第1話 詰んだ?異世界転生


 ガタガタとした揺れでエレノアは目を覚ます。

 銀の長い睫毛に覆われた紫の美しい瞳に飛び込んできたのは鬱蒼とした森、彼女は自分が馬車に乗っていたことを思い出す。


「お気分はいかがですか? エレノアお嬢さま。先程、頭がひどく傷むとおっしゃっておりましたが……」

「……えぇ、そうだったわね。もう大丈夫よ、カミラ」


 そう言うとエレノアの専属メイドであるカミラはホッとしたような表情を浮かべる。

 その言葉に嘘がないことは、今まで彼女と過ごしてきた記憶が教えてくれる。

 黒髪と黒目を持ち、肌の色も異なる異国の民には未だ差別がある。カミラもそういった外見であり、エレノアが彼女を専属のメイドにすると言ったときも周囲は戸惑った。

 それでも、エレノアの意志は揺らぐことはなかった。

 自身の身近に置く者は彼女自身が本当に信頼できる者でなければならないとエレノアは考えていた。一方で彼女の父と兄は優秀で忠誠心のある者であることが必須だと考えていた。

 幸い、カミラはこのどちらをも満たしていた。

 それ以来ずっと、カミラは忠実で誠心誠意エレノアに尽くしてきた。

 そうエレノアは思う。


 いや、正確にはエレノアだった記憶を探ると、というのが正しいだろう。

 エレノア・コールマンは先程、息を引き取った。

 以前よりあった頭痛は病の兆候だったのだ。

 頭痛があったエレノアだが多忙な日々もあり、鎮痛薬などで耐えていた。

 いずれにせよ、魔法医が優秀な者でもその治癒は難しかったであろう。

 どんなときでも側にいてくれた信頼できる侍女カミラが見守る中、静かに旅立っていった。


 そして最期の時、エレノアは強く願った。

 聖女となり得る膨大な魔力を持つエレノアの心よりの願い、それがある現象を起こすこととなる。

 その願いが、今エレノアの中にいる彼女の魂を呼んだのだ。

 

 ではエレノアの願いに呼ばれ、ここにいる彼女は誰であろうか。

 姿かたちは今までのエレノアと変わらず、美しく凛々しい。

 そしてエレノアであった記憶もきちんと持っている。

 だからこそ、彼女は思っていた。


 ――――これは詰んだな。と

 

 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る