38、二歳の公主、行方不明事件
『
政治をするのは髪の毛を洗うようなもので、少しは抜け毛があっても、よい毛を生やすためには必要である――少数の悪人を罰するのは、多数の良民を安泰にするためだ、という意味である。
お風呂に入って髪を洗い、乾かすのも一苦労だ。髪だって抜ける。
「大変でも、みんなお風呂に入ろうね! 朕も政治がんばるから! わっしょい!」と、
――
そんなわけで、お風呂である。
浴場は、いわゆる半露天だ。
床が濡れていて滑りやすくて、油断すると転びそう。
竹製の衝立てに囲まれた陶器のお風呂は、瑠璃に似た美しさだ。
湯は透明で、濫家の治める東南地区から運ばせた『従化温泉』という炭酸泉。
風が吹くと白い湯けむりが流されて、吹いた先に溜まる様子は、風情がある。
「さあ、大事なお仕事ですよ、みんな!」
「はーい!」
侍女団が腕まくりして張り切る中、紺紺はハッとした。
お仕事をがんばって『あの子、仕事するのね』と思ってもらう好機だ!
紺紺は張り切った。
まず、物をいっぱい運ぶ! 力仕事、得意です!
「はーいっ! 私、湯桶運びします! 拭き布もまとめて運びますよ~っ!」
「まあ。力持ちね」
そして、湯に浮いたゴミや抜け毛を集めて捨てる。微妙に汚い感じがして嫌がられるお仕事だ。
「はーいっ! 私がやります! やりたいですーっ!」
「助かるわ。でも、そんなに楽しそうにする仕事かしら?」
あとは、元気いっぱいの
「私、公主様のお着替えをお手伝いします!」
「気をつけて! すぐ逃げちゃうから……あっ、公主様! 真っ裸で走っちゃいけませんっ!」
「捕まえました!」
それに、妃の体を洗ったり
「私がお体を洗わせていただきます!」
「あなた、なんでもやりたがるのね。元気ね……!?」
「誰よ、あの子が仕事しないって言ったの。人の何倍も働くじゃない」
「ねえねえ、ぎょかえん」
「
「かんじゃし」
「かんじゃしでもない」
ほんわかとした母子の会話に、紺紺は自分の母を思い出しそうになった。
そこに、
「たくさんお仕事してくださってありがとう。疲れていませんか?」
「ぜんぜん疲れてません! 私はお仕事をすればするほど元気になります!」
「まあ。ふふふ……気を使わせてしまって、ごめんなさいね」
申し訳なさそうな表情を見て、紺紺はやる気を増した。
「お任せください、
紺紺が
「
「ふふっ、正解ですわ。みんなで一緒にいい匂いになりましょう♪」
一日に十二個飲むことで、体臭が芳香になる。美容にも良いので、良家の子女は常備薬にしている者も多いのだ。
「侍女用の浴場もあるから、あとでお使いなさい」
「はい! ありがとうございます!」
* * *
お風呂の後は、宴会だ。
東領は川や海の幸に恵まれている。温暖な気候で米の産地でもあるため、米を材料とした料理も多い。
粕漬けにした鶏肉の蒸し物に、揚げた麩とシイタケ、タケノコなどの甘辛煮。
両面黄(かた焼きそば)に、 薄切りの餅炒めに、薄切りの餅炒め。
真っ赤でつやつやの茹で蟹も!
「いい匂いー!」
「見た目も華やか!」
紹興酒を飲み交わし、妃たちはいつしか夫談義や怪談を始めていた。
自分たちだけでなく、料理を運ぶ侍女にも「飲めや食えや」と勧めての、賑やかな夕餉だ。
「主上は女好きでちょっとお馬鹿やけど、そこがええねん。わかりやすいのが信用できるっちゅーか。隠し事ばかりで本心がわからない殿方より、安心よ」
「そういえば、侍女が教えてくれたのですが、
「あっはは。なんやそれぇ。なんで後宮の
やがて、妃たちが立ち上がり、いそいそと外に出る。
宮殿内の厨房から大皿盛りの蟹と五段重ねの
「
「紺紺さん、そんなにお料理持って平然としてて、すごいわね……」
「私、ものを運ぶのが得意です!」
「そうなの。お妃様は、肝試しをすると仰せよ。たぶん無理だと思うけど」
なんと酔っぱらった妃たちは
しかし、宮殿の外側で門を守る
先日、皇帝が「宮正は皇帝の臣であり、妃の臣ではない」と言い聞かせたのが効いている。
「俺たちは主上の臣であり……、んっ? 小娘?」
上級妃二人を相手に堂々と弁舌を奮っていた宦官が、ふと紺紺を見る。
「あっ、
「ちょうどいい。会ったらこれをやろうと思ってたんだ。やる」
「わあ、ありがとうございます」
「ふん。この前、俺の爪を褒めていただろう……!」
頬から耳までを赤らめて顔を背ける
「むっふふ。顔が茹で蟹みたいやで、宦官さん? 好きなんか~? 惚れてるんか~?」
「いつの間にか贈り物をもらう仲になりましたの?」
侍女も一緒になってきゃあきゃあと声を響かせて、
「ええい、妃の方々は宮殿内にお戻りくださいっ」
あっ、顔を手で隠してる。
二人の妃は、扇で顔を隠すのも忘れて「ふぅぅん♪」「まあー♪」とニヤニヤしている。
「宦官が厳しくなってもうたーちぇー」
「まあまあ、そろそろ眠くなってきたなと思っていたところなのですわ。それに、あんまり人の恋路をお相手の目の前で弄っちゃいけません、くすくす……お兄様にもこれくらい可愛げがあればいいですのに」
二人の妃が諦めた頃、事件は起きた。
「大変です。
なんと、二歳の
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