第23曲 オズとユージオの二重写し:ReoNa「虹の彼方に」

 二〇二四年の五月から七月にかけて行われた「ReoNa」さんの日本国内のライヴ・ツアーのセットリストは四つのブロックから成り、その第二のブロックは以下のような三曲によって構成されていた。


 〈セカンド・ブロック〉 

  8「カナリア」(『ハッピーシュガーライフ』第九話)

  9「虹の彼方に」(『ソードアート・オンライン アリシゼーション』第十九話・第二十四話)

  10「オムライス」(二〇二四年五月十七日配信)


 今回のツアーの〈ファースト・ブロック〉の八曲は、公演替わりの三曲目も含め、その平均BPMは約〈一一〇〉、これに対して〈セカンド・ブロック〉三曲のBPMは、「カナリア」が〈八〇〉、「虹の彼方に」が〈九七〉、そして「オムライス」が〈六四〉と、平均BPMは約〈八〇〉である。

 BPM〈八〇〉とは、バラード調のムーディーな曲に多いテンポで、つまり、第二のゾーンの三曲は、かなりゆったりとした曲調のスロー・バラードばかりなのだ。


 このブロックの曲は、配信開始になったばかりの「オムライス」以外は、アニメの中で挿入歌や特別EDとして流れた曲である。


 「カナリア」は、二〇一八年夏クールのTVアニメ『ハッピーシュガーライフ』の第九話の曲なのだが、ここでは、二〇一九年冬クール放映の、TVアニメ『ソードアート・オンライン』(以下『SAO』と略記)の「アリシゼーション」編の第二クールでの特殊EDや挿入歌として流れた「虹の彼方に」に着目したい。


 「虹の彼方に」は、「アリシゼーション」編第二クールのED「forget-me-not」のカップリング曲である。


 この「虹の彼方に」の歌詞を見てみると、「ブリキ」「たてがみ」「案山子」というワードが出てきており、ここから想起されるのは、日本でも多くの人に読まれているアメリカの児童文学『オズの魔法使い』(以下『オズ』と略記)である。

 その物語の中で、竜巻に巻き込まれて「オズ」という不思議な国に飛ばされてしまった少女「ドロシー」は、元の世界に戻る為の旅の途中で、カカシ、ブリキの木こり、そしてライオンに出会う。三者は、自分たちに欠けている物、すなわち、カカシは〈脳(知性)〉、ブリキは〈心臓(心)〉、そしてライオンは〈勇気〉を手に入れる為に、ドロシーの旅に同行する。

 幼き頃に『オズ』を読んだ事がある者ならば誰しも、ReoNaさんの「虹の彼方に」の歌詞内容が『オズ』を下敷きにしている事が瞬時にして分かろう。


 さらに言うと、『オズ』は一九三九年に映画化されたのだが、そのミュージカル映画の中で劇中歌として歌われているのが「Over the Rainbow」である。それゆえに、『オズ』と言えばこの曲を思い浮かべる人も多いのではなかろうか。

 この「Over the Rainbow」、日本語に直訳すれば、まさに「虹の彼方に」で、実際、この曲の邦題は「虹の彼方に」になっており、もはや、ReoNaさんの曲と、『オズ』の劇中歌の関連性は明らかであろう。


 事実、二〇一九年春のライヴ・ツアー『wonder1284』の際に、ReoNaさん自身、「虹の彼方に」について語る際に『オズ』の事を引き合いに出してさえいたのだ。

 書き手が知る限りにおいて、ReoNaさん自身が「虹の彼方に」を『オズ』と関連付けた機会は極めて少なく、それゆえにこそ、『オズ』について語った事が印象深く記憶に刻まれているのだが、だから、「虹の方にへ」を聴く時には、心なきブリキのきこり、臆病なライオン、そして、知恵が足りないカカシの姿を、書き手はつい思い浮かべてしまうのである。


 だが、『SAO』の第十九話が放映された二〇一九年二月二十四日を境に、MCで「虹の彼方に」について語る時の引用が、『オズ』から『SAO』に代わったのだ。


 『SAO』の第十九話「右目の封印」の後半において、「セントラル・カセドラル」の最上階で、「ユージオ」は最高司祭「アドミニストレータ」に遭遇する。アドミニストレータはユージオに対して、ユージオは〈愛〉に飢え、乾いている、と断じる。そして、愛を知らないユージオに、自分が愛を与える、と誘惑する。ユージオは葛藤しつつも、その誘いに応じてしまう。

 このシーンの最後に、ReoNaさんの「虹の彼方へ」が流れ出し、そのまま、第十九話はエンディングを迎える。そのため、第十九話においては、「虹の彼方に」は〈特別ED〉となっている次第なのだ。


 ここでもう一度『オズ』の物語を思い出すと、カカシは知性を望み、臆病なライオンは勇気を望み、ブリキの木こりは心を欲している。これに対して、『SAO』においてユージオは、アドミニストレータに愛に飢えている者として扱われており、それゆえに、心なきブリキのきこりと、愛を知らないユージオの姿が重なっているように感じられる。


 さらに、次の第二十話において、アドミニストレータに「シンセサイズ」されたユージオが、第三十三番目の「整合騎士」として姿を現すのだが、ユージオを整合騎士に変えた「シンセサイズの秘儀」とは、脳に「パイエティモジュール」を埋め込む事によって偽りの記憶を植え付け、アドミニストレータに忠誠心を抱かせるもので、ここに、脳味噌がないカカシと、記憶が欠如したユージオの姿が重なって見えてしまう。


 つまり、「虹の彼方に」とは、何かが欠如した作中人物が登場する『オズ』と『SAO』という二つの物語を〈二重写し〉にする一助になっているのだ。 


 最後に、「虹の彼方に」は、「アリシゼーション」編の最終・第二十四話のユージオが亡くなる場面のバックで挿入歌として流れている事も、ここに忘れずに指摘しておきたい。


 つまり、一つのマキシ・シングルに、『SAO』のEDと特別ED・挿入歌の二曲が入っているので、こう言ってよければ、ReoNaさんの二枚目のシングルは、『SAO』「アリシゼーション」編のコンセプト・アルバムとみなし得るのではなかろうか。


 そして、ブロックは違えど、その二曲ともに、今回の五周年記念ライヴで歌唱されたのである。


〈曲情報〉

 「虹の彼方に」、『forget-me-not』所収、レーベル:SACRA MUSIC、二〇一九年二月六日発売。

  作詞:ハヤシケイ(LIVE LAB.)

  作曲・編曲:毛蟹(LIVE LAB.)

 「Over the Rainbow」、一九三九年

  作詞: エドガー・イップ・ハーバーグ

  作曲:ハロルド・アーレン

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