剣一と受難

「すみません。指導員のバイトに応募したいんですけど……」


 四月三〇日。その日剣一は新たな収入をゲットすべく、再び「異界調査業協同組合」……通称異協へとやってきていた。今回もまた協会証ライセンスを見せて要求を伝えると、職員がカタカタとキーボードを叩いて情報を検索する。


「蔓木さん……あれ? 前の契約から一ヶ月も経ってないですけど?」


「あ、はい。指導していた子達が凄く優秀だったんで、あっという間にスキルレベルが二になっちゃったんですよ」


「へー、それは凄いですね」


 一ヶ月でスキルレベルが二になるのは、相当に凄い。が、そもそも独自にダンジョンで活動していたものの、限界を感じて指導員を雇う……ということもあるため、一ヶ月で契約満了というのが絶対にないわけではない。


 勿論細かく調べれば英雄達の成長速度に疑問を覚えたかも知れないが、別に違法性があるわけでもないのにわざわざ時間をかけてまでそんな事を調べる理由も権限も、窓口の職員は持ち合わせていなかった。


「あ、本当だ。最高評価がついてますね」


「そうなんですか? へへへ……」


 契約満了に伴い、英雄達は剣一の仕事に五つ星の最高評価を与えていた。後輩達の置き土産に思わず照れ笑いを浮かべる剣一に、職員の男性もニコニコと笑顔を浮かべ……しかしその表情が一変する。


「これなら次のお仕事も……あれ? これは……」


「……あの、何か?」


「失礼ですけれど、蔓木さんのスキルレベルはあがられましたか?」


「うっ!? い、いえ、今もまだ一です……」


「そうですか、そうなると……うーん、厳しいですね」


 更にカタカタとキーボードを叩いて情報を検索していく職員だったが、その渋い表情が変わることはない。


「やっぱり指導員となると、レベル三の方の募集がほとんどですね。二ならまだ何件かあるんですが……」


 初心者が指導員に求めるのは、経験と実力だ。実際にダンジョンで活動し、魔物と戦っている先輩の知識と技術を学ぶことで、自分だけで頑張るよりも手堅く安全に成長したいからこそ、金を払って人を雇うのである。


 となれば当然、募集する人材は自分より強い人となるわけだが、四以上は企業から直接依頼を受けるようなレベルなので、基本的には三……費用の問題でやや妥協して二というのが一般的であった。


 対して、剣一のスキルレベルは一……指導者として自分と同じ程度の能力しかない者を、わざわざ報酬を支払って雇うような変わり者は、残念ながら登録されていなかった。


「この前みたいに、レベルじゃなくて実力で判断……みたいなのはないですかね?」


「いやー、難しいですね。そもそもスキルレベルが実力を判断するための基準なわけですし。高レベルの冒険者を募集してる企業案件とかなら同じレベルでも実力の上下はあるんで、実技試験ありっていうのもあるんですけど……うん、そっちはやっぱり最低でもスキルレベル三からとかですね」


「あー…………」


 スキルレベルは数字が上がれば上がるほど次に上がりづらくなるので、四レベルとか五レベルなんかになると同じレベルでも大きく実力が開くこともある。


 が、それは逆に言えば、低レベルであれば数字がそのまま実力であるということだ。そんなわかりやすい指標があるのに、それを無視して実力を見極めるなどということをするのは、英雄達の時のように特殊な事情がある場合だけだろう。


「うーん、これは駄目、これも駄目、これも……あ、登録されたばっかりのがありますね。けど、これは……」


「どうしたんですか?」


 備考欄に書かれた内容に、職員は内心で顔をしかめる。だが仕事なのでその感情をしっかり抑え込み、平然と必要なことだけを剣一に告げていく。


「……いえ、何でもありません。蔓木さんが受けられそうなのは、この一件だけですね。募集要項としては年齢は一八歳以下で、スキルの種類およびレベルも不問」


「おお、いいじゃないです――」


「日給は五〇〇〇円だそうです」


「か……ご、五〇〇〇円……」


 日給五〇〇〇円は、もの凄く安い。スライムの魔石が一個一〇〇円の買い取り価格なので、五〇匹分だ。他の新人のことを気にしなければ剣一なら余裕で稼げる額である。


 ちなみに、そんな金額を三人とか四人のパーティで分割してしまってどうやって新人が生活できているのかと言えば、答えは「生活できないので、様々な制度や補助金、親の援助などで稼げるようになるまで乗り切る」である。


 ゴブリンが安定して倒せるようになればひとまず普通に暮らせる収入くらいにはなるので、冒険者としての本番はそこからなのだ。


「五〇〇〇円……五〇〇〇円かぁ…………ちなみに、何人パーティですか?」


「えっと……男の子三人ですね」


「むぅ……」


 得られた情報に、剣一は考え込む。その金額から予想されるのは、新人三人が何とか上を目指そうと、生活を切り詰めて一人一五〇〇円くらいずつ捻出し、指導員を雇おうとしているという流れ。


 少ないお金をやりくりし、それでも冒険者として頑張ろうする後輩の姿を夢想し、剣一は決める。


「わかりました、それ受けます」


「畏まりました。では手続きを……」


 二回目ということで特に問題もなく手続きを追え、それから三日後。ダンジョン前広場にやってきた剣一を待っていたのは、もの凄く生意気そうな三人組の少年であった。


「何だよ、こんなチビが指導員なのかよ!?」


「うっわ、よわそー! こいつ俺達より弱いんじゃね?」


「てか、何で男が来るんだよ。ちゃんとオッパイのでっかいねーちゃん希望って書いたのにー!」


「…………………………」


 好き放題騒ぐクソガキ三人衆に、辛うじて理性を保った剣一が口元を引きつらせながら自己紹介をする。


「や、やぁ。俺は蔓木 剣一。君達の指導員を――」


「大ハズレじゃん! ったく、金出してるんだからちゃんとこっちの言う通りのやつをよこせっての!」


「マサやんの父ちゃんは、『異協』の偉い人なんだぜー? 逆らったらお前みたいなザコ冒険者、一発でクビなんだからな!」


「仕方ねーから雇ってやるけど、ちゃんと俺達の言うこと聞けよ? まずは焼きまんじゅう買ってこい! あんこ入りのやつな!」


「ぐっ……な、なあ君達。俺を雇う金は、どうやって出したんだ?」


「あん? そんなの親の金に決まってるじゃん! 俺達が稼いだ金は俺達の小遣いなんだから当たり前だろ?」


「そうか……なら遠慮はいらないな」


 辛うじて繋がっていた最後の理性が、その言葉にプチッと千切れる。勢いに任せて子供達の襟首を掴むと、剣一はそのまま全員をダンジョンへと引きずっていった。その様子に周囲の冒険者達はギョッと目を剥いたが、剣一はそれを気にしない。


 そうして第一階層の隅に辿り着くと、剣一はようやくギャーギャー騒ぎ続けた少年達をぽいとその場に放り出す。


「ぎゃっ!?」

「いてっ!?」

「ぐはっ!?」


「さあガキども、到着だ」


「テメー、何しやがんだ! 人のこと散々引きずりやがって!」


「そーだそーだ! 虐待だぞ! 訴えてやるからな!」


「今すぐ俺達に謝れよ! 土下座だ土下座!」


「知るかボケ! お前らみたいなのが好き勝手やると、自分だけじゃなく周りも迷惑するんだよ! その性根を鍛え直してやるから、覚悟しろ!」


 凄む剣一に、しかし少年の一人が馬鹿にしたような視線を向ける。


「はー? 知ってるぜ、お前のスキルって<剣技:一>なんだろ? そんなクソショボスキルで俺達に勝てると思ってんのか?」


「やっちゃおうぜマサやん! こんなやつボッコボコにしちゃえばいいんだよ!」


「さんせー! 兄ちゃんが言ってたけど、こういうの『わからせ』って言うんだ! お前なんか秒でわからせるからな! 秒で!」


「ほほぅ? スライム道場で許してやろうと思ったんだが、この俺と模擬戦をしたいと? そうかそうか……」


 いきり立つ少年達を前に、剣一がニヤリと笑う。こんな時大人ならば冷静に彼らを諭したりするのだろうが、剣一もまた一四歳……言うほど大人ではない。


「いいだろう、その無謀な挑戦、受けて立つ! さあ、かかってこい!」


「ちょっと年上だからってチョーシ乗りやがって! みんな、やっちまうぞ!」


「「おー!」」


 大魔王のような物言いをする剣一に、子供達が一斉に襲いかかる。それを剣一は正面から受け止め……





 その日を境に、しばらくの間多寡埼ダンジョンの第一階層には子供達の「助けて!」「もう無理!」「死んじゃう!」「ママー!」などの叫び声が響き渡るようになった。同時に剣一の黒歴史にまた一ページ闇の記録が加わることになるのだが、それはもう少し先の話である。

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