相談会

「ごめん剣ちゃん。ちょっと僕、理解が追いつかないんだけど……」


 剣一から「重大な相談がある」と話を持ちかけられ、愛と一緒に剣一の家を訪れた祐二。だがそこで聞かされた話と目の前にいる謎の生命体に、祐二は思わず頭を抱えた。


「へー、ディアちゃんって言うんだ。私は天満てんま めぐみです。お友達からはメグって呼ばれるから、ディアちゃんも気軽にそう呼んでね」


「うむ、メグじゃな。ならばお主もワシのことをディアと呼ぶことを許すのじゃ」


「やったー!」


 許可される前から普通にディアと呼んでいたという事実はさておき、四人がけのテーブルではす向かいに座るお腹のたるんだドラゴンが、柿ピーを摘まみながら自分の隣に座る恋人と楽しそうに話しているという異常事態。祐二は目眩にも似た感覚を味わいながら、何とか正面の親友げんきょうに顔を向けた。


「もう一回……もう一回だけ確認させてくれる? 僕達のパーティから抜けた次の日に多寡埼たかさきダンジョンの第一階層の壁を壊して転移罠を発見して、興味本位で入ったらそこが誰も辿り着いたことのない深層で、閉じていた扉を無理矢理斬ってあけたらでっかいドラゴンがいて……」


 そこで一旦言葉を切ると、祐二はやや大げさに息を吸ってから言葉を続ける。


「そのドラゴンと食事をしたり遊んだりして仲良くなってから喧嘩して、その結果友情が芽生えたから一緒に暮らすことになった……で、いいんだよね?」


「おう、そうだぜ!」


 できれば否定して欲しいと願っている祐二の内心など知る由もなく、剣一がいい笑顔でそのハチャメチャな話を肯定する。唯一ディアが人を食べたことがあるということだけは秘密にしたが、それは祐二や愛を信じられなかったからではなく、自分とディアが背負うものだと剣一が真剣に考えて決めたことだからだ。


「はー…………」


 だがその核心部分が秘匿されてなお、剣一のやったことはとんでもない。ズルッと滑るようにテーブルに突っ伏すと、目を閉じて考え込んだ。


 剣一にちょっと抜けたところがあったり、あまり後先考えず勢いで行動したりするところがあることを、祐二は当然知っていた。五歳の時から一緒に遊んでいたのだから当然だ。


 だが正直、ここまでとは思っていなかった。剣一が馬鹿なことをしようとすれば、自分と愛がきっちりと止め、それによって剣一の行動は常識の範囲内に収まっていたからだ。


 それに、自分達はもう一四歳。決して大人だとは思わないが、それでも何も考えずに走り回っていた子供の頃とは違う。だから剣一も一人で大丈夫だと思っていたのだが……


(三日……まさかたった三日別れて行動しただけで、ここまでのことをやらかすなんて!


 何だよドラゴンって。言葉を話せる魔物ってだけでとんでもないのに、そんなのと喧嘩して仲良くなって一緒に暮らすことになった!? 急展開すぎてわけがわからないよ!)


「おーい、祐二? 大丈夫かー?」


「うん、平気……これは名作になるぞって一〇〇話分のプロットを作ってあったのに、五話目を掲載したところで『あと五回で打ちきりです』って告げられた漫画家の気分を体験してただけさ」


「お、おぅ…………」


 死んだような目で乾いた笑みを浮かべる親友に、剣一は言い知れぬ迫力を感じて身を仰け反らせる。すると祐二はクイクイッと素早く三回メガネを動かし、気持ちを切り替えて剣一に話しかけた。


「うん、わかった。納得はできないけど、理解はしたよ。それで剣ちゃん、僕達に相談って何なの? このドラゴン……ディアさんのことを紹介したいってだけじゃないよね?」


「あー、そうだよ。いやさ、ディアって普通に飯を食うみたいなんだよ。でも俺、もうダンジョンの浅いところにしかいけないだろ? どうやって金を稼ぐかとか、あと今後のディアとの生活をどうすればいいかとか、相談したくってさ」


「まったく、ワシに任せておけばすぐに大金を稼いでやるというのに……」


「え? ディアさん、お金稼げるんですか?」


 現代日本でドラゴンがどうやって収入を得るのか、その方法に興味があって祐二がそう問いかけると、ディアはニヤリと笑って答える。


「えふえっくすじゃ! その板切れの前に座ってポチポチするだけで、金が無限に増えるらしいぞ」


「……剣ちゃん、絶対にディアさんにお金を任せちゃ駄目だからね?」


「わかってるって。俺だってこの歳で借金生活はしたくないしな」


「なんでじゃー! 分の悪い勝負こそ燃えるのじゃ! 勝ったらドカンで一生安泰なのじゃぞ!」


 子供のように駄々をこねる中年太りドラゴンに、祐二が恐る恐る声をかける。


「あの、ディアさん? 誰かが大勝ちできるってことは、その分を負けてる人がいるってことなんですよ?」


「それがどうした? このワシが敗者の側に回るなどあり得ぬであろうが」


「あー…………」


 自身の勝利を微塵も疑っていないディアの様子に、祐二は小さな悟りを得て説得を諦めた。


 だがこれは、決してディアがポンコツというわけではない。常に強者であり勝者であったディアにとって、剣一のような埒外の相手に負けることはあっても、凡百の人間如きに自分が負けるという発想がこれっぽっちも浮かばないのは無理からぬ事なのだ。


「それに万一負けたとしても、いざとなれば適当な自然災害でも起こして、通貨のインフレを意図的に引き起こせば乗り切れるじゃろ」


「乗り切れねーよ! 駄目に決まってんだろ!」


「むぅ、ならば近くの海底の岩盤をぶち抜いて、燃える水を噴出させるのはどうじゃ?」


「えっ、それなら……なあ祐二、俺達石油王になれると思う?」


「なれないからね!? 生態系への影響が大きすぎるし、採掘権とか色々あるし、あと組み上げ用のプラットフォームだって何百億とか何千億とかするし!」


「そっかー。やっぱいきなり大金は無理だよな」


 こいつらを野放しにしてはいけない。心のメガネがキラリと光り、祐二は強くそう決意する。それと同時にのほほんと笑っている親友の目を覚まさせるべく、逸れていた話を元に戻した。


「そもそも、剣ちゃんが必要なのは生活費だよね? それともディアさんって、動物園のゾウ並に食べるの?」


「ねえ祐ちゃん、ゾウさんってどのくらい食べるの?」


「え? えっと……一日に二、三〇〇キロだったかな?」


「すごーい! そんなに食べるなら、こんなお腹になるよねぇ」


「ぬっ!? おいメグよ、ワシの腹をぷよぷよするのはやめるのじゃ! あとワシはそんなに食わぬのじゃ! いや、食おうと思えば幾らでも食えるが、必要最低限であればお主達と変わらぬのじゃ!」


「なら月四万円くらいあればいけるかな? うーん、それこそ普通にダンジョンに潜れるならどうにでもなる金額なんだけど……」


 ダンジョンは儲かる。それは魔物が変じる魔石がエネルギー資源として安定的に買い取られているからだ。魔石の質は魔物の強さに比例するため、三階層までのチュートリアル階ではコンビニバイトより効率が悪くなる反面、今まで健一達が活動していた三〇階層なら、一日で二〇から三〇万くらいは稼げる。


 もっとも儲かる反面、必要な支出も大きい。たとえば飲むと八時間排泄を抑制してくれるポーションは一本二万円。三人で飲んで活動するなら、それだけで一日六万円の経費がかかることになる。


 それに加えて装備のメンテ代や、万一に備えてのダンジョン保険、細々した消耗品の補給などもあるため、実際の稼ぎは平均すると一人当たり一日五万円前後。


 二、三日に一度は休日も入れるため、ダンジョンに入るのは月に二〇日として、月収は一〇〇万。そこから税金を引いた最終的な収入が大体六〇万くらいとなるので、それだけあれば月四万円の食費が増えても十分に賄える計算になる。


「剣ちゃん、貯金は?」


「あるよ。確か三〇〇万くらいかな?」


「多くはないけど、少なくもないね。それだけあればしばらくは……あ、でも、剣ちゃんはここの家賃もあるのか」


「まーな。ここ冒険者用のアパートだから、月一六万かかる」


「冒険者用は僕達みたいな歳でも貸してくれるけど、完全前払いだし割高だからね。なら一時的にでも実家に……って、ディアさんがいたら無理か」


「ディアちゃんを連れて帰ったら、きっとおばさんビックリしちゃうよね」


「ビックリで済めばいいんだけどな……」


 愛の言葉に、剣一は苦笑いを浮かべる。剣一には『元の場所に返してきなさい!』と怒鳴る母親の姿しか思い浮かばない。


「うーん、どうしよっか」


「どうしたもんかな」


「どうすればいいかな……」


「どうにかするのじゃ……ふむ、ピーと柿は三:七がいい感じじゃな」


 当の本人……本ドラゴンが気楽そうにポリポリ柿ピーを食べ続けるなか、剣一達三人は揃って頭を悩ませ続けた。

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