禁断の薬

(今夜の夕食はなんだろう? アスパラカレーとかいいなぁ……アスパラガス、今が旬だし)


「おいユージよ、聞いておるのか?」


「アッハイ」


 軽く現実逃避していた祐二の意識が、ディアの声で元に戻る。なおその隣では剣一が「何だかわかんないけど、何かスゲー」という顔を、愛が「男の子はこういうの好きだよねー」という他人事のような顔をしているが、ディアはそちらは気にせず話を続けた。


「では続きじゃが……そうしてドラゴンに至った者には、大きく二つの選択肢がある。一つはその状態で世界に留まり、崇められたり恐れられたりしながら普通の命として生きることじゃな。こちらはまあ、特に言うことはない。


 で、もう一つは残りの力も全部集めて、世界の力を丸ごと我が物とすることじゃ。そうするとその者は世界の殻を破り、外に出ることができるようになる。ニオブと知り合ったのもそこだったのじゃが……それは今はいいとしてじゃ。


 その後は周囲にある別の世界を同じように食い荒らし、徐々に力をつけていって……最終的には己が神となるのを目指すというのがメジャーなドラゴン生なのじゃ。ワシも若い頃は目指したものじゃが……ははは、何とも懐かしいのじゃ」


「そうだぜ! 生まれたからには天辺を目指すのがドラゴンってもんだぜ! ウェーイ!」


「何だそりゃ、スゲー迷惑だな」


 ディアが説明を終え、ニオブが高速で頭を振り回しながら叫ぶなか、剣一が露骨に顔をしかめる。だがそんな同居人の態度に、ディアは腹を揺らして笑う。


「カッカッカ、確かに犠牲となる世界にとっては災厄そのものじゃろうが、とはいえこれは自然の営みじゃからな。自分達が平和に暮らしているところにある日突然外敵がやってきて襲われるなぞ、別に珍しくもなんともなかろう」


「まあ確かに、規模が違うだけで僕達人間だって他の命を奪って生きてるわけだしね……ん? それってつまり、僕が強くなりたかったらドラゴンを目指せってこと?」


「そうだぜユージン! イッチーにやられてアホほど弱体化しちゃったけど、俺ちゃんだってまだまだ諦めてないんだぜ!」


「おいニオブ、お前それ、まだこの世界をどうにかしようとしてるってことか?」


 ニオブの不穏な発言に、剣一がジロリと睨む。するとニオブは焦った様子で激しく頭を振り回しながら弁明した。


「ウェイ!? ち、違うぜ! 俺ちゃんは既にドラゴンだから、それなりにエネルギーが溜まれば世界を壊したりしなくても外に出られるんだよ。


 だからイッチーとの契約はきっちり守ったうえでイケてる最強ドラゴンに復帰する計画なのさ! ウェーイ!」


「そ、そうなのか……まあそれならいい、のか? なあ祐二?」


「ごめん剣ちゃん、このレベルの話は僕じゃ判断できないよ。あと流石にドラゴンは……」


 チラリと剣一に視線を向けられるも、祐二は困った顔でそう答える。いくら祐二が賢かろうと、自分とは全く違う尺度の存在の考えなど理解が及ばないし、不良に絡まれた程度のことで人間をやめるつもりもないのだ。


「カッカッカ、安心せよ……というのも違うが、ドラゴンというのはなろうと思って簡単になれるようなものではないのじゃ。それでユージよ、お主が求めておるのはその場限りのインスタントな強さなのじゃ? それとも地に足の付いた実力としての強さなのじゃ?」


「それは……できればどっちも欲しいですね」


 ほんの少しだけ考えてから、祐二がディアにそう答える。


「葛井が今すぐどうこうしてくるかはわからないですけど、もし何かあった時のために、その場を切り抜けられる力はあった方がいいと思います。


 で、それでしのいでいる間にちゃんとした実力をつけられれば、もう葛井のことを気にする必要もなくなるかなーと」


「ふむ、強欲だが妥当な考えであるな。他ならぬケンイチの友であるわけじゃし、そういうことならワシが少し力を貸してやろう。確かこの辺の……」


 そう言うと、ディアが椅子から立ち上がり、尻の辺りをまさぐり始める。そうしてしばらくすると、向こうが透けて見えるくらい薄い鱗をペリッと一枚剥がして手に取った。


「よし、これじゃ! これを飲めば、一時的にじゃが体内の魔力が活性化し、能力が強化されるのじゃ!」


「ディアの尻の鱗を飲むのか……?」


「尻ではなく尻尾の付け根なのじゃ! まったく、ワシの鱗となれば普通なら大国が戦争を起こしてでも欲しがるようなものなのじゃぞ! それをそんな嫌そうな顔で見る者など初めてなのじゃ」


「あはははは……あ、でも、すみません。それを飲み込むのは、確かに難しいかも……いや、汚いとかじゃなくて、大きさとかそういう意味で」


 剣一にジト目を向けられプリプリ怒るディアに、祐二が控えめな感じで告げる。手のひらくらいの大きさの鱗を丸呑みは、実際かなり難しそうだ。


「む、確かに人の口では難しいか。ならば……」


 ディアが手のひらを上に向けると、鱗がふわりと浮き上がりその周囲に風が巻き起こる。それが収まると、ディアの手のひらに風邪薬のカプセルのようなものが三つポトリと落ちた。


「これならどうじゃ? 鱗の大半を粉末とし、残りで包んだのじゃ」


「それなら飲みやすそうですね。ありがとうございます」


 お礼を言って、祐二がカプセルを受け取る。手のひらにのったそれをまじまじと見つめる祐二に、ディアが注意事項を説明した。


「それの使い方じゃが、口に含んで噛み砕いてから飲むのじゃ。そのまま飲んでも胃液で溶けたりはせぬから、その場合何の効果もでないので注意するのじゃ。


 それと、飲む数に注意するのじゃ。一つ飲めばスキルレベルが一上がったくらいのパワーアップで、副作用は翌日に筋肉痛のような痛みに襲われるくらいとなる。


 二つ飲めばレベル三つ分ほど力が上がるが、おそらく一週間くらいは激痛に見舞われ、まともに生活できなくなるじゃろう。


 で、三つ同時に飲むとレベル五つ分くらい力が増すが……効果が切れるとほぼ死ぬのじゃ。なおどれだけ飲んでも、効果時間は一〇分位じゃな」


「五レベル分!? それに、一〇分……」


 この世界において確認されているスキルレベルの最高は六だ。今の祐二が<槍技:三>なので、五あがれば八……一〇分限定とはいえ、世界最高を優に上回ることになる。


 その事実に祐二がゴクリと唾を飲むと、剣一が祐二の手からひょいとカプセルを一つ摘まみ上げた。


「剣ちゃん!? 何するのさ!?」


「いや、今の説明を聞くと、追い詰められた祐二が三つ飲む展開がありそうだなーって思って。ならこうしとけば絶対飲めないだろ?」


「いやいや、それだと僕の切り札が一つ減っちゃうんだけど!?」


「なら、私も一個もらおうかな? 一週間も動けないなんて大変だし」


「メグまで!?」


 更にひょいっとカプセルを奪われ、祐二の手の中には一つしか残らない。しかし二人の親友は、悪びれる様子もなく祐二に笑顔を向ける。


「なあ祐二、頼るんならこんなヤバい薬より、直接俺を頼ってくれよ。祐二が困ってるなら、いつだって力を貸すぜ?」


「そうだよ祐くん。一人で抱え込まないで、みんなで協力しよう? ねえディアちゃん、これ私が飲んでも効果があるんだよね?」


「そうじゃな。メグならばユージと同じ効果が見込めるじゃろう。ただしケンイチ、お主は無理じゃ」


「何でだよ!? 俺だってこれ飲んだら、待望のレベル二になるんじゃねーの!?」


 愕然として声を上げる剣一に、ディアが呆れた表情で言う。


「アホぬかせ。ワシより強いお主が、どうしてワシの力で強くなれると思うのじゃ? お主がそれを飲んでも、単に苦いだけなのじゃ。カカオ九九%くらいの苦さなのじゃ」


「そんな、俺の夢が……野望が……っ」


「まーまー剣ちゃん。みんなお揃いってことでいいじゃない? ね?」


「まったく、剣ちゃんは仕方ないなぁ」


 ガックリと崩れ落ちる剣一に、愛が背中をさすり祐二が苦笑を向ける。祐二の中に燻っていたわずかな劣等感は、気づけばいつの間にか綺麗さっぱりなくなっていた。

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