拳の語らい

「えぇぇ……?」


「む? 何じゃその反応は?」


「いやだって、こういうときって美少女になるもんじゃねーの?」


「は? 何故ドラゴンが人間の雌になるのじゃ?」


「何故って……何でだろう?」


 もの凄くガッカリしていた剣一だったが、そうディアに問われて言葉に詰まる。剣一の好きなラノベや漫画なら間違いなく美少女になり、その後はキャッキャウフフな生活が待っているのだが、どうしてそうなるのかと言われると剣一にも理由はわからない。


 強いて言うなら話の都合だろうが、それを言ったら「フィクションと現実は違う」という絶対不可避の一撃によってとどめを刺されるのは明白だ。


「えっと……じゃあほら、せめてもうちょっと小さくならないのか? 肩に乗るくらいの感じで」


「阿呆か! 今の状態ですら一〇〇倍近く体を圧縮しておるのじゃぞ!? ここから更にそんなに小さくなれるわけがないのじゃ!


 というか、そもそもこの状態ですら元の比率を維持しようとするととんでもなく重くなってしまう上に体がガチガチに固まって動かなくなるから、仕方なく余剰分を全部濃い液状の魔力にして体内に蓄えておるのじゃ!


 見よこのだらしのない腹を! ぷよぷよなのじゃ! これが苦肉の策で、涙ぐましい努力の結果で、そして限界なのじゃ!」


「うわー……」


 ディアが自分の腹をつつくと、爬虫類っぽい白くて縞々のお腹がプヨンと揺れる。触り心地は良さそうだが、ぱっと見はだらしない。


「デアボリックっていうか、メタボリックだな……」


「ぬわっ!? 誰がデブじゃ!? これは仕方なくこうなっておると今言ったばかりではないか!?」


「ご、ごめん! 悪かったって!」


「いーや、許さぬのじゃ! 他人の身体的特徴をあげつらうなら、ワシだって切り札を切るぞ?」


「な、何だよ……」


 一歩後ずさる剣一に、椅子に座ったデブドラゴンがニヤリと笑う。


「今までは気を遣って言わなんだが……お主、チビじゃな?」


「っ……」


「ふふふ、ワシは知っておるのじゃ。同じ年頃の人間と比べると、おそらく人の拳一つ分くらい小さいはずじゃ」


 何処でそんな知識を仕入れていたのかはともかく、ディアの指摘は正しかった。一四歳男子の平均身長はおおよそ一六五センチほどで、剣一より一〇センチくらい高い。


「どうじゃどうじゃ? 図星を指されて怒ったか? これに懲りたら、人の体型をからかうのは……」


「…………ったら」


「む、何じゃ?」


「それを言ったら…………」


「お、おいお主よ。お主の体から、先ほど初体験した『殺気』のようなものが漏れ出しておるのじゃが?」


「思うだけならまだしも……それを口に出して言ったら…………っ!」


 俯いた剣一が、ギュッと拳を握りしめる。その体から赤い殺意がオーラのようにあふれ出す様を幻視し、ディアが思わず椅子ごとズリズリと後ろに下がる。


「戦争しか、ねーじゃねーかよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


「ぬぉぉぉぉ!? ここでひいてはドラゴンの名折れ! 受けて立つのじゃ!」


 顔を真っ赤にして殴りかかってくる剣一に、ディアも椅子から立ち上がって応戦する。そうして一〇分ほど拳を交わすと、二人は揃って床の上に倒れ伏した。


「はぁ、はぁ、はぁ……ディア、お前なかなかやるな? 腹がぷよぷよ過ぎて、殴った手応えが全然なかったぜ……」


「はぁ、はぁ、はぁ……ケンイチ、お主もな。的が小さすぎてワシの拳が七度も空を切ったのじゃ」


「ははははは……」


「ハハハハハ……」


 小さな篝火の光など到底届かぬ暗い天井を見上げながら、二人は揃って笑い声をあげる。そのまま剣一が横を向くと、同じく横を向いていたディアと目が合った。


「なあディア。今更だけど、お前俺と一緒に来るの? 何で?」


「契約とはそういうものじゃからな。お主とて自分の知らぬ間にワシが人を襲って食ったら困るであろう?」


「そりゃまあ……」


「ならばワシはお主に潔白を証明し続ける必要があるし、お主もまたワシが人など食わずとも済むよう、他の食料を給じ続ける必要がある。


 そのうえでお主がここに留まり続けるわけにいかぬなら、ワシがお主のところに行くのは道理なのじゃ」


「そんなもんなのか……っておい、俺ずっとお前に飯を食わせねーと駄目なの!?」


「当然じゃ。なに、魔力の薄い外の世界とはいえ、ここまで体を圧縮したのじゃから、お主と同じ程度しか食わぬよ。お主の強さであれば、そのくらいはどうにでもなるであろう?」


「うっ……いや俺、実は最近金を稼ぐ手段がなくなっちゃって……」


 自分を倒せる程の強者が、まさか人間一人分という取るに足らない量の食料を用意できないはずがない。そう信じて疑わないディアの言葉に、剣一は渋い顔でそう告げた。


 しかし本人から告げられてなお、ディアは不思議そうに首を傾げる。


「手段がない? どういうことじゃ?」


「それは――」


 剣一は昨日の改正法により、自分がダンジョンのごく浅い場所にしか入れなくなったこと、そしてそこでは満足な生活資金を稼ぐのは難しいことなどをディアに話していく。


「ってわけなんだよ」


「なるほど。つまり金を稼ぐには強さそのものではなく、強さの保証が必要であるわけか。しかもお主は、その法律を遵守したいと。はー、何とも面倒な話なのじゃ!」


「俺も面倒だと思うけど、それを破るともっと面倒なことになるんだよ。それこそ動物みたいに森で暮らすとかならいいんだろうけど、俺はコンビニで新発売のお菓子を食べたいし、暖かいベッドでゴロゴロ寝たいし、スマホで動画閲覧とかもしたいからな」


 暴力は全てを解決できるが、それは同時に文明を諦めるということでもある。剣一が人間社会で生きていくメリットを捨て去るのは、それこそ何もかも嫌になった時くらいだろう。


「わかった、ならばその辺はワシも一緒に考えてやろう。何せ最強のドラゴンじゃからな! その気になれば金などザクザクなのじゃ!」


「おおー、頼もしいぜ!」


 ぷよぷよドラゴンの死ぬほど胡散臭い台詞に、だが剣一は素直に感動の目を向けた。その素直さは美点であり欠点であるが、今回それがどっちに転ぶかは今後の結果次第だ。


「んじゃ、そろそろ行くか……ディアはどうやって俺ん家まで来るんだ?」


「うん? ひとまず地上まで転移で出たら、お主と一緒に歩いて行こうかと思っておったのじゃが、駄目なのじゃ?」


「普通に駄目だろ……」


 今のディアをドラゴンと判断する者は、あまりいないかも知れない。だが喋るデブトカゲを連れて歩くだけでも、目立つなんてレベルじゃない。


「転移魔法が使えるなら、俺の家に直接来るとかは?」


「いや、ダンジョンの内部であれば認知が及んでおる故比較的自由に跳べるが、流石に外に直接跳ぶのは無理じゃ。そんなことできたならそもそも封印の意味がないのじゃ」


「あー、そりゃそうだな。てことはとにかく入り口から外に出ないと駄目なのか。うーん……?」


 ディアの言葉に、剣一は必死に考え込む。いつもなら頼りになる親友がいないだけに、いつも以上に思考を回す。そうして思いついた名案は――





「な、なあ君。君の持ってるそれは一体……?」


「あ、これですか? 『くったりデブゴン』っていうぬいぐるみなんです!」


 通りすがりの人に声をかけられ、くたっと力が抜けて垂れ下がるディアの体を抱えながら剣一が答える。その顔には純真無垢な笑顔が浮かんでいたが、目の奥からはちょっと光が消えかけている。


「ぬいぐるみ……そ、そうか。いやでも、何でぬいぐるみなんて持ってダンジョンに入ってるんだ?」


「それは……寂しくて…………俺の友達、こいつだけなんで……」


「あー……………………」


 ディアを抱きしめる腕に剣一がギュッと力を込めると、声をかけてきた男が何とも言えない顔つきになった。加えてその会話が聞こえたからか、周囲から向けられていた奇異の視線が哀れみのようなものへと変わっていく。


「可哀想に。あの年で冒険者だし、きっと辛い人生なんだろうな」


「でもあのぬいぐるみ、ちょっと可愛くない? 何処で売ってるのかしら?」


「あの、もういいですか?」


「あ、ああ。呼び止めて悪かったね。その……頑張って」


「はい、ありがとうございます!」


 終始笑顔で会話を終えて一礼すると、剣一はディアを抱えたままダンジョン改札を通り、外に出る。そのまま何食わぬ顔で人気の無い場所まで移動すると、ディアを地面に下ろすと同時にガックリと崩れ落ちた。


「やっちまった……これでもう、このダンジョンには来られないな……」


「お主が自分で考えた作戦なのに、どうしてそこまで落ち込むのじゃ?」


「そりゃだって……くそっ、祐二ならもっといい方法を思いついたんだろうな」


「悔やんでも仕方あるまい。ほれ、さっさと家に向かうぞ」


「わかってるよ…………」


 地上に出れば転移で移動できると思ったが、転移は魔法を使うディアが認識している場所でなければできない。剣一の反応を追ってそこに転移することはできるが、剣一からディアに連絡する手段がないため、一〇分後とかの時間で区切ると、万が一予期せぬ理由で足止めされていた場合、いきなりディアが目の前に現れてしまう。


 つまり、家までディアを連れて帰るしかない。一四歳の男の子が、抱っこしながらである。


(これ、本気で引っ越さないと駄目かもな……)


 そんな事を考えながら、剣一は腕の中でクッタリしているディアを抱え、トボトボと帰路につくのであった。

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