後輩達の成長

 四月二八日。三日の休日を挟んでダンジョンでの指導を再開した剣一達は、今日もまた多寡埼ダンジョンの第一階層、その隅っこにやってきていた。


「よーし、集まったな! それじゃ今日の訓練を始めるぞー!」


「「「はい!」」」


 整列する英雄達を前に、剣一が声をかける。そうして始まったのは、もう何度目かわからない、スライムの大群を相手にした連携戦闘の訓練だ。


「やっ!」

「はっ!」

「えいっ!」


「おー、やっぱり動きが違うな。流石はレベル二・・・・だ」


 大量のスライムを捌く英雄達の動きに、剣一が感心して言う。そう、先日のニオブライトとの一戦に巻き込まれたことで、英雄達のスキルレベルが二にあがったのだ。


「にしても、本当によかったのかな? 僕達ただ見てただけなのに、スキルのレベルがあがるなんて……」


「あがってしまったものは仕方ありませんわ。まさか下げることもできませんし」


「そうよヒデオ! ならちゃんと力を使えるように訓練するしかないでしょ?」


「そうなんだけどね……えいっ!」


 スキルレベルが一つ上がると、能力が大きく向上する。ただ通常であればスキルレベルは突然あがるものではなく、地道な経験を積み重ね、その力が一定値を超えたところで上がるとされているため、力を使いこなせず持て余すということはまずない。


 が、英雄達は剣一とニオブライトの戦闘に巻き込まれることで、間接的にその脅威を肌で感じ、ただ生きることすら難しい環境でもがくという経験がスキルレベルをあげてしまった。


 つまり、能力は向上しても、それを使いこなせる経験が足りていない。それ故に今日は、こうして一度は飽きたとまで言った基礎からやり直しているのだ。


 ちなみに、「それなら強い人が新人を引き連れ、強い魔物と戦うところを見学させるだけでスキルレベルをあげられるのではないか?」という意見に関しては、時代が時代なら神話になるような戦いを見届けてなお、でっかいネズミやコウモリ、ゴブリンなんかを相手に数ヶ月戦うのと同程度の経験にしかならないという時点で、実用的でないのは明らかである……閑話休題。


「うわっ!?」


「あ、ごめんヒデオ!」


 レベルのあがったエルは、以前より魔物の動きが見えるようになった。それは動体視力とかではなく、魔力の動きを感知した先詠みの力。見て判断しているわけではないので全周に死角はなく、使いこなせば未来予知とすら言えそうなほどに強力な能力だ。


 故にエルは来るとわかっているスライムの体当たりを回避したのだが、そっちに気を取られてしまったあまり、英雄に体をぶつけてしまう。「先」が見えることで、逆に今が見えづらくなっているのだ。


「うー、動きづらい! 実際はまだいないのに、そこに来るってわかってるから、どうしても反応しちゃうのよね……ヒデオやヒジリは大丈夫なの?」


「僕もちょっと、力の加減が難しいかな……あっ!?」


 エルに答えながら振るった英雄の剣が、スライムの体を弾けさせてしまった。同じ二割の力で剣を振るったとしても、元の力が一〇から二〇になっていれば、その威力は倍。今までよりも細かい力の制御ができるようにならなければ、うっかり力を入れすぎてしまい、こういうことになるという典型例だ。


「自分の感覚は変わってないのに、外に出る力が違う……こんなにやりづらいなんて思わなかったよ」


「そういう意味では、私が一番問題ないかも知れませんわ。防御魔法も回復魔法も、強すぎて困るということはありませんもの。


 ただ必要以上の強さにすることで魔力を余計に浪費していると考えれば、やはり上手に調整できるようになる訓練は必要ですわね」


 それぞれが自分の課題を見つけ、向き合っていく。そこに剣一も軽くアドバイスを入れたりして体を十分にほぐしたら、次は転移罠のある方へ移動する。そうして深層に辿り着くと、英雄達が本当の意味でスキルを使用した。


「いきます……燃え上がれ、勇者の魂! バーニング・ブレイバー!」


「巻き起これ、聖女の祈り! スワリング・ホーリー!」


「舞い踊れ、巫女の託宣! ダンシング・ソーサレス!」


「おぉぉ、何回見ても格好いいなぁ……」


 炎が広がり、風が吹き抜け、水が踊る。その光景に剣一が少年の心を躍らせると、その視線を受けた英雄達が照れくさそうな顔をする。


「あの、剣一さん。そんなにジッと見られると恥ずかしいというか……」


「そうですわね。今までは誰にも見られないようにしておりましたから、改めて見つめられるのは少し恥ずかしいですわ」


「っていうか、乙女の着替えをじっと見るなんてマナー違反でしょ!? ケンイチの馬鹿! スケベ!」


「何だその言い掛かり!? ちげーよ! そんなんじゃないっての! ほら、それより裏訓練を始めるぞ!」


 顔を赤くして身をよじるエルに、剣一はさっきまでとは違うドキドキをちょっとだけ感じつつ反論する。とはいえこの話題を続けると絶対自分が負けるという確信があったので、剣一はすぐに話題を変え、裏訓練……引っ張ってきたミノタウロスを相手の実戦訓練を開始させた。


「まずは普通にいくわよ! ウォータートライデント! って、うわっ!?」


「ブモォォォォォォォ!?!?!?」


 エルの放った水の三つ叉槍がミノタウロスの太ももに命中すると、槍は固くて太い筋肉の塊であるミノタウロスの足を貫通してしまった。半ば千切れかけた足の激痛にミノタウロスが戸惑いと怒りの咆哮を上げるが、そこですかさず聖が新魔法を発動させる。


「今の私は、守るだけではありませんわよ? ホーリープリズン!」


「ブモッ!?」


 床から生じた幾本もの光の柱がミノタウロスを取り囲み、その動きを阻害する。怒れるミノタウロスが柱を掴んでこじ開けようとしたが、手のひらからブスブスと煙を噴き上げるばかりで、柱の方はびくともしない。


「なら僕も、全力で……っ! いけ、プロミネンスブレード!」


「ブフォッ…………ォォォ…………」


 その真芯に赤熱する太陽を湛えた光の剣を振りかぶり、英雄が渾身の力を込めて振り下ろす。するとミノタウロスの体は真っ二つに切り裂かれ、次の瞬間には魔石すら残さずボッと燃え尽きてしまった。


「うっわ、凄い威力ね」


「う、うん。まさかたった一レベルで、ここまで強くなるとは思わなかったな」


「おそらくですけれど、私達のスキルはそれぞれが影響を与え合うからではないでしょうか? 一人一人は一レベルでも、強くなった力が強くなった力を強化し、更にそれを強くなった力が強化して……という感じなのではないかと」


「なるほど。確かにそういう強化のされ方なら、いずれはうちのニブガメ……げふん、ニオブに勝てるようになるってのも現実味が出てくるな」


 聖の説明に、剣一がふむふむと納得する。正直英雄達の実力がどれだけ伸びてもニオブライトに勝てそうというイメージはなかったが、相乗的に強さが増すというのであれば話が変わってくる。


「それに、まだ見つかってないけど四人目もどっかにいるはずだしね。そうしたらもっと…………強くなっても、もう倒す相手はいないわけだけど」


「あはははは……確かにそうだね」


「何処のどなたかわかりませんが、こうなったらもう巡り会うことなく、平和な日々を送っていただいた方がいいのではと思いますわ」


(不憫な……いや、それとも幸運なのか?)


 英雄達も大概だが、本当に何一つ関わることなく自分の使命が終わったらしいその人物は、果たして幸運なのか不幸なのか? 軽く思考を巡らせたが、剣一にその答えはわからない。


 しかし、わかっていることもある。剣一は三人の前に立つと、改めてその口を開く。


「まあそれはそれとして……これだけ戦えるなら、もう大丈夫かな?」


「剣一さん。それは……」


 寂しげな声を出す英雄に、剣一は首を横に振る。


「やっぱり今日が、俺の最後の指導日になったみたいだ」


 穏やかな笑みを浮かべながら、剣一は頼もしくなった後輩達にそう告げた。

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