普通だったら大ピンチ

「何だこりゃ? 魔法陣……転移罠か!?」


 床の上で青白い輝きを放つそれに、剣一は見覚えがあった。上に乗った人間を別の場所に飛ばすという、凶悪な罠だ。多寡埼たかさきダンジョンでは二五階層以降に出現し、実際幾度か引っかかったことがある。


 故に転移罠が存在することそのものはわかる。だが問題は、それがどうしてこんな浅い階層にあるかということだ。


「滅茶苦茶に走り回ったけど、階段は降りてないよな? 第一階層に転移罠なんて……でも壁の向こうだったし……あっ、まさかこれ、ショートカットか!?」


 ダンジョンのなかには、深部と入り口付近を繋ぐ転移罠が存在することがある。ダンジョンのずっと奥からここに飛んできて、壊してしまった壁の部分に裏側からしか動かせない仕掛けがあって、それを使うと壁が開くとかであれば、ここに転移罠があることに納得がいく。


 というか、少なくとも剣一はそう結論づけた。特に根拠のない妄想のような推理だったが、ちょっとお馬鹿なところのある剣一は、一度それっぽい考えに至ると、そこから「いや、実は違うかも?」と考えたりはできないのだ。


 そして気づく。これがショートカットなら……この先は自分が行ってはいけないと言われているダンジョンの深部なのではないか?


「へ、へへへ……そうだよな。知ってて階段を降りたら犯罪だけど、ついうっかり転移罠を踏んだ先が三階層より下だったとしても、それは俺のせいじゃないよな? うっかり! うっかりなんだし!


 なあ祐二、お前も――」


 ニヤニヤ笑いながら振り向く剣一だったが、当然背後には誰もいない。その事実に再び胸の中にモヤモヤが溜まり、剣一はパンパンと自分の頬を両手でひっぱたいた。


「あー! よし! こんな大発見したのに、しょぼくれてる場合じゃねーだろ! 行くぜ行くぜ、行っちゃうぜ?」


 普通に考えれば、行き先のわからない……ここが第一階階層であることを考えれば、ほぼ間違いなく下層に繋がっている……転移罠に自ら乗るなど、自殺行為でしかない。


 が、剣一はそんな事気にしない。まるでコンビニに入るくらいの気軽さで光る魔法陣を踏むと、剣一の視界が一瞬で切り替わった。


「おぉぉぉぉ……何かジメッとしてるな」


 茶色い土壁はしっかりした石造りの壁に変わり、苔がモサモサと生えまくっている。おまけに湿度が高いのか、空気が纏わりつくように重い。


「こりゃ相当下じゃねーか? どの辺なんだろ? って、その前に確認を……ありゃ?」


 剣一が振り返ると、予想に反して背後には魔法陣が存在しなかった。出現したのは前後に伸びている一本道の途中で、曲がり角や小部屋のようなものは見えない。


「ショートカットじゃねーのかよ!? うわ、帰りどうしよう……」


 転移罠が双方向に移動できるわけじゃなかったということは、ここから歩いて地上まで戻らなければいけないということだ。だが今日の剣一は大した準備をしていない。日帰りどころか気分転換にダンジョンに入りに来ただけなので、それこそ保存食すら持っていないのだ。


「流石に気を抜きすぎだろ俺……」


 剣一の頭の中で祐二が呆れ、恵が説教を始める。強い自分がこっそり二人を支えていると思っていたのに、自分もまた親友二人に支えられていたのだと強く自覚してしょんぼり歩いていると、不意に前方から足音が聞こえてきた。


「誰かいる!? おー…………あー、そうね」


「ブフォ?」


 現れた人影は、牛頭の巨人であった。いわゆるミノタウロスと呼ばれる魔物だが、剣一が知っているそれより明らかに体が立派で、かつその手には複雑な模様の入った、強くて格好いい感じの斧が握られている。


「ミノタウロスの上位種とか、そんな感じかな? よっと」


「ブフォォォォ――ォォォ?」


 腰の剣を引き抜き、軽く振る。ただそれだけで絶望の化身のような魔物の体が両断され、死体の代わりに紫色の石が落ちた。まともな生物ではない魔物が、この世に残す唯一の痕跡。魔石である。


「お、でっかい! この大きさなら、三〇階層よりは大分下っぽいかな? こりゃ持って帰れたら大儲けできそうだ」


 五センチくらいありそうな魔石をポケットにしまうと、剣一は軽い足取りでダンジョンを歩き始める。すると幾度も凶悪そうな魔物に出会ったが、その全てが一撃で魔石に変わってしまう。


「はぁ。あの転移罠がショートカットだったら、いい稼ぎ場所だったのになぁ」


 剣一は強かった。祐二達の想像を遙かに超えて、ぶっちぎりに強かった。不意打ちを食らうと死んでしまう足手まといなかまがいなくなったことで、その強さが今十全に発揮されている。


 もっとも、剣一本人はそんなこと微塵も思っていない。単に久しぶりに思い切り剣を振れるのが楽しいとか、その程度だ。ここから地上に戻るのにどのくらいの時間が掛かるのかという不安も、生来のお気楽さから大分薄れている。


「ま、なるようになるよな。さっきみたいに偶然転送罠の魔法陣を見つけたりするかも知れないし……お?」


 そんな風に考えて歩いていると、剣一の行く手に巨大な扉が出現した。太い鎖が幾重にも巻かれたようなデザインの、重厚な金属扉だ。


「うわー、でっかいな! ひょっとしてボス扉とか? どうやって開けるんだろ?」


 ダンジョンには時折ボスが存在する。大抵は一〇階層ごとなどの切りのいい場所や、ダンジョンの最奥となる場所だ。倒すと魔石の他に色々な魔導具なんかがもらえたりするので、倒したいと思う冒険者は沢山いる。


 が、勿論ボスだけあって、その周囲で出会う通常の魔物よりも格段に強い。並もダンジョンならそれこそボスとして出現するような上位ミノタウロスが雑魚として出現する階層のボスともなれば、その強大さは推して知るべしではあるが……


「んぎぎぎぎ……開かない…………っ!」


 剣一はそういう細かいことを気にしなかった。ノブの類いは見当たらなかったのでひとまず扉を全力で押してみたものの、明らかに封鎖されている扉はびくともしない。


「あー、これは駄目だ。多分仕掛けとか解いて開けるやつだ。こういうのは祐二が得意なんだけど……」


 困り顔をしてみたところで、賢さ担当の祐二はこの場にいない。代わりにエアメガネをクイッとやってみたが、逆に賢さが下がった気がする。


「……斬るか!」


 故に、剣一はあっさりとそう決断した。今使っている剣はそれなりの品ではあるものの特に業物とかではない市販品なので、刀身を金属に叩きつけたりしたら普通に折れる。


「……………………フッ」


 なので、剣一は折れないように剣を振った。髪の毛よりも細く、絹よりも滑らかに。コンマ一ミリのブレもなくまっすぐに振り下ろされた剣は音も光もなくストンと床に落ち、その軌道上にあった鉄の扉を封じていた鎖には、最初からそう作られていたかのようにスッパリと切れ目が入っていた。


 そう、封鎖は解かれた。内に籠もっていた力が吹き出し、重い扉が勝手に開く。その力は物理的な風となり、剣一の体を吹き抜けていったが……


「自動ドアじゃん。ラッキー」


 やはり剣一は気にしなかった。そのままスタスタと室内に入り込むと、ダンジョン内だというのに真っ暗な室内に、キラリと二つの目が光る。


「む…………? 何だ…………?」


「おぉ、何かいるのか!? 暗くてわかんねーけど、何かいるよな!?」


「暗い……? ああ、そうか。少し待て」


 ボッと、宙空に火の花が咲く。それが近くにあった篝火に燃え移ると暗い室内が照らし出され――


「これでよかろう」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」


 剣一の目の前に現れたのは、見上げるほどの巨体で寝そべる黒いドラゴンであった。

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