闇の洗礼

「亀!? 何で亀!? ドラゴン要素どこいったんだよ!?」


 巨大なアルビノの亀……おそらくゾウガメとかそんな感じ……に変じたニオブライトを前に、剣一が魂のツッコミを叫ぶ。するとニオブライトはニュッと伸ばした首を左右に振ってから、口の端を器用に吊り上げて笑う。


「はっはっは。ほら、俺ちゃんの魔力って光じゃん? で、光って拡散する性質があるから、ギュッと固めるのが難しいんだよ。ケンイッチー……語呂が悪いな、イッチーでいいか。イッチーにやられちゃったせいで力も大分落ちてるし、そうなるとドラゴンの形を維持するのはちょっと難しかったワケ!


 なんでまあ、固い甲羅のなかに力を押し込めるイメージからこの姿になったのさ! カブトとかクワガタみたいな甲虫でもイケたと思うけど、イッチーの世界だとそんなでっかい虫はいないみたいだし。


 おぉぅ、主に配慮できる俺ちゃん、気が利いてるぅ!」


「利いてるぅ! じゃねーよ! あと何だよその喋り方! さっきまでと全然違うじゃん!」


「それはほら、TPOってあるじゃん? 可愛い女の子の前でならスマートな紳士口調もするけど、これからずっと一緒に暮らすイッチーに畏まっても仕方ないし? なら気楽な感じでオッケーかなって」


「ずっと一緒!? 嘘だろ、まさかお前、俺の家に来るつもりなのか!?」


「あったりまえじゃーん! だってイッチー、俺ちゃんが悪さしないように見張っときたいでしょ? なら一緒に暮らすのが当然っていうか……ねぇ?」


「ぐぁぁ、またこのパターンか!? せめて、せめて美少女だったら……」


 やたらとウザいしゃべり方をする亀を前に、剣一がガックリと崩れ落ちる。せめて見た目が美少女ならと涙を流す剣一の横では、英雄達が引きつった表情で顔を固めながら話をしていた。


「え、何? え……何?」


「あれが私達が倒すべきだった災厄のなれの果て……現実というのは残酷ですわね」


「ねえ、今ならあれ、倒せるんじゃない?」


「それは流石に……」


 強大なドラゴンが改心した結果、チャラいホストみたいなしゃべりをする亀になったので気が変わって殺すというのは、いくら何でも酷すぎる。世界的にはその方が後腐れがないんだろうと思いはするものの、英雄達はグッとその欲望を抑え込んで、崩れ落ちている剣一に声をかけた。


「あの、剣一さん。何かショックを受けているところ申し訳ないんですが……僕達って、ここからどうやって帰ったらいいんですかね?」


「ん? あー、そういえば……おいニブゴン」


「誰がニブゴンだ!? 俺ちゃんのことはニオブって呼べ!」


「ぐっ……じゃあニオブ。俺達四天王とか名乗ってたヘボ……蛇目玉にここに連れてこられたんだけど、どうやったら元の場所に戻れるんだ?」


「うん? 四天王ってのはわかんねーけど、空間転移のできる魔物は何匹か飼ってたな……ま、そんなのいなくても俺ちゃんの力で光をねじ曲げれば、元の場所に戻るなんてラクショーだって!」


「あー…………じゃあよろしく」


「オゥケーイ!」


 やっぱりあいつ、四天王は自称だったのか……という空気が流れるなか、剣一の頼みを聞いたニオブが微妙にネイティブっぽい発音で了承すると、一同の目の前に光の渦が出現する。そこに足を踏み入れると、特に問題もなく元のダンジョン深部へと戻ることができた。


「おおー、帰ってきたぜ!」


「よかった、ちゃんと戻れた……」


「まだ安心するのは早いですわ。ここはあの凶悪なミノタウロスのいる深層なのですから」


「あ、そうだ。さっきの戦いを見たせいで大分感覚が麻痺してるけど、あのミノタウロス、普通に強かったもんね」


「まあでも、それこそ今更でしょ? もうヒデオが<共鳴>を使っても大丈夫なんだし、それに……」


 そこで一旦言葉を切ると、エルが剣一の方をチラリと見る。


「ケンイチがいるのよ?」


「そうですわね。剣一様がいれば、あの程度の魔物はどうにでもなりますわね」


「任せとけ!」


 剣一がドンと胸を叩いてそう告げると、転移罠の魔法陣がある場所まで皆を先導して歩き始める。だがそこで英雄がふと剣一の足下を歩く亀に視線を向け、徐に問う。


「あの、剣一さん。ちょっといいですか?」


「うん? 何だよ?」


「その亀……ニオブですか? それ、どうするんですか?」


「どう? どうって家に……家に?」


 答えようとしたところで、剣一の足がピタッと止まる。その脳裏に蘇るのは、かつての苦い記憶。


「なあ英雄。ダンジョンで亀を見つけたから連れてきたって、いけるかな?」


「えぇ? それは流石に……」


「ダンジョンに亀の魔物がいた、というだけなら通せると思いますけれど、それを無害だから連れ帰りたい、というのはかなり難しいと思いますわ」


「それを連れてダンジョンから出てくるところを見たら、アタシなら通報するわね」


「だよなぁ……」


 半ば以上の諦めを込めて剣一が視線を向けると、「流石俺ちゃん、亀になっても存在感が果てしないぜ! ウヒョォォォ!」と戯言を抜かすニオブが赤い牛の三倍くらいの速さで首を振り始める。


 その絶妙なウザさにイラッとしつつも剣一は対策を考え始めるが、思いつくのは以前にやったあの作戦だけだ。


 できればやりたくない。だが他に手段もない。英雄や聖、エル達とも話し合ったが、それ以上にいい案は浮かばず…………





ザワザワザワ……


 赤く染まった空が、そろそろ黒くなり始める頃。英雄達と別れ、剣一が一人ゲートを通って外に出ると、周囲からざわめきが起こる。一斉に向けられる奇異の視線をあえて無視していると、一人の女性がおずおずと剣一に声をかけてきた。


「ねえ、貴方? 貴方一体、何を持ってるの……?」


「これですか? これは『ウェイウェイタートルン』っていうパーティグッズです」


「ウェイウェイ!? パーティグッズって、その割にはもの凄くリアルだけど……?」


「それが売りなんですよ。面白いでしょ? 見ててください」


 あまりに予想外の答えで顔をしかめる女性に、剣一は胸に抱えていたでかい甲羅を地面に置くと、その背中を軽くノックする。すると甲羅にあいた五つの穴から手、足、首が一本ずつ高速で出たり入ったりを繰り返し……


「ウェイウェイウェイウェーイ! 今夜は…………フィーバー!」


 甲羅の穴から七色の光が迸り、伸びた首がそう叫ぶ。それがシュッと引っ込むのを確認すると、剣一は張り付いたような笑顔を浮かべて女性に声をかけた。


「ね?」


「あー……確かにパーティグッズね」


 本物の亀にしか見えないほどリアルな造形だったが、甲羅も中身も胡散臭いほど真っ白い亀なんて自然界には存在しないし、何より光って言葉を話すとなれば、これがどこぞの玩具メーカーが作ったパーティグッズであることはわかった。


 だがそれとは別に、もっと根本的な疑問が女性の言葉を続けさせる。


「って、違うわよ! それがパーティグッズなのはわかったけど、何でそんなものをダンジョンに持ち込んだの? それともまさか、ダンジョンでそれを見つけたわけじゃない……わよね?」


「あはは、勿論違いますよ。それに俺がこれを持ち込んだ理由なんて、パーティするからに決まってるじゃないですか! ダンジョンといえば冒険者パーティ! そんなの常識ですよ!」


「え? それは……」


「ちょっと美奈子!」


 それはパーティの意味が違うと言いかけた女性の腕を掴み、別の女性冒険者が強引に引き寄せる。


「何するのよサチ!」


「やめときなって! あの子前に、ダンジョンにでっかいぬいぐるみを持ち込んだ子よ?」


「えっ!?」


「多分何か、抱えてるものがあるんだって。いくら美奈子がお人好しだからって、見ず知らずの子のトラウマを一緒に抱えてあげるほどじゃないでしょ?」


「うぐっ、それは…………」


 美奈子と呼ばれた女性が、剣一の方をチラチラと見る。だが数秒して大きくため息を吐くと、やや腰を落として剣一に視線を合わせ、優しげな顔で声をかけた。


「えっと……引き留めてごめんなさい。その、色々あるのかも知れないけど……あんまり無理しないで、頑張ってね」


「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。だって俺には……」


コンッ!


「ウェイウェイウェイウェーイ! 今夜は……パーリィナーイ!」


「こんな楽しいパーティがありますから!」


「そ、そう…………」


 ニッコリ笑う剣一に気の毒そうな視線を向けるも、友達に促され美奈子が後ろ髪を引かれる思いのまま去っていった。そんな一連のやりとりを見た周囲の人々もまた、仲間内でヒソヒソと語り合う。


「何かこう、いたたまれないな……」


「でもあの子、最近は同じくらいの年頃の子とパーティ組んでなかった?」


「今日は一緒じゃないみたいだし、喧嘩したのか、それとも追い出されたとか……」


「あの亀の玩具、何処で売ってるんだろう。ちょっと欲しい」


 好き勝手な妄想を垂れ流す周囲の音を、心に耳栓をしてシャットアウト。笑みを貼り付けたままアホほど重いニオブを抱えてダンジョン広場を抜けると、以前も使った人気のない場所にやってきたところで、剣一はようやくドスンと重い荷物を下ろした。


「ぐぅぅぅぅ……やっちまった…………っ! でも、これでよかった……これでよかったんだ……っ!」


 被害を最小限に抑えるため、英雄達の協力は断った。その結果またも一人で黒歴史を抱えることとなったことに後悔はないが、だからといってショックを受けていないというわけでもない。ガックリとその場に膝を突きつつ、剣一は拳を握って己を奮い立たせる。


「でも、まだだ。家まで……家までこれを持って……マジか、絶対途中で職質とかされるだろ……毎回この説明やるのか……!?」


「ウェイ! なあイッチー。ちょっといいか?」


「……何だよニオブ。俺まだ、心の傷が癒えてないんだけど」


「いや、俺ちゃんには理解できない感情なんだが、イッチーは目立ちたくないのか? なら俺ちゃんの光魔法で、短時間なら光学迷彩とかできるぜ?」


「っ……先に…………先にそれを言えよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 剣一の魂の叫び声は辺り一帯に響き渡り、「暗がりで慟哭する心の壊れた少年」の噂は、今回もまた尾ひれをたっぷり付けて広がっていくのだった。

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