異世界02.爆速で魔王をぶっ殺す【魔法威力1000000倍】女子高生
ホームセンターの前を通り、コンビニがある角を左に曲がると、ドラゴンと目が合った。
ドラゴンは、痛みのあまり、上を向いて絶叫する。空気が、強く震える。ドラゴンは高く飛び上がり、理空に向けて口を開けた。
神殿のような建物の中にいるようだった。あちこちに立てられた篝火が、荘厳っぽい雰囲気を演出する。
理空は、左手を前に突き出した。どうにかなる。確信していた。
「炎よ」
言ってみた。掌から炎が出て、視界を一気に埋め尽くした。
炎は、ドラゴンを一瞬で包み、骨すら残さなかった。
青空が、広がった。炎が、神殿の天井を吹き飛ばしていた。
理空は懐中時計を見る。どんな状況下であろうとも、基幹世界——理空が普段いる世界——の時間を示す時計が、18時56分を示していた。空に、ゆっくりと雲が流れていた。さっきまで、夕暮れ時の家路を急いでいたはずだ。
「あ、あなたは一体……」
声がした。柱の影から、ローブのようなものに身を包んだ女が、こちらを覗いていた。その横には、鎧に身を包んだ男もいた。
やっぱりかと理空は思う。
自宅のそばには神殿は建っていないし、ドラゴンも生息していない。
魔法の力が文化の根幹にある世界「セイカイル・ロマーニ」は、滅亡の危機に瀕していた。
魔術師ヒッタヴァイネンが、かつて世界を滅ぼそうとした、絶望の悪魔の封印を解き、その力を我が物としたのだ。
魔王と化したヒッタヴァイネンは、圧倒的魔力で次々と魔の力を持った生物を生み出し、その力を以って人々を蹂躙していった。
そんな絶望的状況下で1人の人間が立ち上がった——
——なんて情報が頭に流れ込んでくる。
異世界に呼ばれて少し経つと起きる現象である。
その異世界の世界観のほか、言語・文化・歴史・現状といった、ありとあらゆる情報が一気に流れ込んでくる。
このとき「両手で脳を掴まれて思い切り揺さぶられる」ような感覚になる。理空はそれが心底苦手だったが、何回かやられると慣れてしまった。呼ばれた回数は100を遥かに超えている。
基本的な情報が一通り流し込まれると、異世界での目標が示される。
『魔王の討伐』
この目標を達成すると現実世界に帰還できる。
理空の表情は、微かにも動かなかった。異世界で一番多いタイプの目標である。
そして最後に、理空がこの世界で与えられる
【魔法威力100000倍】
理空は先ほどドラゴンに向かって出した炎を思い出す。なんとなく、こんな感じのチートがもらえたような気がしていた。
今日は運が良いと理空は思った。使い道のわからないチートを与えられることは多い。
理空は、与えられた記憶の中から、自分が使える魔法を確認する。
使用出来るのは、「能力を補助する魔法」「快適に旅をするための魔法」「生活の役に立つ魔法」であった。
「攻撃魔法」や「回復魔法」といった戦闘の役に立ちそうな魔法は一切なかった。
ちなみに、ドラゴンを倒した時に使った魔法は、攻撃魔法ではなく「着火魔法」で、本来は薪や炭に着火するための種火を出す、「生活の役に立つ魔法」であった。
そして、魔法は1種類につき、1日1回しか使えないようだ。
つまり、攻撃手段として使い勝手の良さそうだった「種火を出す魔法」はもう使えない。
「慎重にいかないとな」
理空は誰に言うでもなく呟いた。
「あ、あの……あなたがひょっとして勇者様……」
ローブの女性がまた話しかけてきた。存在を、すっかり忘れていた。
「私は龍造寺理空。ただの高校生だ」
言うと理空は空高く舞い上がった。空間移動魔法だ。今日は1秒でも早く現実世界に戻りたかった。
理空は、1000000倍の威力で魔王城に移動した。
着地する。地面が、爆ぜた。到着の衝撃で、城門と、城門の周囲にいたモンスターの大多数を吹き飛ばしていた。
生き残ったモンスターは呆気に取られていた。魔法か、砲弾の
「遭遇回避魔法!」
強い風が放射状に吹く。魔王城にいる魔物のほとんどが、かき消えた。
本来なら「自分よりレベルの低い魔物と遭遇しにくくなる」という効果の魔法だが、威力1000000倍である。ほとんどの魔物が、理空と二度と遭遇できないようにされてしまった。
理空は駆け出す。威力1000000倍の「地図作成魔法」により、魔王城の内部は、部屋の位置はもちろん、隠し通路や罠の場所、魔王の恥ずかしいものの隠し場所までもが、詳細に解析されていた。
長い通路を進んで行く。今回は、いや今回も、1秒でも早く帰りたい。理空は速度を上げ——ようとして足を止めた。強い、気配がした。
「貴様が勇者か!」
「ククク……俺たちが相手してやろう」
「私の魔法で粉々にしてやるわ!」
「キーッ!」
4人が、目の前に立っていた。
「魔王直属四天王」とかいう奴らだと、この異世界に来てすぐに教えられた。
理空はすぐさま左手を突き出す。
「移動速度上昇魔法!」
橙色の光が四天王を包む。
通常だと、移動速度が2倍になる魔法である。それを、理空は敵に向けて放った。
「しばらく動かない方が良い。命が惜しければ、魔法の効果が切れるまでじっとしていてくれ」
理空は眉ひとつ動かさずに言う。四天王はその言葉をまったく意に介さない。
「そんなハッタリが俺達に通用するか!」
「ククク……俺たちの連携に舌を巻くが良い」
「くらいなさい! フォース・サイクロン・アタック!」
「キーッ!」
破裂音。風が、理空の髪を揺らした。広間には、理空の姿だけが残った。
「だから動かないでくれと言ったのだが」
理空は嘆息した。
四天王は、移動速度2倍×魔法威力1000000倍で、移動速度が2000000倍になっていた。
四天王は、自分の速度に耐えきれずに木っ端微塵になったのだ。
「案内魔法発動。魔王があるフロアまでの最短ルートを示してくれ」
緑色の粒子が理空の元に集まる。粒子は激しい渦となり、雷鳴のような音を立てて前方へと飛んだ。
「なるほど、最短ルートか」
地下へ向かって、トンネルができていた。大人1人が余裕で通れるほどの直径である。本来は、目的物のある方向を示すだけの魔法である。
少し歩くと、大きな扉があり、扉の大きさに相応しい、強大な錠前がついていた。
「解錠魔法!」
光が、炸裂した。赤や青の光が明滅して、扉が粉々に砕けた。
広大な空間がそこにあった。魔王の部屋で間違いなさそうだ。
玉座で、男がずり落ちそうになっていた。魔王ヒッタヴァイネンである。見開いた目で、理空を見ていた。
「な、なんなんだお前は!?」
「ただの高校一年生だ。くらえ!」
理空は間髪入れずに睡眠魔法を放つ。魔王の頭が、かくんと前に垂れる。
「トドメはどうしようか」
理空は部屋の中にあるレアアイテムを物色する。魔法のレパートリーの中に、決め手になりそうなものは無い。
理空は、部屋に置いてある宝箱から大剣を取り出す。とりあえずこれで決着をつけることにした。
剣を、首に向かって振り下ろす。何か、弾かれるような感触がした。刃が、首に当たる寸前で砕けていた。魔王が、目を見開いて理空を見ていた。理空の額を冷汗が伝う。1000000倍の眠りについて、目覚めないはずだ。
「貴様……よくもやってくれたな……うおおおおおあお!」
魔王が叫ぶ。すると、全身が隆起し、天井につく程に、躰が大きくなる。
「力が……力が漲ってくるぞ!」
理空は、ここで自分の過ちに気がついた。
「1000000倍睡眠魔法」は「1000000倍の深い眠りにつかせる魔法」ではなく「1000000倍の安息をもたらす魔法」だったのだ。
あまりにも質の高い睡眠が、魔王の潜在能力を完全に引き出していた。
魔王は、拳を振り上げる。理空の背中に冷たいものが走る。気がつくと、
壁に、背中から激突した。放射状の亀裂が走る。
「小娘ェ! これで終わりだ!」
魔王は、両腕に強大な魔力のエネルギーを溜める。周囲に起こる空気の震えは、死を連想させるのに充分だ。
「照明魔法!」
魔王が魔法を放つより少し早く、理空から光が放たれる。魔王の魔法は、あらぬ方向へ飛んで行った。
本来は暗い洞窟を照らすための魔法だが、威力1000000倍である。眩すぎる光が視力を完全に奪っていた。
「ぐぎゃああああ!」
魔王は目を押さえて転げ回っていた。
理空は静かに手をかざす。
「ところで魔王、お前小説を書く趣味なんかあるんだな」
魔王の視力は回復しつつあった。自己治癒能力も格段に上がっていた。焦点が定まりつつある視力で、理空の手元を見た。枕元に隠してあるはずの自作小説が握られていた。
渾身の力作『魔王になって勇者を滅ぼそうとしたらたくさんの妹に求婚されて大変です』である。他人に見せる予定は、無い。
「貴様、どうしてその小説を……」
「7人の義妹と恋に落ちるなんて、少し盛りすぎじゃあないか?」
理空は、薄ら笑いを浮かべながら、冊子を左手でぶらぶらさせた。
「それを返せぇ!」
魔王は理空に向かって取り出す。
「殺傷床回避魔法!」
「何だと!?」
魔王の足元が、俄かに光沢を帯びる。
本来は、
「うおおおおおっ!」
魔王は滑る。動きを制御できぬまま理空の方に向かって突進する。
「罠解除魔法!」
魔王は、躓いて転んだ。隠し階段が、足元に出現していた。倒れると、地面が粉微塵になった。あらかじめ、防御力低下魔法をかけていた。
魔王はそのまま地下に落下する。微かに、攻撃力強化魔法を使う声が聞こえた。
「甘いぞ小娘!」
魔王は、究極防御魔法を使った。3秒間だけ、どんな攻撃も無効にするという魔法である。
しかも、10秒のインターバルをおけば、再度使うことが出来る。
地面に激突する。思ったとおり、床に攻撃力強化魔法がかかっていた。魔王は当然無傷である。
真上で、理空が困惑の表情をしているのが見えた。おそらく、今のが切り札だったのだろう。攻撃力強化魔法以上に、攻撃的な魔法は持っていないはずだ。直接攻撃をしないで、こんな回りくどい方法を取っているのが、何よりの証左だ。魔王は口元に笑みを浮かべた。
「待ってろよ小娘。
魔王は、膝を曲げ、跳躍の力を溜める。
標的の場所を確認するために上を向く。
魔王の顔が爆ぜた。
何が起きたのだろうか。魔王は何も理解出来ないまま倒れ、二度と起き上がることは無かった。
シャンデリアが、魔王の傍らに転がっていた。魔王は、最期までその存在に気がつくことはなかった。
「私はふたつトリックを使った。ひとつは攻撃力強化魔法を、地下室の床にではなく、この城全体にかけた。壁だろうが床だろうインテリアだろうがエクステリアだろうが、どこに当たろうとも威力1000000倍だったのだ。
そしてふたつめは、透明化魔法だ。お前に剣で攻撃したときに、何かしらの強い防御方法があることは見抜いていた。だから、攻撃の瞬間を意識させないように、シャンデリアを透明にしたんだ」
沈黙が、城内を包んでいた。誰に話すというわけではなかった。理空が喋りたいから喋ったのだ。
急いで現実世界に帰りたいとは思っていたが、自分の目論見が成功したことを、ひけらかす快感には勝てなかった。
理空は小走りで魔王の広間を横切る。
魔王の玉座の後ろに、部屋があった。中に、拐われていた姫がいた。理空は手刀で鍵を壊す。
「あなたが勇者様ですね!」
「いえ、ただの高校生です」
「助けていただきありがとうございま……きゃあ!」
突如、魔王城全体が強く揺れ出した。魔王が絶命すると崩壊するように仕掛けがされていたようだ。
「姫様、しっかり掴まっててください」
そう言うと、理空は姫を両手で簡単に抱き上げた。姫の顔が赤くなる。
「脱出魔法!」
理空と姫は、1000000倍の威力で魔王城を脱出した。
このとき、魔王城のさらに地下に絶望の悪魔が眠っており、魔王の死と同時に目覚めるはずであった。
その絶望の悪魔は、脱出魔法の余波に巻き込まれて消滅していたのだが、そのことを知るものは誰一人としていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます