最後の悪あがき

「剣ちゃん、サイテー」


「ちっげーよ! そういうんじゃねーって! 武装解除! 武装解除だから!」


 顔を両手で覆って冷たく言う愛に、剣一が慌てて言い訳を捲し立てる。すると愛に寄り添いながら、祐二もまた剣一に苦言を呈する。


「でも剣ちゃん、パンツまで斬ることはなかったんじゃない?」


「いやいやいや、こういうときに中途半端は駄目なんだって! てか、お前らが隠さないから悪いんだろうが! 隠せよ! 何で丸出しで突っ立ってんだよ!?」


 ジト目を向けてくる祐二から顔を逸らし、剣一は周囲の男達に声をかける。しかし剣一達を取り囲む男達が股間を隠す様子はない。


 といっても、勿論彼らが揃って露出趣味に目覚めたわけではない。鉄も布も一緒くたに、下着まで……自分達に一切傷を付けることなく、一ミリの厚さすらない布きれを正確に切り裂かれたことに戦慄しているのだ。


 故にこの場で股間を隠しているのは平人のみ。ただ一人身をよじり、馬鹿みたいに声を上げている現実の見えていない弟をそのままに、昭人もまた丸出しの状態で激しく思考を巡らせていく。


 何故自分は生きているのか? どうしてこんなふざけた格好にさせられたのか? 弄ぶためか? それとも別の意図があるのか? 考えて考えて……やがて一つのシンプルな答えに行き着いた。


「ははは……そうか」


 平人以外の誰もが怯えて動けないなか、昭人が笑いながら一歩踏み出す。そこで自分の体に変化がないことを確認すると、大声で全裸の男達に指示を出した。


「おい、お前ら! 蔓木を拘束しろ!」


「昭人さん!? 無茶ですよ!」


「無茶なもんか。むしろ楽勝だ! 何せ蔓木は……人を斬れないんだからなぁ! なあそうだろ蔓木! 武器を斬って、服を斬って、なのに誰もかすり傷一つついてねぇだと!? そりゃお前に人を斬る覚悟がねぇからだ! 違うか!?」


「え? ああ、そりゃそうだけど?」


「……………………?」


 叫ぶ昭人に、剣一はやや困惑の表情を浮かべてそう告げる。思ったのと違う反応に昭人が一瞬固まると、愛と祐二がヒソヒソと言葉を交わした。


「ねえ祐くん。何であの人、当たり前のことをあんなドヤ顔で言ってるの?」


「さぁ……?」


 確かに剣一は、人を斬ることに抵抗を感じている。だがそれは現代日本に生きている者であれば、大抵そうだ。


 そもそもスキルなどという力がない頃から、人が人を殺すことなど簡単だった。蹴っても殴っても、その辺の石を拾って投げつけても人は死ぬ。


 だというのに人が人を殺さないのは、法律によりそう定められ、破ると罰せられるということもあるが、何より「人を無闇に傷つけてはいけない」という倫理教育が為されているからだ。


 なので当然、剣一もまたその「当たり前の倫理観」を持ち合わせていた。たしかに冒険者として魔物を殺すことを仕事にしているが、そんなのは日々数え切れない程の家畜を屠殺している畜産業者や、田舎の山奥で危険な動物を駆除している狩人だって変わらない。


 なので「人を斬る覚悟がないんだろ!」という指摘は「赤信号を無視して渡らない」とか「芝生に勝手に入らない」のと同じくらい普通のことで、剣一的には全くピンとこなかった。


「むしろ何であんたには無いんだよ? 日本で生活してたら、普通そうならねーか?」


「アァン? 俺にそんな情けねぇ感情が…………」


 と、そこで不意に昭人の動きが止まる。だがすぐに頭を振ると、凶悪な笑みを浮かべて叫び声をあげた。


「アァァァァ! んなこたぁどうでもいいんだよ! それより聞いただろ! 奴はこっちを傷つけられねぇが、こっちはそうじゃねぇんだ! ならさっさと捕まえちまえ!」


「わ、わかりました!」


 昭人の指示を受け、男達が剣一に殺到する。誰もが剣一よりずっと背が高く、体のでかいフルチンのオッサンが大量に襲いかかってくる様はある意味恐怖の光景ではあったが……


「ほいっ!」


「うわっ!? グハッ!?」


 横に寝かせた剣の平らな部分を男の腹に添えると、剣一がまるで金魚すくいでもするかのようにフワッと手を振る。すると明らかに一〇〇キロは超えているであろう筋肉質の全裸男が宙を舞い、五メートルほど離れた固い床の上にドサリと落ちた。


 そう、別に斬らなくたって無効化はできる。投げ飛ばすくらいなら問題ない。剣一は「絶対に誰も傷つけない!」などと言うような狂気的な善人でもなければ、気軽に人を殺すような猟奇的な悪人でもない。


 人を掠って殺しにかかるような相手なら、ちょっとくらい痛い目をみたり怪我をしたりしても自業自得。剣一のその辺のバランス感覚は良くも悪くも一般人であった。


「ほいっ! ほいっ! ほいっ!」


「なっ!?」

「ひえっ!?」

「や、やめっ!?」


 更にリズミカルに剣一が動き、床の上に裸の男が積み上がっていく。あっという間に形勢された男尻だんじりタワーに愛はそっと顔を逸らし、祐二は何かを悟ったような遠い目をするなか、剣一が最後に残った二人に意識を向ける。


「ほいっと……よし、これで終わりだな。あとは……」


「おい蔓木! さっさと俺に服をよこせ、この変態が!」


「この後に及んでその態度って、逆に凄いね……」


「お前に着せる服はねーよ! おらっ!」


「うぎゃっ!?」


 股間を手で隠しモジモジしながら叫ぶ平人を、剣一は無言で男尻タワーの最上段に放り投げる。その際にふにょりとした嫌な感触があった気がして、剣一は思わず顔をしかめる。


「……この剣、どうすっかな? 新品に買い換え……いや、洗って何とか……? うぅ、後で考えよう。それじゃ、あー……昭人だっけ? お前で最後だ」


「まさかここまで綺麗にやられるとはな…………流石の俺も、こりゃ笑うしかねぇよ。でも蔓木よぉ、お前これからどうするつもりだ?」


「うん? どうって?」


 首を傾げる剣一に、昭人が不敵な笑みを浮かべて言う。


「お前が敵に回したのは、お前が想像するよりずっとでかい存在だ。たとえここで俺をどうにかしても、あの人には何の影響もない。


 それどころか、これでお前は本当にあの人の敵になった。そうなりゃこの国でまともに生活なんてできねぇぞ」


「えぇ? そんな絵に描いたような悪人とか実在するもんなのか……?」


 昭人の言葉に、剣一が振り向いて祐二に問う。すると祐二は何とも難しいをしながら考え込んだ。


「うーん、少し前なら『漫画の読み過ぎ』って言えたんだけどなぁ……」


 ドラゴンに出会い、世界を救う勇者の話を聞き、それが倒すはずだったでかい亀が現れ、今はこうして誘拐された上に銃で撃ちまくられた。流石にここまでくると、祐二としても「自分の知る常識は本当は常識じゃなかったのかも知れない」という疑念を消し去ることはできない。


 そしてそんな二人の態度に、昭人は心底楽しげに言葉を続ける。


「いるんだよぉ、そういう人ってのはなぁ! 大体お前ら、この場をどうやって収めるつもりだ? 一応言っとくが、警察なんざ呼んだところで俺達は誰も逮捕されねぇどころか、お前達が不法侵入で捕まるからな?」


「何それー!? そんな無茶苦茶、通るわけないでしょー!」


「それが通るから俺達はここにいて、こんだけ派手なことができたんだよ! さあどうする蔓木? この場の決着がどうなろうが、俺が目を付けた時点でお前達は詰んでたんだ!


 だが今なら……そう、今ならまだ穏便に事を収めてやってもいい。這いつくばって土下座して薬をこっちによこすってんなら、明日からも平穏無事な生活が送れるってわけだ。


 それともワンチャン俺がハッタリをかましてることに賭けて、警察呼んでみるか? そうすりゃお前らもお前らの家族も含めて、三日で全員犬の餌に変わってるだろうけどな! ヒャーッハッハッハッハ!!!」


「くっ……ごめん剣ちゃん、僕が不注意だったばっかりに……っ」


 哄笑する昭人に、祐二は思いきり歯噛みする。どれだけ剣一が強かろうと、法律や権力の前には無力。それを身に染みて知っているからこそ、何もできない自分が悔しくて仕方がない。


 するとそんな祐二の肩を、剣一がポンと叩いて声をかけた。


「大丈夫だ祐二! その辺は俺も考えてあるからな」


「え、そうなの!? まさか剣ちゃんが!?」


「何が『まさか』なのかは今は置いとくとして、一応な。つっても本当に大丈夫かは俺も半信半疑だけど……お?」


 と、その時。剣一が斬ってフルオープンとなった倉庫の庭先に、黒塗りの高級車が列をなして停車する。そこから現れた黒服の男達に祐二と愛が警戒心を高めるなか、最後に降りてきた白いローブの少女が剣一に声をかけてくる。


「お待たせ致しました、剣一様」


「おう、聖さん! 本当に来てくれたのか!」


「勿論ですわ」


 手を上げて挨拶をする剣一に、聖もまたニッコリ微笑んで応えた。

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