ドーピング訓練

 明けて翌日、五月七日。祐二と愛は今日もまた多寡埼ダンジョンの一五階層へとやってきていた。単独でフラフラしている丁度いい獲物マッドゴーレムを見つけると、祐二は徐に槍を構えつつ、腰の鞄から小さなカプセルを一つ取り出す。


「ねえ祐くん、本当に飲むの?」


「ああ。この訓練法は有効かもって、ディアさんも言ってただろ?」


「そうだけど……」


 祐二の言葉に、愛が心配そうな表情を見せる。祐二が手にしているのは、昨日ディアにもらった能力増幅薬だ。いざという時の備えとしてもらった薬を何故今飲むのかと言えば、自分で使っても意味がないと判明した剣一の分をもらったからである。


 勿論、二つ一緒に飲むのは厳禁とか、飲むときは必ず愛と一緒にいることなど条件をつけられたが、今はどちらの条件も満たしているので問題ない。


「それじゃ飲むから、もし何かあったら、悪いけどよろしくね」


「任せて! 祐くんのことは、私がちゃーんと見てるから大丈夫だよ」


 胸の前でグッと拳を握る愛に、祐二は笑顔で頷いてからカプセルを口に含み、奥歯で噛み砕く。すると口の中に猛烈な苦みが走り、それと同時にまるで焼けた鉄を飲み込んだかのように口から喉、胃、腸へと灼熱が走り抜けていった。


「ぐあっ!?」


「祐くん!?」


「だい、じょうぶ…………ふぅ、こういう感じか」


 体に鉄芯を打ち込まれたような衝撃だったが、そこを中心に全身に熱が行き渡ると、祐二は自分の体にかつてないほどの力が溢れているのを感じる。そのままマッドゴーレムに槍を向け意識を集中すると、敵の体内に小さな力の固まりのようなものがあることが感じられた。


(これ、ひょっとしてマッドゴーレムのコアの位置がわかるようになったのかな?)


 試しにスキルを使わず、祐二はそのまま槍を前に突き出す。するとカツンという固い手応えと共に、マッドゴーレムの体が激しく揺れ動いた。


「ボォォォォ……」


「うわ、マジか!? なら……」


 マッドゴーレムの大ぶりの攻撃をかわしながら、祐二は槍の穂先をその体に向ける。するとまるで磁石に吸い付けられているかのように、穂先がスススッと移動していく。


(勝手に動いてる? いや、僕が無意識に槍を動かしてるんだ。こうして見ると、結構な速度でコアを動かせるんだな……でも、今なら!)


「螺旋突き!」


「ボォォォォ……」


 狙い違わず、祐二の槍がマッドゴーレムのコアを貫く。あまりにもあっけない勝利に思わず呆然となる祐二に、愛が駆け寄ってきて声をかけた。


「やったね祐くん! 凄いよー!」


「あ、ああ…………いや、駄目だ! 次! 早く次を探そう!」


「えっ!?」


「だって、効果時間は一〇分しかないんだよ!? その間にできるだけ戦闘経験を積んで、今の感覚を覚えておかなきゃ意味がなくなっちゃう!」


 ディアも認めた訓練法……それは薬の力で一時的に強くなったら、その状態での感覚や体の動きをしっかりと記憶し、効果がきれた後にそれを反芻して訓練するというものだった。


 実際、祐二は研ぎ澄まされた感覚により今までわからなかったゴーレムコアの微弱な反応を感じられるようになっていたし、技のキレも一段上がっているように思える。この感覚を再現できれば、伸び悩んでいた現状を打破できる可能性は十分だ。


「いた! 仕掛けるよ!」


「祐くん、はやいよー!」


 背後から聞こえる愛の言葉をそのままに、祐二は見つけた二体のマッドゴーレムに躍りかかる。


「まずは……薙ぎ払い!」


 おおよそ三メートルほどあるダンジョンの道幅を一杯に使い、祐二が槍を横に薙ぐ。すると以前は中程までしか斬れなかったマッドゴーレムの胴体を完全に切り裂き、もう一体に二割ほど食い込んだところで動きがとまった。


(凄い! こんなに簡単に斬れるなんて!)


 祐二が槍に込めた力は、今までとほとんど変わらない。だというのにこれだけ結果が違うのは、マッドゴーレムを構成する泥の体、そこにある力の流れをしっかり読み取り、その隙間を通すように槍を振るうことができたからだ。


「なら次は……次は…………っ!」


 思いつくまま気の向くままに、祐二は技を放ち続ける。幸いにもマッドゴーレムはコアを破壊されない限り何度でも再生するため、練習台にはうってつけだ。


 薙ぐ、突く、払う、斬る。振り回し、叩きつけ、掬い上げて……


「終わりだ! 双柳そうりゅう突き!」


 泥の体から宙に飛び出た二つのコアを、柳のように槍をしならせ二つ一緒に突き壊す。そうして戦闘が終了すると、不意に祐二の体から力が抜け、その場でガクッとよろけてしまった。


「祐くん!? 大丈夫!?」


「メグ……うん、平気。どうやら薬の効果が切れたみたいだね」


「そっか。でも本当に平気なの? 祐くん、顔真っ赤だよ?」


「え、そう? 単純に激しく動いたからだと思うけど……ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかな」


「まったくもー! 剣ちゃんじゃないんだから! メッ!」


「あはははは……」


 頬を膨らませコツンとおでこを指で突いてくる恋人に、祐二は笑って誤魔化す。その体を満たす心地よい疲労感にそのまま眠りたくなるが、流石にこんなところで寝たら冗談ではなく永眠になってしまいかねない。


「よし、それじゃ今の感覚を忘れないうちに、もうちょっと戦闘しておこうかな」


「まだやるの? また明日に……って、明日は筋肉痛になるんだっけ?」


「ディアさんの話だと、そうだね。本当に便利な薬だよ」


 普通、この手の薬の副作用は効果が切れると同時だ。だがこれは支払いを明日まで待ってくれる親切設計。つまり今日一日はまだ訓練を続けることができる。


「ということだからメグ、悪いけどもう少し付き合ってくれる?」


「はいはい。祐くんのためなら、私はいつまでだってお付き合いするよ」


「ありがとう、メグ」


 夕焼け空の下、「もう少し遊びたい」と駄々をこねる子供を見るような目をする愛に礼を言うと、祐二は再びマッドゴーレムを探し始める。そうしてたっぷり夕方まで戦闘訓練を続け、翌日は予定通りに筋肉痛で動けなくなり、母親に呆れられたり訪ねて来た愛に部屋の掃除をされそうになって焦ったり悶えたりしてからの…………五月一〇日。


「はあっ!」


「ボォォォォ……」


 祐二の槍が突き込まれると、マッドゴーレムの体が崩れ落ちる。


「お疲れ様、祐くん。随分当たるようになったね?」


「ありがとうメグ。うん、本当にそうだよね」


 これまで全く当たらなかったコアへの直接攻撃が、今では三回に一回は当たるようになった。薬を使ったときの「見える! 僕にも見えるぞ!」という感覚にはまだまだ遠いが、それでもある程度見切れるようになったのだ。


「この調子なら、もう一六階層に降りてもいいかも。どう思う?」


「いいんじゃない? 昨日も今日もすっごく調子よさそうだし」


「ふふふ、まあね!」


 愛に褒められ、祐二が得意げにクルリと手元で槍を回す。短槍ならともかく自分の胸くらいまである槍なのでこれもなかなか難しい技術なのだが、今の祐二ならこのくらいは余裕でできてしまう。


 というか、できるようになったのでついついやってしまうのだ。そんな無邪気な祐二の姿に、愛もまた「仕方ないなー」という温かい目を向けて微笑む。


「よーし、ならこの調子で、ガンガン階層を更新していこう! 目標は半年で三〇階層まで戻ることだ!」


「うん! 頑張ろうね、祐くん」


 かつて剣一と一緒にいた頃の場所に辿り着くもどる。それは祐二にとって大きな目標であり、これからも親友と並んで歩くために必要なことでもある。自分が強くなっているという手応えを感じられなくなり、その上剣一と別行動を余儀なくされてしまったことでどこか焦っていた祐二の心はすっかりやる気を取り戻し、愛と二人でダンジョンを進んでいく。


 その姿勢は余りにも前向きすぎて……


「何だそりゃ……クソがっ!」


 物陰から自分達を見ていた人影が去っていくのを、祐二達は最後まで気づくことができなかった。

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