交渉決裂

「剣、ちゃん…………?」


「おー、祐二! メグ! ここにいたのか!」


 誰もが呆気にとられるなか、小さく呟いた祐二の声に反応し、剣一が大きく手を振って倉庫の中に入ってくる。


「いやー、探したぜ! 親切なおっさん・・・・・・・がここの場所は教えてくれたんだけど、遠い上に道が入り組んでてわかりづらくってさぁ! ったく、こんなことなら自転車くらい買っとけばよかったよ。


 んじゃ、さっさと――」


「おいおいおいおい! 随分と派手な登場じゃねぇか!」


 剣一の言葉を遮って、昭人の声が倉庫に響き渡る。それに反応してか呆気にとられて固まっていた作業服の男達も意識を取り戻し、すぐに全員が剣一を囲むように動いた。


「ひょっとして、お前が蔓木 剣一か? 初めましてだなぁ! 俺は葛井 昭人。今日のパーティの主催者さ!


 で、蔓木君。スペシャルゲストのお前には、他より丁寧な迎えを出したはずなんだが……それはどうしたんだ?」


 昭人が今日誘拐しょうたいしたメンバーのうち、剣一だけが一人暮らし、かつ住居もセキュリティに優れた高級マンションなどではなく、単なるアパートだった。


 となれば町中で襲うより、自宅に押しかけてしまった方がやりやすい。ついでに家捜しもして何かが出てくれば万々歳ということで、昭人はそれなりに信用でき、腕の立つ者を五人も向かわせていた。


 だというのに拘束に失敗したどころか、送り込んだ人員からこっちの情報を吐かせて、剣一の方から乗り込んできた。それは一体どういうことかという昭人の問いかけに、剣一は小さく肩をすくめて答える。


「さあな? 今頃どっかで寝てるんじゃねーか?」


 昭人の情報網は優秀ではあったが、流石に全く表に出ていない、しかも絶対に想定されないような情報までは掴めなかった。即ち剣一家の居候……二匹のドラゴンの存在である。


 朝から謎の運送業者のオッサンに襲われ、反射的に倒してしまったことで頭を抱える剣一だったが、そこに声をあげたのがディアだ。魔法でオッサンを拘束して室内に運び込むと、やたらノリノリのニオブがピカッと甲羅を光らせる。


 するとそれを見たオッサンの目の焦点が合わなくなり、とっても素直になってしまったオッサンはディアの質問に何でも答えた。そうして昭人の企みを知った剣一は、自宅からここまで走ってきたのである。


 ちなみに、倒したオッサンは今も剣一の部屋の片隅に転がされている。ディアの魔法が並の人間に解除できるはずがないので、ディアが起こさない限り、それこそ死ぬまで寝ていることだろう。


「寝てる、ねぇ…………」


 だがそんなことを知らない昭人は、剣一の言葉を深読みする。


(寝てる……生け捕り? それとも永眠ころしたってことか? どっちにしろ大人五人の処理なんて、一四歳のガキが単独でできることじゃねぇ。やっぱりこいつのバックはなかなかでかそうだぜ)


「へぇ、思った以上にやるみてぇだな。よーしわかった! ならそいつも査定にいれてやるから、早速交渉を――」


「断る!」


「……おいおい、まずは話くらい聞けよ。そりゃお前のバックもでかいんだろうが、こっちはもっとでかいんだぜ? むしろあの人の名前を聞きゃ、お前のバックの方から泣いて『傘下に加えてください』って頼み込んでくるような人だ。だから――」


「断るっつってんだろ! 俺は善良な一般市民だから、人を掠うような奴と仲良くする気はねーんだよ!」


「…………はぁ、そうか」


 剣一の言葉に、昭人がどうでもよさそうなため息を吐く。剣一の評価を「上手く利用して成り上がるための駒」から「適当に使い潰すクズ」に変更すると、近くにあった工具箱に手を伸ばす。


「ならこっからは命令だ。俺に従え、逆らうな。じゃねぇとお前のお友達が、今よりもっと酷い目に遭うぜ? 例えばこんな風に……なっ!」


 手にした工具を、祐二に向かって投げつける。それは狙い違わず祐二の体に命中するコースを飛来したが……


「はあっ!」


「何!?」


 祐二が軽く力を込めるだけで、何故か・・・拘束している太いロープがプチッと千切れた。そのまま素早く身をかわすと、祐二は鞄に入れていたカプセルの最後の一つを口に含んで噛み砕く。


「ぐっ、おぉぉ……っ! メグ!」


「うわっ!?」


 武器は取り上げられているのでスキルこそ使えなかったが、鱗カプセルは祐二の身体能力そのものもスキルレベルに見合うように引き上げてくれている。それにより突如として強くなった祐二は愛を拘束している男を突き飛ばすと、上着を裂かれて半裸になった愛の体を抱きかかえ、一目散に剣一のところに走り寄った。


「はぁ、はぁ……メグ、大丈夫?」


「祐くん……っ! うん。へーきだよ」


「おい、どういうことだ? 何で皆友の拘束が外れた?」


「わ、わかりません。本当に……何で…………?」


 昭人の問いに、作業着の男が冷や汗をかきながら首を傾げる。


 祐二の拘束に使ったロープは新品でこそなかったものの、特に劣化も破損もしていなかった。先に薬を飲んだ結果驚異的に筋力が強化されて千切れた、ならまだわかるが、祐二が薬を飲んだのはロープを引きちぎった後なのだから、本当にわからない。


「ありがとう剣ちゃん、助かったよ」


「へへへ、まあな」


 対して祐二と剣一は、笑顔でそんな言葉を掛け合う。剣一ならたかだかロープ程度を斬るなんて造作もないとわかっていたからこそ、祐二も賭けに出られたのだ。


「でもごめん、剣ちゃん。武器がないから、これ以上は役に立てないかも……」


「そんなの気にすんなって。ここまで来たら、後は俺に任せとけよ。祐二はメグを守ることにだけ集中してくれ」


「了解。さ、メグ」


「うん。ありがとう祐くん」


 祐二が自分の上着を脱いで、愛に着せる。工具がプスプス刺さった結果割と穴だらけだったが、それでも左右にパックリ切り裂かれた服をそのまま身につけているよりはマシだ。


 そんな二人が近くに控えるのを確認すると、剣一が改めて昭人に話しかける。


「さて、えっと…………昭人だっけ? これで形勢逆転だな」


「は? 何言ってんだ? これのどこが逆転してんだよ」


 ニヤリと笑って言う剣一に、昭人は馬鹿にしたように言う。確かに剣一達の周囲には何十人という作業着の男が立ち並んでおり、一見すれば絶体絶命のピンチ。だがそんな状況であっても、剣一の余裕の表情は崩れない。


「確かに、逆転は違うか。だって俺は、最初からピンチになんかなってねーからな。祐二達の無事が確認できた時点で、俺の勝ちは揺るがなかった」


「チッ、話が通じねぇな。平人おとうとより馬鹿がいるとは思わなかったぜ」


「兄貴!? そりゃあんまり――」


「もういい。全員抜け」


 昭人の言葉に、周囲の作業着男達が鞄やポケットに忍ばせていた武器……拳銃を取りだし、剣一達に向ける。


「どうだ? 俺は馬鹿な弟と違って、油断なんかしねぇ。いくらお前が薬でスキルを強化してようと、所詮剣技は剣技。銃相手にどうするつもりだ? アァ?」


 そして昭人もまた、懐から拳銃を取りだし剣一に向ける。勝ち誇った笑みと濁った瞳の奥に浮かぶのは、強者として弱者を仕留める昏い愉悦の光。


「うぉぉ、拳銃!? 本物かよ!? 兄貴兄貴、俺にも撃たせてくれよ!」


「あぁん? あー、まあいいか。おい、お前のを貸してやれ」


「ハッ!」


「やったぜ兄貴! さあ皆友、覚悟しろよ!」


 剣一の側でしゃがみ込む祐二に、平人が狙いをつける。その醜悪な顔に、祐二は最後の優しさを以て声をかける。


「葛井……お前、本当にそれでいいのか?」


「いいに決まってんだろ! お前だってそんな薬飲んでるじゃねーか! 使えるもんは何でも使う! 楽して強くなれるなら最高! 俺とお前で何が違うってんだよ!」


「うっ、それは……」


 葛井 平人に矜持はない。冒険者として努力して強くなることも、強い武器を手に入れてインスタントに強くなることも、「他人を見下して気持ちよくなる」という目的からすれば大差ないのだ。


 そして祐二も、自分もまた安易に力を得る手段を取っていたことで一瞬言葉を詰まらせる。自分は違うと言いたいが、何が違うと言われれば即座には答えられない。


「へへへ……死ねぇ!」


 そんな祐二の歪んだ顔に狙いをつけ、平人は心底楽しそうな笑みを浮かべて引き金を引いた。パンッという乾いた音が響き、小さな鉄の塊が音より速く祐二に飛来したが……


チュインッ!


「…………あれ?」


 倉庫に響いたのは血を吹き出し苦痛に呻く祐二の悲鳴ではなく、金属の擦れる小さな音だけだった。

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