きっかけの悲劇

 日本には無数のダンジョンがあり、名前のついている大きなダンジョンから田舎の山奥にひっそりとあるダンジョンまで、その数は二〇〇〇近くだと言われている。


 が、人の手が入り管理されているダンジョン、かつ第三階層までで十分な実入りがあるダンジョンとなると、賢さ担当の祐二にも流石に思いつかない。うんうんと頭を抱えて考えてはみたものの、ないものはないのだ。


「やっぱり第三階層ってなると難しいね。せめて一〇階層くらいまで行けるなら、この辺でも桐流きりゅうダンジョンとかあるんだけど」


「桐流って、確か鉱山ダンジョンだったよな?」


「そうそう。ダンジョンだと重機を入れて採掘って訳にはいかないし、魔力を帯びた金属は不思議な特性を持つこともあるから、いい値段で買い取ってくれるって話だよ。


 ツルハシでの人力採掘は大変だろうけど、剣一なら壁ごと斬れるだろうし」


「まあな! 全部スッパリ斬ってやるぜ!」


 自信満々で非常識なことを言う剣一をそのままに、愛が軽く微笑みながら話を続ける。


「採掘って言うなら、金が掘れればお金持ちになりそうだねー」


「ははは、それは無理だよメグ。日本のダンジョンで金が掘れるのは仁井潟にいがた左戸鹿島さどがしまダンジョンと篭志摩かごしま彼此狩ひしかりダンジョンがあるけど、どっちも政府が管理していて一般人は立入禁止だしね」


「そうなんだー」


 ダンジョン内の鉱物は、一定の期間が経つと復活してまた採掘できるようになる。それはつまり実質無限に金属が手に入るということであり、無秩序な採掘を許したらあっという間に相場が崩れてしまう。


 特に金は世界共通の価値を持っているため、金の採掘できるダンジョンは全て国の管理下にあり、一般人が勝手に採掘することは許されなかった。


 と、そんな話をしていると、柿ピーを食べ終えたディアが会話に加わってくる。


「カーッ! アレも駄目コレも駄目! 何とも息苦しい世界じゃのぅ。お主ほどの強者が、よくこんな場所で普通に生きられたものじゃな。ワシならあっという間に嫌になって、全部纏めて吹き飛ばしておるところじゃ」


「前も言ったろ? そういう世界だからこそ文明が発達してるんだよ。それともお前、もうおやつはいらないのか?」


「むむむ、それは嫌じゃな。チータラは珠玉の逸品じゃ」


 剣一の言葉に、ディアはそう言ってそっぽを向いた。世界最強のドラゴンも、美味しいものには勝てないらしい。


「はー、せめてこいつが売れればなぁ」


 そんなディアに苦笑しつつ、剣一がテーブルの上にごろりと魔石を転がす。するとそれを見た祐二のメガネがピシッと音を立て、愛が興味深そうに魔石を指でツンツンした。


「うわー、おっきい魔石だねー。剣ちゃん、これどうしたの?」


「ディアがいた場所で倒した魔物の魔石だよ。これが売れれば秒で問題が解決するようになるんだけど……」


「……いや。いやいや、これは無理でしょ。こんなでっかい魔石、僕初めて見たんだけど?」


「おう、俺も初めてだぜ! いつも戦ってた魔物よりちょっとだけ強かったから、その分魔石もでかいんだろうな!」


「そっか、ちょっとだけかぁ……」


「ねえ祐くん、どうしてこれが売れないの? 間違いなく剣ちゃんが取ってきたやつなのに?」


 首を傾げて問う愛に、祐二が顔をしかめながら説明する。


「一番簡単な理由は、これが第三階層までの魔物からじゃ絶対に出ないような魔石だからだね。これを落とす魔物が出るような場所に剣一が行ったって時点で法律違反になっちゃうんだ。


 一応転移罠のことを伝えれば一回だけなら売れるかも知れないけど、以後はそこを塞ぐとか警備員を置くとかするだろうから、二回目は無理だね」


「でもでも、これを倒せるくらい剣ちゃんが強いって証明にはなるでしょ?」


「なるけど、駄目なんだ。法律で規制対象は実力じゃなくてスキルレベルだから。その理由は、この前話しただろ?」


「うー! やっぱり納得いかないなぁ」


「ワシも納得いかんのじゃ! というか、そもそもダンジョンに潜るのなぞ完全な自己責任じゃろう。何故それを国が規制するのじゃ?」


「それは…………」


 不満げなディアの問いに、祐二が表情を曇らせる。思い起こされるのはこの法改正のきっかけとなった、とある事件だ。


「元々日本では、民間へのダンジョンの解放は遅れ気味だったんだ。でも諸外国がどんどん解放していったせいで、GDP……えっと、日本人みんなが稼ぐお金の成長率が他の国に比べてとても低くなってしまったんだ。


 それで政府も焦りを覚えて、二〇歳からだったのが一八歳になり、一五歳になり……そして最後は一〇年前。ダンジョンに入るのに必要な最低年齢が一二歳まで引き下げられた。


 実際にはGDPだけの問題じゃなくて、若年層ほどスキルの成長率が高いことから、従来の広く浅い教育方法より最低限の義務教育を六年で終えて、後はスキルに合った個別の教育、あるいは経験、指導をすることによって生産性をあげるという目的もあったんだけど、とにかく日本も子供がダンジョンに入れるようになったんだよ。


 勿論問題も多かったし、子供が命がけでお金を稼ぐっていう形に反発する人達もいたけど、実際それで日本は凄く豊かになっていったから、そう言う声も徐々に減っていって……今のように僕達みたいな子供がダンジョンに入ることは、日本の日常になった。


 もっとも、ただでさえ未熟な新人のうえに、子供だからね。流石にそこは政府も対策を考えていたというか、大人の冒険者が荷物持ちって名目で新人冒険者を雇って、そこで経験を積ませるのはどうかって話が出たんだ。


 その案は実際に行われて、僕達も最初の半年くらいは大人の冒険者と一緒にダンジョンに潜ったんだよ」


「あー、あれ! 割と楽しかったよな?」


「山本さん、元気かなぁ?」


「ふふ、そうだね」


 当時のことを思い出して懐かしそうに言う剣一と愛に、祐二が小さく笑って同意する。だがその笑顔はすぐに消え去り、祐二の言葉は重みを増していく。


「でも、世の中にいる全部の大人がいい人ってわけじゃない。なかには不当な暴力を振るったり、奴隷のように扱ったりする人達もいれば、悪いことを教えたり、故意にミスさせて脅しに使うなんて人達もいたみたい。


 そしてそういう人達のなかに、本当に最悪の事件を起こした人達がいた」


 そこで一旦言葉を切ると、祐二は自分の前に置いてあったペットボトルのお茶を一口飲み、息を整えて話を続ける。


「一年とちょっと前。二〇代中盤くらいの冒険者パーティが、一二歳の新人五人を連れてダンジョンに潜った。そいつらは自分の実力よりちょっと上の階層まで潜って、危険と引き換えに大きく稼ぐってやり方だったみたいなんだけど……ある日失敗して、このままじゃ全滅するって状態になった。


 でも、彼らはそうならなかった。新人五人を斬りつけて囮として、自分達だけ生き延びたんだ。


 その『子供の盾』事件は、世間でも大きなニュースになった。無謀な挑戦を繰り返していたような奴らが子供を見捨てて生き延びたなんておかしいって、国中から大バッシングが発せられた。


 でもディアさんが言った通り、子供だろうと新人だろうと、冒険者は自己責任だ。それに逃げた冒険者達が雇った弁護士の『自分が助かるための最大限の努力を認めないのは人権侵害である』って訴えが認められて、何と彼らは無罪を勝ち取った。


 当然、みんな怒った。でも加害者の個人情報はガッチリ守られてるから、そこには怒りをぶつけられない。代わりに政府に『やはり子供を冒険者として認めるなんて駄目だったんだ!』って声が大量に届いたけれど、政府側も今更それを認めてダンジョンへの入場制限を戻したりしたら、せっかく上向いてきた日本の景気に水を差すことになる。


 そうして板挟みになった政府が苦肉の策として出したのが、年齢じゃなくスキルレベルでの行動制限。今回の『保有技能のレベルに応じた異界の門探索における段階的侵入規制法』ってわけさ」


 そうして全てを語り終えると、祐二は深く長く息を吐いた。

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