転生令嬢の甘い?異世界スローライフ! ~神の遣いのもふもふを添えて~

芽生 (メイ)

プロローグ


 それは突然現れた。

 もふもふとした感触がエレノアの腕の中にある。

 つぶらな瞳は湖のように青く、こちらを見つめていた。

 

「ふわふわで可愛いわね」


 優しく撫でるエレノアはふと、大事なことに気付いて、驚きで固まったメイドのカミラに尋ねる。


「ねぇ、カミラ? この子、犬かしら? それとも狐かしら?」


 そんな問いかけに反応したのはカミラではない。

 エレノアの頭には低い男性の声が、耳にはきゅうきゅうという鳴き声が響く。


《我は、神の遣い。そのような生き物とは一線を画す存在である》


「狐! 狐です! 真っ白な狐は神の遣いだと聞いております! …………こ、これはエレノアさまが聖女である証。この場所に来たのもおそらくは神のお導きです!」


 その答えにエレノアの形の良い眉が顰められる。

 エレノア、いやその前の魂の記憶が野生動物に気安く触るべきでないと訴えるのだ。


「あなた、ずっと神様は信じないって言ってたのに」

「エレノアさまの優秀さを認めるのであれば、私も神の存在を認めてやっても構いません!」

「他の人がいるところでそんなことを言わないのよ」

 

 カミラは熱心なメイドである。その熱心さは遣えるエレノア以外には向かわないのが難点だ。 


「狐だと問題だわ。どうしましょう……」

「そうですね。エレノアさまが聖女となれば、王族や高位貴族との婚姻が進められる可能性があります。ここはひとまず、旦那さまと兄であるカイルさまにご相談を致しましょう!」


 カミラとは違い、エレノアは野生動物からの感染症を案じている。

 触れてしまったものは仕方がないが、丁寧に手を洗い、出来れば魔法で殺菌できれば良いと思う。

 この世界に殺菌できる魔法があるのかは不明だ。

 エレノアの中にいる魂はまだこの世界に疎いのだ。


《……洗う必要はない。そういったものは持っておらぬ》

「あぁ、ワクチンを受けているのね。ペットだったのかしら」

「エレノアさま、どなたとお話をなさっているのですか?」


 そう言われてエレノアは気付く。

 先程から頭の中に聞く男性の声、だが周囲にそのような人物は見当たらない。

 それもそのはず、ここは正道院内の祈祷舎なのだ。

 

 腕の中の狐がきゅうきゅうと鳴く。


《我だ! 神の遣いである我の声である!》


 再びエレノアの眉間には深いしわが寄る。

 狐が喋ったにしろ、幻聴が聞こえたにしろ、由々しき事態である。

 腕の中の愛らしい狐のようで狐でないものは、青い瞳でエレノアを見つめ、きゅうきゅうと鳴くのだった。

 

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