄菓子屋で買った玩具振り回してるわけじゃねぇよなぁ!?」


「ち、違います! 間違いなく本物の銃です! そのはずなんですが……」


「なら何で防がれてる!? おい蔓木、テメェどんなイカサマしやがった!?」


 自身もまた銃を構え、昭人が引き金を引く。しかしやはり剣一達には銃弾が届かず、苛立つ昭人に剣一が苦笑しながら答える。


「どんなって……別に、ただ斬って防いでるだけだけど?」


「はぁ? 何言ってんだ、テメェ剣を抜いてねぇだろうが!」


「そりゃ抜かねーよ。たかだか拳銃の弾を斬るのに、剣なんか抜くまでもないだろ?」


「アァァァァ!?!?!?」


 馬鹿にしたような剣一の言葉に、昭人が獣のような声をあげる。


 銃弾を斬れる冒険者は、そこそこいる。ただしそれはあくまでも正面から撃たれた場合であって、全周からの飽和射撃を防げるという意味ではない。


 あるいは優れた防御魔法の使い手であれば、降り注ぐ銃弾の雨を防ぐことも可能だろう。だが物理的な防御力を持つ魔法は、必ず視認できるという特徴がある。剣一達の周囲に障壁めいたものなど見えないし、何より<剣技><槍技>は元より、<回復魔法>にもそんな防御魔法は存在しない。


 普通に考えれば、何か特殊な……それこそ軍事機密になるような魔導具でも使っているはず。それであれば剣一達のバックにいるのが自分の想像以上に巨大だったのだと、昭人も納得出来た。


 だができない。昭人のスキル<看破:四>が、剣一が嘘を言っていないと伝えてくる。


(嘘は吐いてねぇ……本当に斬った!? 全方位から飛んでくる一〇〇発以上の弾丸を、剣すら抜かずに一つ残らず斬ったってのか!?)


「ふ、ふふふ……そうか、その薬は、そこまでパワーアップできるような代物なのか。欲しい、欲しいな……そいつがありゃ、俺が天辺を取れる!


 おい蔓木! 今からでも遅くねぇ、その薬を俺によこせ! そうすりゃお前も俺の横で、天辺の景色を見せてやるよぉ!」


「えぇ、何それ心底興味ない……」


 興奮する昭人に、剣一はすげなく答える。


「俺別に、人の上に立ちたいとか思った事ねーし。てかそういうのって頭のいい奴がやることだろ? 俺は友達と一緒に、横並びで歩く方がいいや」


「剣ちゃん……」


「嘘だ! そんなはずねぇ! テメェくらいの年頃なら、ムカつく大人や先輩なんて幾らでもいるだろ! そいつら全員好きなようにできるんだぞ!?


 欲しいものは何だって手に入る! したいことは何だってできる! 気に入らない馬鹿を蹴っ飛ばし、役立たずのクズをぶん殴り、内心こっちを嘲笑いながらペコペコ頭を下げてくるような糞虫を、そのまま踏みつけて地べたに這いずらせることだってできんだ!


 それに憧れねぇなんて、男じゃねぇだろ!」


「そう言われてもなぁ……」


 熱く語る昭人に、剣一は心底困った表情で頭を掻く。昭人の語る野望とやらは、剣一にとって「近所に住んでる山本さんのいぼ痔が悪化したらしいよ」という世間話と同じくらい心に響かない話題であった。


 そしてそんな剣一の心理を、祐二や愛は誰よりもよく理解している。二人は顔を見合わせ苦笑すると、昭人に向かって声をかけた。


「ははは、無理だよ昭人さん。剣ちゃんはそんなこと興味ないさ」


「そうだね。剣ちゃんはそういうの、向いてないもんねー」


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! そんな人間いるはずが――」


「嘘かどうか、わかるんでしょ?」


「……くっ、アァァァァァァァァ!!!」


 祐二の言葉に、昭人がまたも雄叫びをあげる。


 そう、わかる。昭人にはわかる。剣一は嘘を言っていない……自分にとって何より価値のあるものに何の価値も感じていないことが、昭人にはわかってしまうのだ。


 だが、それを認めることはできない。そういう馬鹿は自分の足下に這いつくばっているからこそ許されるのであって、自分と同じ位置に立つような相手がそうであることは、昭人にとって自己を否定されるのに等しい。


「もういい……もういい! テメェみたいな恵まれた生まれの奴に、俺の気持ちなんてわかるわけなかったんだ。


 情報を引き出すのはやめだ! ここで殺して、その後じっくり調べりゃいい! 死体からだって薬の成分は分析できるからなぁ!」


「おいおい、殺すとか物騒だな」


「剣ちゃん……誘拐されたり拳銃で撃たれたりしてる時点で、物騒どころの話じゃないよ?」


「あー、まあそうだな。何かもう撃ってこねーみたいだし、ならそろそろ終わりにするか」


「アァ!? 随分簡単に言うじゃねぇか! こっちの手札がこれで全部だと思ったら……」


「んじゃいくぞ……よっと」


 腰から剣を引き抜いた剣一が、まっすぐ腕を伸ばして剣を水平に突き出す。そのままクルリと一回転すると……


スパスパッ! ガチャガチャ! ハラハラハラ…………


「えっ?」

「あっ!?」

「なっ!?」


 握っていた拳銃が鉄くずとなって床に落ち、纏っていた服が布きれになって宙を舞う。そんな不可思議な現象に襲われたのは、当然作業着の男達だけではない。


「うわぁぁぁ!? ふ、服が!? 何だよこれ!?」


「……………………は?」


「キャー!」


「メグ! 見ちゃ駄目だ!」


 武装した戦闘集団改め、全裸のオッサンと葛井兄弟に囲まれる剣一達。危機の種類が違う方向に突っ走るなか、悲鳴をあげる愛とそれを庇う祐二に責めるような視線を向けられ、剣一は何ともしょっぱい表情を浮かべた。

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