第04曲 万歌も流転し、同じ印象は二度はなし:上坂すみれ「ディア・パンタレイ」

 三月も最終週に入り、二〇二四年冬クールのアニメも、最終回が放映されたり、二クールアニメでは、折り返しとなるエピソードを迎えている。

 その冬クールのアニメの主題歌、オープニングやエンディング、あるいは挿入歌は優に百を超えているのだが、それだけの数のアニソンを繰り返し聴いていれば、必然、普通の曲、何度でも聴きたい曲、お金を出してCDを買ったりダウンロードしたい曲、極め付けは、他人に薦めたい、いわゆる〈推し曲〉というものが出てくる分けで、今期のクールにおいて、書き手が聴いたアニソンの中にも、そういった〈推し曲〉に値する物が数曲あった。


 これは、書き手の完全なる独断と偏見に基づく印象的評価に過ぎないのだが、他者に薦めたい〈推し曲〉を挙げるとするのならば、例えばそれは、『俺だけレベルアップな件』のEDで、krageさんが歌う「request」、『外科医エリーゼ』のOPで、エリーゼ(CV:石川由依さん)が歌う、キャラソン的なOPの「believer」、『戦国妖狐』のOPで、MindaRynさんが歌う「HIBANA」などである。

 しかし、書き手に強いインパクトを与えた、今期の自分の〈最推〉はこれぞ、という一曲は何といっても、『SHAMAN KING FLOWERS』のエンディング・テーマ曲で、上坂すみれさんが歌唱した「ディア・パンタレイ」であった。


 この曲名の前半に入っている「ディア」は、手紙の冒頭において記す、〈親愛な~〉や〈拝啓〉という意味の英単語の〈Dear〉であるのは明らかであろうが、後半の「パンタレイ」は聴き馴染みがない単語ではなかろうか。


 それもそのはず、この「パンタレイ」は英語ではなく、おそらくは、ギリシャ語の〈Πάντα ῥεῖ 〉で、ラテン文字で表記すると〈panta rhei〉となる。

 これは、古代ギリシアの哲学者であるヘラクレイトス(紀元前五四〇年頃~紀元前四八〇年頃)が提唱した〈万物流転〉という概念の事を指しているように思われる。

 ヘラクレイトスのパンタ・レイとは、簡単に言ってしまうと、全ての物は絶えず変化し、同じ事は二度とはない、というもので、ヘラクレイトスはこれを「誰も同じ川に二度入ることはできない」と説明したそうだ。

 この〈万物流転〉と似た考えが、日本の古典文学にもあって、それは「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」と書き出されている鴨長明の『方丈記』である。


 とまれかくまれ、「ディア・パンタレイ」は、強引に和訳するのならば、「拝啓、万物流転」で、つまり、同じ物は二度はないという概念を擬人化したタイトルであり、今期のアニソンの中で最もササったこの曲を、何度聴いても全く同じ印象は二度はない、とばかりに、書き手は繰り返し聴いたのであった。

 

 ところで、かくの如く、書き手にササッたからには、無自覚ながらもそこには何らかの理由があるに違いなく、その理由の一つは、どうやら、この曲の制作陣にあるようだ。


 「ディア・パンタレイ」の作詞は真崎エリカ、作曲が本多友紀、編曲は水野谷怜、すなわち、『Arte Refact」の面々なのである。


 ここで思い出したいのは、本論考の「第一曲」で取り上げたTRUEさんの〈三種の神器〉の制作に携わっていたのが、「ディア・パンタレイ」と同じ『Arte Refact』という事である。


 それでは、『Arte Refact』とは、一体どういった制作集団なのであろうか。


 ホームページによると、『Arte Refact』は、「桑原聖」氏を代表とし、二〇一一年に発足した、少数精鋭の音楽クリエーター集団で、「世の中に生み落とされた素晴らしい音楽 それを受け取った私たちが 新たな音楽を生み出していく」といった想いから名付けられたそうだ。


 そもそも、「arte」はイタリア語で、〈同業者組合〉を意味する。我々にとって馴染み深い言い方をするのならば〈ギルド〉と同義で、さらに〈arte〉は、〈芸術〉を意味するラテン語の〈ars(アルス)〉と語源を同じくするので、こう言ってよければ、芸術仲間という事になろう。


 思うに、このアルテ(仲間)に含まれるのは、アニメ作品や音楽に携わる制作陣だけではなく、演者であるアーティスト、さらには、聴き手である我々も含めた、音楽に関わる者たち全員であり、この〈アルテ〉が一丸となって、今後も強い曲が生み出されてゆくのではなかろうか。

 

〈参考資料〉

〈書籍〉

 ルチャーノ・デ・クレシェンツォ著、谷口伊兵衛訳『森羅万象が流転する(パンタ・レイ):ヘラクレイトス言行録』、東京 : 近代文藝社、二〇一一年。

 鴨長明「方丈記」、『日本古典文学大系30』、東京:岩波書店、一九五七年、二三頁。

〈WEB〉

 「上坂すみれ『ディア・パンタレイ』」、『KING RECORDS 』、二〇二四年三月二十七日閲覧。

 「COMPANY」、『Arte Refact』、二〇二四年三月二十七日閲覧。

 

〈曲情報〉

 「ディア・パンタレイ」、レーベル:KING RECORDS、二〇二四年二月七日発売。

 作詞:真崎エリカ、作曲:本多友紀(Arte Refact)、編曲:水野谷怜(Arte Refact)

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