世界の秘密

「……という感じの事があったんだよ」


「ほーん。そりゃまた面倒な事になってるな」


 五月六日。子供の日に後輩達に素敵なプレゼントくんれんをしたことで今日は休みとなった剣一は、珍しく祐二の方から「相談したいことがある」と言われて親友二人を自宅に招いていた。そこで語られた内容に、テーブルの上の煎餅を囓りながらとりあえずそんな返事をする。


「しかし葛井、葛井なぁ……ごめん、正直俺はあんまり印象にないんだけど」


「確かに剣ちゃんは、あんまり絡まれたことないよね。見た目もまあ、冒険者だとそこまで目立つってほどじゃないし」


 平人と剣一は、あまり関わりがない。というのもダンジョン内では活動している階層が違うから出会わないし、ダンジョンの外でも流石に人目が多いところでは平人も祐二に絡まなかったため、剣一が二人に合流する前、あるいは帰宅のために別れた後に声をかけることが多かったからだ。


 加えて、スキルレベルが一しかない剣一は、平人からすると「友達だからお情けで祐二が面倒みてやっている金魚のフン」という認識だった。となれば平人には剣一を意識する理由がなく、剣一もまた平人のことなどどうでもいいので、結果として二人が言葉を交わすことはほとんどなかった。


「ウェイウェイウェイ! 俺ちゃんのハニーに手を出そうなんて、随分思い上がった人間じゃねーか! そんな奴俺ちゃんがキュッと消し飛ばして――」


「ねえ剣ちゃん。スッポン鍋は高級品だって言うけど、ゾウガメも煮込んだら食べられるのかな? あ、それともまずは生き血を飲むんだっけ?」


「ウェイ!?」


「やめろよメグ。そんなでかい亀なんてうちの鍋じゃ煮込めないし、血なんか出したら部屋が生臭くなっちゃうだろ?」


「ウェイウェイ!? おいおいイッチー、冗談だよな? な?」


「そっかー、残念。じゃああとでおっきな寸胴を買ってくるね」


「ウェーイ!?」


 剣一と愛の会話に、ニオブが足下でウェイウェイと騒ぐ。そんな亀の姿に何とも言えない視線を向けてから、祐二が改めて剣一に声をかけた。


「それで剣ちゃん、相談なんだけど……今回みたいなこともあるから、僕ももっと強くなりたいんだよ。だから何か、いい感じの訓練法とかないかな?


 ほら、最近指導員のバイトをして、後輩を立派に育てたって言ってたでしょ?」


「訓練か。そう言われてもなぁ……」


 祐二に問われて、剣一は考え込む。確かに剣一は英雄達を指導したし、今もクソガキ三人衆を鍛えているが、それはあくまでも相手が新人だからだ。祐二の場合既にスキルレベルが三もあるし、そこに至るまでに地道な努力を積み上げているので、「スキルに振り回されるだけ」ということもない。


 それでも祐二のスキルが剣一と同じ<剣技>であるなら教えることもできただろうが、<槍技>となると勝手が違う。そもそも正式に冒険者になってから二年も一緒に活動していたのだから、互いに教え合えるようなことは大体教え終わっているのだ。


「ウェイ? 何だよユージン、お前強くなりたいのか?」


「ユージンって僕のこと? うん、そうだけど……?」


 突然愛称めいたもので呼ばれ、祐二が少しだけ驚きながら振り向く。するとニオブはハイテンションに首を振り回しながら話を続けた。


「なら簡単じゃん! 俺ちゃんと一緒に最強目指そうぜユージン! ウェーイ!」


「うん? ニオブお前、最強なんて目指してたのか?」


「は? 何言ってんだよイッチー。俺ちゃんがどうして世界を白く染めようとしてたと思ってんだ?」


「どうしてって……どうして?」


「「「は!?」」」


 問う剣一に、それ以外の全員が思わず声をあげる。そんななか代表して口を開いたのはディアだ。


「け、ケンイチよ。まさか……まさかとは思うのじゃが、お主ニオブがどうしてこの世界の脅威となったか、その理由を知らぬのじゃ?」


「そりゃ知らねーよ。だってほとんど成り行きで倒したようなもんだし」


「いやいやいや、確かに最初は知らぬじゃろうが、普通倒した後とかにでも聞くじゃろ!? え、何故今まで聞いておらんのじゃ!?」


「そうだよ剣ちゃん! 僕はてっきり聞いたら駄目なセンシティブな内容だから教えてくれないだけだって思ってたのに、まさか聞いてすらいなかったの!?」


「剣ちゃん、それは流石に……」


「だ、だって! そんな、ニオブも説明とかしなかったし……?」


「俺ちゃんとしては、まさか俺ちゃんを倒せる相手がそんなことを知らないと思わなかったから言わなかっただけなんだけど……ここに来たらディアもいたから、尚更知ってるもんだとばっかり……」


「えぇ…………?」


 全員から「マジかこいつ」という感じの目を向けられ、剣一はひたすら戸惑う。するとディアが大きくため息を吐いてから言葉を続けた。


「むぅ、途轍もなく器が大きいのか、信じられぬほどの愚か者なのか……まあケンイチじゃから、お馬鹿なだけなのじゃろうなぁ……よかろう、ならば改めて説明するのじゃ。


 まず大前提として、世界というのは力に満ちておるのじゃ。で、世界にある力の半分以上を集めると、その者は世界を掌握し、一つ上の存在……ドラゴンになることができるのじゃ」


「え? ドラゴンってそういう感じなの?」


「力を集めるって、具体的にはどんな風にやるんですか?」


「うむうむ、一つずつ答えるのじゃ。まずケンイチの方じゃが、確かにドラゴンとはそういうものなのじゃ。より正確にはそういうドラゴンが母体となって産みだした生物としてのドラゴンもおるのじゃが、そういう細かい違いはどうでもよかろう。


 とりあえず、言葉を話さないのは魔物とか動物のドラゴンで、ワシのように言葉を話すのが真のドラゴンだと覚えておけばよいのじゃ。


 で、次にユージの方じゃが、力の集め方は様々じゃな。世界というのは一つ一つが独立して閉じておるものじゃから、内部で破壊の限りを尽くして新たな命として巡る分を吸収したりもできるし、敬意や信仰を集めることで間接的に力を高めることもできる。その辺は人それぞれ、ドラゴンそれぞれなのじゃ」


「待ってください。破壊にしろ信仰にしろ、世界全てからっていうのは相当難しくないですか?」


 ディアの説明を聞き、祐二が控えめに手を上げて問う。


「世界って、つまり宇宙とかも全部含めるってことですよね? 光の速さで一〇〇億年以上もあるような範囲全てを壊すとか、あるいはそこに点在しているであろう知的生命体全てに接触して信仰を集めるとか、とても現実的には思えないんですけど……だって、それをする前の段階では普通の生物なんですよね?」


 既に神の如き力を持っているなら、そういうことができても不思議ではない。だがそうなるためにそれだけのことが必要だというのなら、一体どんな生命であれば条件を達成できるのか?


 鶏が先か卵が先か。そんな祐二の疑問に、ディアが楽しげに笑って答える。


「うむ、よい指摘じゃな。その答えは明確で、世界の範囲はお主が思うほど広くないということじゃ。具体的に言うなら、例えばワシ等がいるこの場所、この世界の範囲は、精々お主達が太陽系と呼ぶくらいの範囲までしかないのじゃ」


「えっ!? いやでも、宇宙はもっと広がってますよね? そりゃ人類はまだそこまで到達してないですけど、観測くらいは普通にされてるはず……」


「じゃが、そこに別の生命はおらぬじゃろう? 確かに宇宙せかいは広い。じゃが世界のなかで活動しておるのはその中心となる部分のみ。残りは予備というか、今の世界が終わったあとで次の世界を始めるための場所であったり、既に終わった世界の残骸であったりでしかないのじゃ」


「ってことは、宇宙人はいないのか!? うわ、浪漫が一つ消えちまったぜ」


「いやいや剣ちゃん、これ浪漫とかそんなレベルの話じゃないよ!? 今の話が本当なら、宇宙に関する色んな憶測や常識がひっくり返る、とんでもない内容なんだけど……!?」


「カッカッカ! もしお主達の技術が星を飛び出すほどに進化したならば、その分世界の力の総量も増え、世界の範囲も広がる。そうなれば更なる時の果てにここ以外の星で命が生まれる可能性までは否定せぬがの。


 ちなみに、今のはあくまでも『一つの世界』の話じゃ。そういう世界もまた沢山あって……っと、これは次に説明するところなのじゃ」


「……………………」


 不良に絡まれて困るという相談をしたら、宇宙の真実を教えられた。そのあまりに訳のわからない状況に、祐二はただ呆然と眼鏡を光らせることしかできなかった。

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