後輩達の卒業

「……ねえ、ケンイチ。本当に辞めちゃうの?」


「そんな顔されても、規則だしなぁ」


 縋るような顔で見てくるエルに、剣一は苦笑してそう答える。「異協」によって定められている指導員の指導期間は、基本的には対象となる新人のスキルレベルが二になるまで、となっている。


 これは言い換えると、「スキルを得ただけの一般人」が「魔物と戦うことのできる冒険者」になるまでということだ。実際レベル二になる頃にはゴブリン相手の実戦経験を積んでいるはず……法改正前の話だが……なので、そこから先は自己責任でというのが異協の、ひいては日本政府の判断なのだ。


「ならば異協の依頼を受けた指導員としてではなく、個人的に剣一様を雇うというのはどうでしょうか? 剣一様であれば、今の倍……いえ、三倍の報酬を支払ってでも教えていただく価値があると思うのですが」


 故に聖が、そんな提案を口にする。実際剣一の実力を鑑みれば、三倍どころか一〇倍二〇倍の報酬を支払ってでも教えを請いたいという人物はいるだろう。


 そしてそれは、剣一にとっても魅力的な提案だ。だがそんな自分の欲を押さえ込んで、剣一はもう一度首を横に振る。


「そりゃ俺としてはありがたいけど……でもそうすると、聖さんたちがダンジョンに潜れなくなっちゃうだろ? ほら、俺のスキルレベル、一だし」


「あっ…………」


 神が世界を滅ぼす災厄だと呼ぶようなドラゴンを一方的に倒せたとしても、剣一のスキルレベルがいちであるという事実は変わらない。つまり剣一が一緒だと、英雄達も第三階層より下に降りることができなくなってしまう。


「せっかくスキルレベルがあがって本格的にダンジョンが探索できるようになったのに、先輩としてそれを邪魔するわけにはいかないさ」


「むぅぅー! 何なのよこの法律! こんなのがなかったら、まだまだずっとケンイチと一緒にダンジョンに潜れたのに!」


「それは俺も思うけど、でもこの法律がなかったら、俺がエル達と出会うこともなかったんだ。だからそう怒るなって」


「むぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」


 もしこの法改正がなければ、剣一は今も祐二達とパーティを組んでダンジョンに潜っていただろう。となれば当然指導員のバイトをすることもなかったし、そこで英雄達と出会うこともなかった。


 剣一にとっては都合の悪い、不自由を押しつけてくる法律でしかないが、それが誰かの助けになったり、こうして新たな出会いのきっかけになった。そう考えれば頭ごなしに改正法を否定することもできない。


「こういうの、何て言うんだっけな? 人生万事、さい……才能が裏……? 裁縫……?」


「塞翁が馬、ですわ。今現在の幸福や不幸が、そのまま未来の幸福や不幸ではないという意味ですわね」


「そう、それ!」


「何でケンイチが教わってるのよ……アンタ、本当にケンイチよね」


「そりゃ俺は剣一だけど……あれ? 今さりげなく馬鹿にされた?」


「まさか! 直球で馬鹿だって言っただけよ」


「更に酷い!?」


「あはははは…………こういうのも、これで終わりなんですね」


 最近よくやっている剣一とエルの馬鹿なやりとりを笑ってから、英雄が寂しそうに呟く。


「三週間……たった三週間でお別れなんて……早すぎますよ」


「そこはまあ、英雄達が優秀だったからだしなぁ。正直俺も、まさかこんなに早くバイトがなくなるとは思わなかったよ」


 しょんぼりする英雄に、剣一があえて冗談めかして言う。ちなみに一般的な指導期間は、法改正前でおおよそ三ヶ月から半年ほどだ。三週間というのは相当に短く、剣一としても想定外ではあった。


「それに何かスゲー悲壮な感じ出してるけど、指導員の仕事が終わるってだけで、俺が冒険者やめるわけじゃないんだからな? 一緒にダンジョンに潜ることこそできないけど、普通に町中で会ったりもするだろうし、困った事があれば相談とかしてくれていいんだぞ?」


「そう、ですね。確かにこれで二度と会えないとかじゃないですもんね」


「そうそう! だからそんなに深刻に考えるなって!」


 実際には、常に一緒にいる状態からそうでなくなると疎遠になるというのはよくあることだ。剣一だって義務教育時代にそこそこ仲の良かった友人が、卒業と同時に疎遠になるという経験をしている。


 だが逆に、ずっと一緒にいるわけじゃなくても繋がっている間柄というのだって間違いなくある。たとえば祐二と愛は一緒にいる時間が大幅に減ったが、それでも親友であることに変わりはない。


「てわけだから、しょぼくれんな! 胸を張れ! 何せ俺達は、一緒にあのニオブライトを倒した仲だぞ!」


「一緒にって……あれはケンイチが倒したんでしょ? アタシ達は端っこでうずくまってただけじゃない」


 不貞腐れたように言うエルに、しかし剣一は笑顔でそれを否定する。


「そんなことないさ。エルや聖さん、英雄達だったから、俺だって助けたい、手伝いたいって思ったんだ。もし三人が自分達を『神様に選ばれた特別な存在』ってことで思い上がってるような嫌な奴だったら、ミノタウロスとの戦いを見守ったりしないでそのまま帰ってたかも知れないし」


「えー、そう? ケンイチなら何だかんだ言いながら、ちゃんと見守ってくれてたと思うけどなー? 仕方ないなーって言って助けて、その後は『ほれみたことか! お前達なんて実は大したことないんだから、もっと謙虚になれ!』ってお説教するとか」


「ああ、確かに剣一様なら、そういう風になりそうですわね」


「だよね! 剣一さんが後輩を見捨てるとか、ちょっと想像できないな」


「お、おぅ。何だよ、急に褒めてくるじゃん」


「ふふ、お世辞じゃないですよ。僕達の本当の気持ちです……ねえ、剣一さん」


 照れて変な顔になっている剣一に、英雄が改めて語りかける。


「僕達の指導をしてくれたのが……僕達の秘密がバレたのが、剣一さんでよかったです。他の誰でもなく、剣一さんだったからこそ僕達はここにいるんです。


 神様に与えられた使命は、確かにもう終わったのかも知れません。でも僕達の冒険者としての日々は、まだこれから始まるんです。


 だからこれからも、どうか僕達を導いてください。先輩として、仲間として……そして何より、友達として。どうですか? お願いできませんか?」


 英雄が、拳を握った手をまっすぐ剣一に向けて伸ばす。すると剣一はニヤリと笑って、英雄の拳に自分の拳をゴツンと当てた。


「当たり前だ! 何かあったら何でも言え! 頭を使うことと金がかかること以外なら、大抵のことはどうにかしてやる!」


「何それ、頼りになるのかならないのかわかんないわね……でもまあ、せっかくだから頼ってあげるわ」


「逆に剣一様にお困りごとがあった時は、是非私達に相談してくださいませ。お金や権力で解決する問題なら、私とエル様でどうにかしてみせますわ」


「おぉぅ、その頼もしさが逆に怖いぜ……あれ? 聖さんはともかく、エル?」


 言動のそこかしこから聖の「普通じゃない」雰囲気を感じていた剣一だったが、エルは単なる外国人くらいにしか思っていなかった。なのに何故エル? と剣一が首を傾げると、エルが今思いついたという感じの表情で言う。


「あれ、言ってなかったっけ? アタシ、アトランディア王国の王女なのよ」


「は!? 王女? アトランディアの!?」


 アトランディア……それはダンジョンの出現と同時にハワイと日本の中間くらいの位置に突如として出現した島国である。その出現タイミングから当時は色々騒ぎになったのだが、最終的には国連に認められた……加入はしていない……正式な国家として、今は様々な国との交流を持っている。


 当然日本も友好国だし、地理的にも近いのでアトランディア人が日本にいること自体は不思議でも何でもないが、流石にそれが王女となると話は別。


「おま、お前! 何でそんな、最後にそんな爆弾をぶっ込んでくるわけ!?」


「別にどうでもいいじゃない。それとも何? アタシが王女様だってわかったら、ケンイチは今更『へへー!』って土下座でもするわけ?」


「いや、しないけど……」


「ならそれでいいじゃない。アンタがどんだけ馬鹿強くても、アタシが王女様だったとしても、アタシとアンタの関係は変わらない……でしょ?」


「……はは、そうだな」


 悪戯っぽく笑うエルに、俺もニィッと笑って返す。すると三人が横一列に並んで、俺の方をまっすぐに見た。


「今日までありがとうございました、剣一さん」


「お世話になりました、剣一様」


「一応、感謝しといてあげるわ。ありがと、ケンイチ!」


「こっちこそ、楽しかった。みんな、これからも頑張れよ!」


「「「はい!」」」


 暗く冷たいダンジョンのなかに、後輩達の元気な返事が響き渡る。こうして剣一の初めてのアルバイトは、互いに笑顔で終わりを迎えるのだった。

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