注文の多い住宅

半私半消

壁に耳あり障子に目あり、勝手口あり

──思っていたより小さいね。これなら今後人数が増えても大丈夫なんじゃないかな。一見した感じは悪くなさそう。そんなに古くもないし、重くもないよ。

「あの、すみません、ちょっといいですか?」

──はい?


「もしかして、あなたは、なんですか?」


──あれ? 不動産屋さんから言われてません?

「いや、家鳴りがひどいかもとは聞いていたけど、話すとは思ってなかったというか……」

「ごめんなさい、私知ってたの」

「えっ」

「『喋る家』って宣伝されてたから、なんてメルヘンなんだろう! と思って一度見てみたかったの」

「どっちかというとジャンルはホラーだと思うけどね」


──じゃあ旦那さんだけ知らずに来たんだ。

──サプライズじゃん!

「そうなんです、不動産屋さんにも口裏を合わせてもらって」

──怖がらせるんだったら、『お客さまがた、ここで髪をきちんとして、それからはきものの泥を落してください。』とでも言っておくべきだったかな?

「読んだことあるんだ」


「まあ驚いたけど、どっちかというと腹まで響くような音量の声にビビってたかな」

──そいつは失礼! なにぶん大きいもので。

「爆音上映してる映画館のスピーカーかと思った」

──結構声大きいし、おしゃべりだもんねー。

──手前味噌ですが、立て板に水だと思っております。家なんでどちらかというと、横板に雨垂れなんですけどね!

「二重にうるさいな」


「あとさっきから気になってるんだけど、もう一人いない?」

──そうだよー。早く2階に上がってきてよ、どんな顔か見たーい!

「階数ごとに人格が違うんですね!」

「確かに比較的低音じゃないな、鼓膜に来るけど」

──可愛い声でしょう? このボイスを毎日聞いていたいと思って一緒になったんですよ。

「えっもともと別の存在でどっかで出会った感じ?」


──そうですよ! むしろなんだと思ってたんですか?

「いや、階ごとに別だとしても下の階から建造されていくんだから、関係性としては兄弟姉妹かと」

──なんなら出会った時のエピソード話しましょうか?

──聞かせてやんなよー!

「私も聞きたいです!」

「内見の時間過ぎちゃうからやめようね」


「そっか、だから内見するのに不動産屋さん着いて来なかったんだ。あなたがたが自ら部屋の紹介してくれるから」

──そうですとも! このまま立ち話もなんですし、まずは靴を脱いであがってきてくれませんか?

「さっき『注文の多い料理店』知ってるのが発覚した相手の領地に入るの、勇気いるなあ」

──これがホントの“注文住宅”ってね!

「モンスターハウスでも驚かないよ」


「やっと内装しっかり見たけど、まあ写真通りだね」

「……あれ、でも確か火災報知器があるはずなのにないよ?」

──そこはダイジョブ!

──私たちがお知らせしますから!

「……それって身を焼かれる君たちの悲鳴じゃないの?」


「いやまあ、家自体に意思があるのを受け入れてしまえば、こんなに防犯・防災が行き渡ってる住宅もないとは思うよ。それを受け入れるのが一番難しいけど」

「あなたがたの声って侵入しようとしてる泥棒とかにも聞こえるんですか?」

──そりゃモチロン!

──カラスとかも追い払えるよー!

「家に入っている存在だけに聞こえるとかでなく、本当にメルヘンの欠片もない、超自然的だけど物理的な声なんだなあ」


「……やっぱりこれだけは訊いておこうかな。なんで話せるんですか?」

──おや? 気にせず内見を進めているので、てっきり興味がないのかと。

「めちゃくちゃ気にはなってたけど、あまりに現実味がなくて、やっと自分のキャパが戻ってきたから、今なら行ける気がする」

──と言っても、そんなに面白い由来じゃないですよ?


──単に、こちらばかり好き勝手に言われるのが癪だったんです。

「……?」

──内見でやって来た人たちって、気に入らない点を容赦なく列挙して、しかも言葉にするんですよね。心中で留めないのは、同伴者や不動産屋さんへの説明のためなんでしょうけど。そりゃあ今後の住処を決めるのだから、妥協してられないんでしょうけどね。

──こちらが聞いてないと思ってるからさー!

──だから、こちらにも住人を好き勝手に判断する権利があると思ったんです。

「確かに、フェアじゃないですもんね!」

「……先程は失礼いたしました」

──いえいえ! そんなつもりで言ったんじゃないですよ! こんなに砕けた感じで話せたの、久しぶりで嬉しいですし! あっ、家だけに“いえいえ”って否定しちゃったなー!

(……ありがたい)


「あ……えっと、私も訊いていいですか。ちょっと尋ねにくい事なんですけど……」

──どうぞどうぞ遠慮なく! 構わず言ってください! いや、家だけに言え、かな?

(流石にうるさいな)

「カテイの話……えっと、仮に、1階さんと2階さんが喧嘩したとします」

(家庭か仮定か分かりにくいもんな)

「その時にどちらかが、顔も見たくないと言って出て行ってしまって、ここには1階だけあるいは2階だけ残る、とかは発生しないんですか?」

「そんなだるま落としみたいな……」

──。

──。

「……なんでここで黙るんだよ、言えよ!」

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