後輩達の決断
「ふぅ、まあこんなもんか。おーい、みんな! 大丈夫かー?」
戦闘を終えて息を吐くと、剣一は振り返って後輩達に声をかけた。するとそこでは英雄達を囲むように発生していたドーム状の光が、パラパラと崩れ落ちていくところであった。
「何だあれ、防御結界か? 英雄! 聖さん! あとエルも、本当に大丈夫か?」
「剣一さん……は、はい。大丈夫です…………」
笑顔で話しかける剣一に、しかし英雄は何処か怯えるような声を出す。だが剣一はそれを一切気にすることなく、英雄の手を掴んで立ち上がらせた。
「よっと……怪我とかはしてねーよな?」
「ええ。聖さんが防御結界を張ってくれたんで、平気でした」
「そっか、ならよかった。俺も一応気にしてはいたけど、あの規模の戦闘になると、どうしても完全防御ってのは難しいからなー」
「ああ、呼吸が楽になりました……剣一様は、お怪我などはされていないのですか?」
「俺? あー、全然平気だよ。あの程度で怪我なんてしねーって!」
「…………何なのよ」
ニオブライトの魔力が霧散したことで元気を取り戻し、自力で立ち上がった聖に剣一がそう答えると、未だうずくまったままのエルが呻くような声で言う。
「アンタ、一体何なの!? 何であんなことができるの!? 何であんな敵が倒せるの!?」
「エルちゃん!? 気持ちはわかるけど、落ち着いて!」
「そうですわエル様。今それは流石に……」
「仕方ないでしょ! アタシだって色々ぐちゃぐちゃで意味わかんないし、わけわかんないの!」
宥める二人に、エルは駄々をこねる子供のように叫ぶ。それから剣一の方を見ると、溢れて零れた感情に瞳を揺らしながら問う。
「ねえケンイチ、教えて! アンタ何なの!? アンタ……本当に人間なの!?」
恐れ、怯え、疑い、迷い……得体の知れないモノに対する嫌悪感と、それでも剣一を信じたいという願い。様々な想いの籠もったその声に、剣一はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべて答えた。
「俺が何かって? そんなの決まってるだろ。俺はお前達の先輩さ。可愛い後輩にいいとこ見せようとして、ちょっとだけ頑張っちまったけどな!」
「……何よそれ。実は神様とか、そういうのじゃなくて?」
「ねーよ! 俺ん家来るか? 父ちゃんと母ちゃんに……あ、いや、女の子なんて連れて帰ったら、絶対母ちゃんに何か言われる!? やっぱ今のはナシで」
「えぇ? アンタあんなに強いのに、お母さんは怖いの?」
「怖くねーよ! 母ちゃんなんて全然全く! これっぽっちも怖くねーよ! でもまあ、あれだな。比較としてどっちが怖いかって言われたら、さっきのドラゴンよりは母ちゃんの方が怖いと言えなくもないかも……比較! あくまで比較だけどな!」
「……フフッ、何よそれ。そんなに必死にならなくてもいいじゃない」
「必死にもなってねーよ! ったく……ほら、立てるか?」
「……ありがと」
照れたように母を語り、苦笑しながら伸ばされた剣一の手を、エルはほんの少しだけ迷ってから掴んだ。伝わる温もりはとても優しくて、もう一度見た剣一の目には、あのドラゴンの白々しい光とは真逆の、キラキラ綺麗な星の光が見える。
「まあいいわ。ケンイチが馬鹿強い……馬鹿で強いのは、これでよーく思い知ったから。今はそれで納得してあげる」
「ハッハッハ、そうだろ? 俺は馬鹿で強い……待って、何で二つに分けたの? それだと俺が馬鹿ってことにならないか?」
「気のせいよ。それよりこれからどうするの?」
「む……」
何だか色々誤魔化された気がする剣一だったが、それを追求すると最終的に自分が酷い目に遭いそうな直感が働いたため、あえてエルから視線を逸らし、背後に振り返る。
「それじゃ、最後の詰めといくか。みんな、歩くぞ」
「歩く? 何処にですか?」
問う英雄に、剣一は遙か遠くの肉の山を指差す。
「そりゃ勿論……あのニブゴンのところさ」
「ハハハ、人間よ。我――」
「遠いよ!」
てくてくてくてく、歩き続けること一時間。ようやくニオブライトの側に辿り着いた剣一は、何かいい感じのことを言おうとしたニオブライトの台詞に思い切り被せて叫んだ。
「スゲー速さで逃げようとしてたから、遠くに落ちたのはわかってたけど、それでも限度ってもんがあるだろ! くっそ遠かったわ!」
「どれだけ歩いても、全然近づかなかったもんね」
「全体的に白いのと、柱やドラゴンの体が大きいせいで、遠近感が完全に狂っておりましたわ」
「改めて見ると、本当にでっかい……ケンイチ、よくこんなの倒せたわね」
「…………我にとどめを刺しに来たのか?」
そんな剣一達の言動を完全スルーし、ニオブライトが遮られた言葉を最後まで口にする。だがそれに対し、剣一がしたのは肩をすくめることだ。
「いや、それを決めるのは俺じゃない。英雄達だ」
「何だと? 我を倒したのは貴様であろう。なのに何故我の生殺与奪を、そのか弱い虫に決めさせるのだ!?」
「何故って、そもそも俺は英雄達を手伝っただけの部外者だし」
そう、これは本来、英雄達とニオブライトの物語。神に使命を与えられた子供達が努力を重ね絆を結び、最後には災厄を討って世界を救う……そういう話だった。
だがそこに、何の因果か剣一が巻き込まれた。その結果主人公は傍観者となり、気づけば打ち切り漫画並の勢いでラスボスが倒されるという状況になってしまったのだ。
「というわけだけど……英雄、どうする?」
故に最後の決着だけは、英雄達の手で。最初からそう決めていて、ここに来る道中で話も済ませてある剣一に問いかけられ、英雄が床に倒れ伏すニオブライトの眼前に歩み出る。
「光塵竜ニオブライト。僕達の使命は、お前を倒して世界を守ることだ」
「何なのだ、何なのだこれは!? 戦いの果てに敗北して死ぬなら、まだ納得もできる。だが戦いもせず床に伏せていただけの小虫が、最後に我を殺すというのか!?」
「だからここでとどめをさせば、僕達の使命は終わりだ。きっと世界は救われて、僕達は普通の子供に戻れる。予想より大分早かったから、正直戻るも何もないけど……とにかく日常に戻れるんだ」
「あり得ぬ! あり得ぬ! こんなのはあんまりだ! こんなものが本当に、我の……俺の終わりなのか!?」
「だから僕は……僕達は…………」
英雄が、腰の剣を抜いて大上段に構える。グッと柄を握る手に力を込めると、英雄は剣を思い切り振り下ろし……
「お前を、殺さない」
ピタリと、ニオブライトの鼻先で止めた。
「……いいのか?」
「はい、剣一さん。これが三人で話し合った結論です」
口を半開きにしてポカンとした表情をするニオブライトをそのままに、問う剣一に英雄が答える。
「神様は僕達に、世界を救うために敵を
だから……光塵竜ニオブライト。もしもお前が二度とこの世界に、ここに生きる人々に害を為さないと誓うなら、僕達はお前を殺さない。
さあどうする? 僕達の……襲われ奪われ、殺される弱者の気持ちを理解した今のお前の意思で、自分の結末を選ぶんだ」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ…………っ!」
英雄に告げられ、ニオブライトが心底悔しそうな声で唸る。誇りある死か、屈辱の生か。その選択を突きつけるのが取るに足らない弱者であるという事実が、ニオブライトの心を脳に火かき棒を突っ込んでグルグルとかき混ぜたかのような灼熱で焼き尽くしていく。
一分、二分。世界を揺るがすようなうめき声が周囲に鳴り響き、やがてニオブライトの巨大な瞳から剣一の体より大きな涙がこぼれ落ちた時、横たわったままの口がゆっくりと開く。
「…………わかった。使徒の慈悲に縋り、俺は俺を倒した者の軍門に降ろう」
その瞬間、ニオブライトの体が眩い光を放ち始める。それがギュッと集まり小さくなり、光が収まった場所にいたのは……
「んじゃ、そういうことでこれからヨロシクゥ!」
白い甲羅を背負う、剣一の半分くらいの大きさの巨大な亀であった。
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