-猫々戯画- 異世界ファンタジー活劇譚 @毎週日曜日更新

@YukiShohei

第1話 瑞希と時雨

「あの……いや……あの瑞希さん? ……何してるんですか……?」

「ご主人様と添い寝ですにゃあ。」

「あ……あの、ライトノベル的にダメっす!! レーティング的にダメっす!! ちょ時雨さんまで何し……!!」

「あら旦那様。メタい発言はお控えになってくださいな。それより今。この時間を楽しみましょう。」

「ちょ……ちょ!! 誰がこの状況で昼寝出来るかぁぁぁ!!」

俺は勢いよく布団をひっくり返した。同じくひっくり返された布団の中にいる瑞希と時雨もごろごろと床に転がって二人、痛いとか痛いですとか言っている。昼間からのこんなイベントに俺は頭を抱えて困っていた。


「あらあら、旦那様どうなさったのですか? ささ、旦那様はこのお布団に。私は薬膳を作りますわ。」

「にゃー! ご主人大丈夫? 大丈夫?」

「時雨さん瑞希、違う……これは…違うんだ……なんというかどこの世界でもままならぬ現実というものに直面して頭がこんがらがっているだけなんだ……だから薬膳とか本気で心配するの……やめて?」


気付いたらこんな場所で、確か俺は……ダメだ思い出せない。瞼を閉じたまま考え事をしていると昔一緒に暮らしていた猫の声がする。ああ、猫にご飯あげないといけないと思った。しかしすでに寿命で死んでしまった事を思い出して寂しくなった。

少し時間がたってここが石づくりの住居のベッドで寝ていたことに気が付く。なぜ俺はここに……? 答えがわからないまに目覚めた時のベッドに戻る。


「瑞希ー! お料理の道具だしっぱなしですよ! ああ、出汁をとっておいてとあれほどいったのに……!」

「時雨お姉ちゃん、ごめんなさい……! どうしよう!」

「大丈夫ですよ。急いては事を仕損じる。今をちゃんとすれば良いのです。瑞希。お出しとっておいてくださいます? 私はお野菜を切って仕込みをします。旦那様が起きた時に最高の料理を出すのですよ!」

「はーい!! 時雨お姉ちゃん!!」


ベッドから身体を起こす。猫耳の女の娘がそこにいた。

「あら……、旦那様。お目覚めですか……お料理もうすぐできますからね。もう少しお待ちくださいませ。」

「……えと……お二人はどちらさまで……?」

着物を着た美女と割烹着の美少女がそこにいた。


「あら……私は時雨ですよ。旦那様。」

「わたしは瑞希ー!!」

「あのここってどこですか……その……時雨さん。」

「私のことは時雨でいいですよ旦那様。私と旦那様の仲ではありませんか。」


瑞希と名乗る猫娘がぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「わたしー瑞希ー!! 瑞希だよー!!ここはーじょーさいとしー!!」

「はい。ここは城塞都市ウェイドクロスです。」

「あの……俺たちどこかで会いましたか……?」


猫娘二人はぽかんとしている。

「わたしー……前はご主人の猫だったのー……時雨お姉ちゃんも……捨てられてた私たちを助けてくれた、ご主人はいつまでもご主人なの……」

「瑞希が説明した通りです。私たちの前世は旦那様と一緒に暮らしていた猫でした。あの時の幸せな日々。私達、決して忘れることはないでしょう。」


「えと……本当に瑞希と……時雨……さん?」

「はい。―にゃ!!」

二人ともニコニコしながらそう言った。


   ※※※


……漆黒とは。宇宙とは。こんな感じなんだろう。浮く身体を動かそうにもどこまでいっても闇。四肢を動かしても何かに触れている感触がない。

「……し、き……しき。」

――如月四季。俺の名前。なんとなく名前を呼ばれている感覚がした。

真っ暗な液体の中みたいな場所に浮遊しているとすぐ近くで波の音が聞こえた。

『四季。ねぇ……。ねぇ四季。一緒にみた海を忘れちゃったの?』


サァァァァァっと意識が切り替わり、その瞳が瑞希と時雨を捉える。

立ちくらみでふらふらとする。

「いって……なんだ……今の……海……?」

瑞希がすぐに近寄ってきた。

「ニャ!!ご主人!!頭痛かにゃー!!死んじゃいやにゃあ!!」

「旦那様……!!やはり起き上がるのはやめにしましょう!!」


「あ……いや……今のは多分違う。さっき起きたばっかりだから寝ぼけてたみたいで……」

気を取り直して聞きたかった事を聞く。

「瑞希と時雨さんは……俺の猫……昔一緒に暮らしていた猫なのか……?」


「そうです。昔四季様と暮らしていた姉妹猫です。旦那様、捨てられていた私達を最期まで。あの時は本当に。本当に。お世話になりました。」

時雨さんは床に正座をしてそのまま頭の前に合わせ深く深くお礼をした。

瑞希も割烹着の前に手を合わせて深くお辞儀をしている。


「それで……俺は……あのさ。ここはどこなんだ……?」

「城塞都市ウェイドクロスという場所です。旦那様は前世で死んでしまった……のだと思います。ごめんなさい。正直理由はわからないんです……ある日ここの川辺に流されている人がいると騒ぎになって。それが旦那様でした。私達はここが死後の世界だと思い今日まで商人として食事処を営んで生活をしていました。だから……詳しいことは私達にはわかりません……ごめんなさい……」

時雨さんが悲しそうにうつむいた。あまりの申し訳なさそうな表情が色っぽくてドキッとした。


「ああ……いやさ。どういうわけかわからないけど……時雨も瑞希もここで生きていたんだってことは俺もまだ死んでないかもしれないから……。二人は猫だったわけで……えぇぇ……」


わからないことだらけで困惑していると瑞希が水を持ってきてくれた。瑞希を近くでまじまじと見る。手は俺と同じで、彼女のは小さい。少女の手のひらだ。湯飲みを受け取ってゴクリと飲む。瑞希は二重で瞳が大きい。猫耳がヒョイヒョイと動く。少女なんだよなぁ……。割烹着を着た瑞希は湯飲みを受け取って、もう一杯飲む? ご主人と聞く。

ありがとうもう大丈夫と言って瑞希を制した。時雨さんは気が付くと立ち上がっていた。「旦那様。お食事、いかがなさいますか? すぐにできるものもご用意できますが。」


「ああ、時雨さん。ありがとう。少しだけここで座って見学させてくれないか。」

お安い御用ですと時雨さんは着物姿でこちらを背にして台所に向かう。

ここは日本風に寄せた定食屋なのだなと思った。

ベッドは暖簾の奥にあって、定食屋のテーブル席が2つ。それからこじんまりとしたカウンターが1つ、俺はテーブル席に座っている。


暖簾や簡単なパテーションで区切った間取りだが、一つ一つ丁寧に作られている箇所を見て和やかな気持ちになる。瑞希がゆっくり近づく。

「みずきね。ご主人と一緒に暮らしたいってずっと思ってたの……。また一緒に日向ぼっこしたいな、って。このお店ね。ひなたぼっこって言うんだよぉ。」

照れくさそうに瑞希は言う。

日向ぼっこ……そうだな。日差しが適度に入るこの店で日向ぼっこみたいな……二人はずっとここで生活してたんだな。隅々まで整理整頓された店内を見回した。


「瑞希。ありがとう。何か俺にできることはないかな?」

「ううんー。もうすぐできるよー。」

そういうと時雨さんの上品な声が響く。


「旦那様ーできましたよー!」

こちらのテーブルに持ってきたのは土鍋で作られたおじやであった。

ずっと食べていなかったかのようにグウとお腹がなった。

「ありがとう。それじゃいただきます。」

瑞希も時雨さんも俺が食べるのをまじまじと見つめている。真剣な表情だ。

一口食べると適度な水加減と新鮮な川魚の身が混ざって本当に美味しかった。

人の手でつくられた料理に触れてあたたかい気持ちになった。

最後の一口まで大事に食べてご馳走様でしたとスプーンを置いた。


「旦那様。しばらくは休んでいてくださいな。この世界で目が覚めて旦那様も混乱している事だと思います。滋養に良いものを召し上がって良く睡眠を取れば、戸惑いも薄くなるはずでしょう。」

「時雨さん。ありがとう。俺。この世界で働くよ。二人に働いてもらっていて俺だけ何もしないなんてできないよ。って言ってもこの世界で何ができるか全くわからないんだけどね……」


「旦那様……お身体はもう大丈夫なんですか……」

「大丈夫。いざとなったら皿洗いでも薪割りでもなんでもするよ。」

「旦那様……。」


「ご主人無理しちゃだめー。」

「ありがとう瑞希。大丈夫だよ。ご飯食べたら元気になったんだ、何か二人のためにしたい。」


それからの日々、如月四季、瑞希、時雨は三人暮らしで生活をはじめることになる。

如月四季。彼がその世界において偶然用意された人物ではないということ。

彼はそのようなこといざ知らず。定食屋日向ぼっこで束の間の平和を、瑞希と時雨との時間を過ごすのであった。

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