相談会その二

「ねえ剣ちゃん。何かでっかい亀が増えてる気がするんだけど、僕の気のせいかな?」


「大丈夫だ祐二。本当に増えてるから」


「あはははは……ごめん、大丈夫な要素が何も思いつかないよ」


 開けて翌日、四月二五日。今回も剣一に「もの凄く相談がある」と朝から呼び出された祐二が目にしたのは、やたらと軽薄な口調で喋る大きな白い亀であった。


「ウェイウェイ! そちらの素敵なお嬢さん、今夜は俺ちゃんとフィーバーしませんか?」


「うわー、何この亀さん? 何か凄く嫌らしい気配を感じるんだけど……ねえ剣ちゃん、この子の頭、握りつぶしたら駄目かなぁ?」


「ウェイ!?」


「あー、メグ。気持ちはわからなくもないけど、それは流石に勘弁してやってくれ」


 甲羅から亀の頭を高速で出し入れしつつナンパするという高度に卑猥なテクニックを披露したニオブだったが、笑顔で「握りつぶす」宣言をした愛にビビり、その頭をピュッと甲羅内部に引っ込める。


 するとそんなニオブの姿をみたディアが、呆れたような声で話しかけた。


「まったく、お主は相変わらずじゃのぅ、ニオブライトよ」


「そっちこそな、デアボリック! しばらく前からダイエットしてるって話だったのに、随分とたるんでる・・・・・んじゃねーの?」


「うるさいのじゃ!」


 甲羅からちょろっと頭を出し、ディアの腹を見て言うニオブに、ディアが手に持っていた黒いビスケットを投げつける。するとニオブは器用に頭を引っ込めて回避してから、今度は祐二の体に頭を擦り付け始める。


「なら少年、お前はどうだ? 俺ちゃんなら種族も性別も関係なく、望む形でフィーバーできるぜ?」


「祐くん?」


「いやいや、しないよ!? するわけないじゃないか! 僕にはメグがいるし、そもそも亀だよ!?」


「でも祐くん、ドラゴンはいけるんだよね?」


「何回も説明したけど、それ誤解だから! ディアさん、これどういうことです!? ドラゴンは人間に発情したりしないんですよね!?」


「そこはまあ、個々の趣味というのもあるからのぅ。人間だって明らかに人ではないものに発情する者がおるようじゃし」


「え、そんなのいるのか?」


 理解できずに剣一が首を傾げると、ディアが神妙な顔で頷く。


「うむ、いるようなのじゃ。ワシにもよくわからぬ概念なのじゃが、ユージのスマホの検索履歴で、確かケモナーとかなんとか……」


「うわぁぁぁ!? 何で!? 何で僕のスマホの検索履歴をディアさんが知ってるの!?」


「祐くん? やっぱりもう一回、ちゃんとお話しよう?」


「違う! 違うんだよ! あくまでも興味本位というか、広く浅く知識を収集していると、時には変なものもひっかかるってだけで……」


「よくわかんねーけど、祐二は相変わらず勉強家なんだなぁ」


 愛に詰め寄られ激しくメガネをカチャカチャする祐二を眺め、剣一は暢気な感想を口にしながらテーブルのうえの黒いクッキーを囓る。間にクリームが挟まったそれはやや固めの歯ごたえと、ほろ苦い味わいが甘いクリームと絶妙なハーモニーを奏でている。


「てかディア、お前その食い方なんだよ?」


「うむ? このクリームはあとで纏めて食うのじゃ! それが通の食べ方らしいのじゃ! さっきちょっと不味いものを食ったから、口直しなのじゃ!」


「不味いもの? 何食ったんだよ?」


アレ・・の名前など知らぬ。じゃがあのグニャグニャとした歯ごたえとえぐみのある味は酷かったのじゃ」


「ああ、あれ食ったのか」


 剣一の脳裏に、世界一不味いと評判のグミが浮かぶ。ディアがやらかしたときにお仕置きに使おうと、買って棚の奥にしまっておいたものだ。


「ったく、食い意地張りすぎだろ……程ほどにしとけよ」


「わかっておるのじゃ。ぐふっ、この胸焼けしそうな甘さがたまらんのじゃ」


 四〇枚のクッキーからこそげ落としたクリームを山盛りにして頬張るディアに、剣一は何とも言えない表情を向ける。どうして完成された食品をわざわざバラして食べるのかは剣一にはわからなかったが、それは言わない。多様性とは否定ではなく寛容から始まるのだ。


「はーっ、はーっ……け、剣ちゃん! 相談! 相談って、結局何なの!?」


 と、そこで息を切らせた祐二が必死の形相で剣一にそう声をかけてきた。なので剣一はザクッとクッキーを囓ってからそれに答える。


「あー、そうそう。まあ相談って言っても、相談してどうにかなるもんじゃなさそうな気もするんだけど……」


「何でも言ってよ! 今の僕ならどんな相談だって大歓迎さ!」


「そうか? ならまあ言うけど…………この亀、どうすればいいと思う?」


「ウェイ!? おいおいイッチー、まさか俺ちゃんのこと邪魔だとか言わないよな?」


「いや、メッチャ邪魔だけど……でかいし」


「そうじゃそうじゃ! お主はでかすぎなのじゃ!」


「ハー!? それを言うならデアボリック、お前の方がずっとでかいだろ! そのダルンダルンの腹を引っ込めれば、俺ちゃんの居場所くらい余裕で確保できるってーの! ウェイ!」


「ワシとて好きでこんな腹をしているわけではないのじゃ! お主こそ光ならもっといけるじゃろ! どこぞの森に飛んでいって、勝手に甲虫の王者にでもなっておればよいのじゃ!」


「ならねーよ! 俺ちゃんはイッチーと一緒にいるって契約だからな!」


「ワシだってそうなのじゃ! ケンイチとワシはもはや一心同体なのじゃ!」


(あー、その契約クーリングオフできないかなぁ……)


 言い合う二匹のドラゴン……片方は見た目亀……の様子に、剣一がぼんやりとそんなことを考える。だが残念ながらクーリングオフは日本だけの制度であり、ドラゴンとの契約に適応されることはない。


 結局その後もわちゃわちゃと騒いだだけで、画期的な問題の解決法が出ることはなかった。まあ剣一としてもとりあえず祐二や愛に相談というかニオブを紹介しておきたかっただけなので、二人が帰った後は……今回も祐二が泊まりたがったが、愛がグッと腕を掴んで引きずっていった……軽く夕食を済ませ、風呂の時間。


「一応聞くけど、ニオブは風呂……入る、のか?」


「うん? 俺ちゃんの体は常にピッカピカだぜ?」


「そっか。ならまあいいかな?」


「ぬあー!? 何でじゃケンイチ、ワシの時と反応が違うのじゃ!」


「いやだって、亀だし……」


 亀が風呂に入ったら、そのまま茹で上がるイメージしか湧かない。少なくとも賃貸アパートの小さな浴槽にいれたら、泳ぐどころか浮かぶことすらできずに亀スープになりそうだ。


 故に言葉を濁したケンイチに対し、ディアが大いにいきり立つ。


「ならばワシがニオブライトを風呂に入れるのじゃ! ほら、お主のその見苦しいまでに白い甲羅を、ワシの手で黒く磨き上げてやるのじゃ!」


「ウェイ!? それ逆に汚れてるだろ!? 嫌だよ、やめろよ!」


「知らぬのじゃ!」


「ウェーイ!?」


 おそらく剣一三人分くらいあるニオブの体をひょいと持ち上げ、ディアが珍しく自分から風呂に入っていく。その後は剣一も風呂に入り……浴槽のお湯が半分以下になっていたので、切ない気分で素っ裸のまま足し湯をした……全員がホコホコになったところでベッドに突入する。


「おーいイッチー、昨日は仕方ないから我慢したけど、俺ちゃんにはベッドないの?」


「え、亀ってベッドいるのか? 甲羅に入ったら同じだろ?」


「そこは気持ちの問題だってー! 床に直寝なんてドラゴンみたいじゃーん! ま、俺ちゃんはドラゴンだけど! ウェイ!」


「まったく、夜になってまで喧しいのじゃ! ならばほれ、ワシのタオルケットを一枚貸してやるから、これを敷いて寝るのじゃ」


「ウェーイ! 何だよデアボリック、お前が優しいとか気持ち悪いな?」


「うるさいのじゃ! 文句があるなら貸さぬぞ?」


「うそうそ、感謝してるって! んじゃ一枚借りるか……おお、割とふかふかだな?」


「ワシが厳選したやつじゃからな。あとニオブライトよ、ワシのことはディアと呼ぶがよい。ケンイチにもそう呼ばれておるからな、お主だけ違うのは落ち着かぬのじゃ」


「あ、そう? なら俺ちゃんのこともニオブって呼んでいいぜ?」


「フンッ、まあ気が向いたら呼んでやるのじゃ」


「ほらお前達、もう寝るから静かにしろー」


「わかったのじゃ」


「ウェーイ」


 剣一が照明のリモコンボタンを押すと、室内が暗闇に包まれる。そうしてしばし待つと、同居人の寝息が聞こえてくる。


「スピー……のじゃ………スピー………のじゃ…………」


「ウェーイ…………ウェーイ…………」


(……寝息? なのか?)


 そんなツッコミが頭をよぎったが、寝てる相手に突っ込むのは流石にやめておいた。それに何より、暗がりにうっすら見えるその光景に剣一は思わず口元を緩める。


(ちょっと心配してたけど、どうやら仲良くやっていけそうだな)


 ディアとニオブの関係性がわからなかったので心配していたが、この感じなら問題無く過ごせそうだ。代わりに寝室は大分狭くなったし、静かな夜に小さな騒音が響くようになったが、それもまた幸せだろうかなどと思いつつ、剣一は目を閉じ……


「眩しいだろボケ! 寝ぼけてんじゃねーよ!」


「ウェイ!?」


 深夜、うっかり甲羅の隙間から七色の光を放ち始めたニオブに蹴りを入れると、可及的速やかに厚手のタオルを買い足してこようと固く心に誓うのだった。

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