36、傾城のお仕事報告書

 皇帝の話をまとめると「お説教していたら妃が誘惑してきた。朕は誘惑に負けた。妃、最高! 反省もしてくれたから許してあげて!」であった。

 

 先見さきみの公子は手慣れた様子で睡眠薬を皇帝の口に突っ込み、眠らせた。いつの間にか人間の青年姿になっている。

 

紺紺コンコンさん。今の話は教育上よろしない話だったので、忘れるように」 

「あっ、はい」

 

 紺紺は紅潮した顔を袖で隠しつつ、頷いた。

 同期の宮女たちが性知識を教えてくれたおかげで、皇帝の話が理解できてしまった。皇帝が微妙に詳しく語るものだから、年頃の娘としては反応に困ってしまっていたのだ。

 

「口直しとは少し違うが、これをあげよう」

 

 先見の公子は懐から手紙を取り出し、渡してくれた。


「あっ、石苞セキホウからのお手紙だー!」


 紺紺はいそいそと手紙を読んだ。

  

 ====


 お嬢様がお怪我とご病気で苦しんでおられると聞いて、爺やは胸が張り裂けそうです。


 お嬢様の危機に駆け付けることができず、申し訳ございません。

 後宮に見舞いに乗り込もうと抜け道を掘っていると、役人がやってきまして。

 

 「そのまま掘り続けたら反逆罪にするぞ」というんです。

 

 霞幽様に手紙を書いたところ「それはそうでしょう」という返事だったんですよ。

 話が違うではないですか。俺は憤慨いたしました。


 おのれ、霞幽様の裏切り、許すまじ。


 俺は決意しました。

 抜け道でコソコソするのはやめます。

 俺は堂々と門から後宮に入ります!


 ===


「せ、石苞が怒ってますよ、霞ふにゅっ……、先見の公子様」


 呼びかけた唇に小籠包しょうろんぽうが押し付けられる。ふかふかだ。あったかい。

「お食べ」

 と言われて、紺紺は受け入れた。


「石苞はほっといてもいいんじゃないかな。好きにさせておきなさい」

「もぐもぐ……石苞は、『いいよ』と背中を押したのに話が違うのが不誠実だと怒ってるんです」

「私は不誠実な男だが? 石苞など雑草のようなものだ。怒らせておいてもどうせ大したことはできまい。それより、仕事の話の方が重要だ」

「むっ」


 せ、石苞を雑草呼ばわり!

 さすがにカチンときた紺紺が睨みつけると、先見の公子は何かを察したように頷いた。


「雑草は穴を掘らないから、犬の方が適していたな。すまない、訂正するよ。石苞は君の犬さんである。この話は終わりだ。さて、私の方針について君に話しておこう」

「い、犬さん……っ。雑草よりマシになったのかなぁ……? むむむ。人間扱いをしてください、霞ふにゅっ」

「先見の公子と呼びなさい」


 口の中に放られたのは、餃子だ。美味しい。

 もぐもぐと味わっていると、先見の公子は本題に進んだ。


「さて、話がそれたが、仕事の話だ。主上は『許せ』と仰せだが、華蝶カディエ妃は私が冷宮送りにする。必要あれば、命も奪わせる。そして、私の邪魔になるなら主上には退位していただく」

「ひぅっ!? た、た、退位!? なんてことを、ごほっ、ごほっ」


 紺紺は驚き、餃子を喉に詰まらせた。

 だって、まるで奸臣かんしん(邪悪な家臣)のような物言いではないか!

 

 先見の公子は呆れた様子で水の入った杯を持たせてくれて、背中をさすってくれた。


「紺紺さん。落ち着いて食べなさい」

「誰のせいですかっ?」

「白家には、『主君が仕えるに値しない昏君こんくんの時は、まずはいさめよ。諫めても改善しないなら、民のために討て』という言葉がある」


 先見の公子は冷ややかな目だった。

 いつもながら、『人情にんじょう』というものを感じさせない温度感だ。


「主上は普段は善良な賢君と呼ばれている方だが、女性が絡むと困った方でもある。先日など、傾城けいせいを妃にしたいなどと……いや、なんでもない」

「ひぃ」


 思わず情けない悲鳴をあげると、先見の公子は眉を寄せた。

 

「なんだい、その情けない声は。二度と口になさらぬよう念押ししたので、安心するように」

「よ、よかったです~~っ」


 安心した。

 しかし、それはそれ。紺紺は勇気を出して先見の公子に反対した。


「先見の公子様。『君が君たらずといえども、臣、臣たらざるべからず』という言葉があります。どんな主君でも、裏切っちゃいけません」

「うん、うん、そういう言葉はもあるね。世の中には正反対の主張が無数にあるものだ。我が白家は主君の裏切り上等なのだよ……紺紺さんには『白家の白は何者にも染まらぬ』という言葉を教えてあげよう」

「それって『人の意見は聞かない』って意味です?」

 

 わあ、これはあまり言葉が響いてなさそうだ。

 

 紺紺が好感度を下げていると、先見の公子は幼い子供に言い聞かせるような笑顔になった。もちろん、目は笑ってない。


「いいかい、紺紺さん。主上は玄武の珠を没収して自分のものにした。これにより妃の脅威は下がったが、主上の危険性が上がってしまったんだよ」


 紺紺は脳内で想像した。


 華蝶カディエ妃が「おほほほ! 便利な珠でやりたい放題ですわ~!」と高笑いして。

 「その珠は朕が没収!」と皇帝が奪い。

 「うはははは! 便利な珠でやりたい放題だ~! わっしょい!」


 あ~、主上ならそう言う。

 そんな納得感があった。

 

「主上は今は善良な方だが、これから先はわからない」


 確かに、心配だ。紺紺は首を縦にした。


「幼い東宮とうぐうを即位させて傀儡かいらいにした方がやりやすい。わかるね?」


 なるほど、傀儡かいらいに――いや、待って? 


「はっ? い、いえっ? か、か、傀儡っ?」


 紺紺はぎょっとした。


「それ、わかっちゃだめな考え方です! ご自分の都合で主君を代替わりさせて幼君を傀儡かいらいにするなんて、奸臣かんしんですよ! とんでもないっ!」

  

 きっぱりと言う隣に、先見の公子がやってくる。

 じっと見つめてくる視線は、得体のしれない生き物を観察するようだった。


「紺紺さん。白家は裏切り上等の一家で、私は奸臣かんしんだ。仁・義・礼・智・信、全て、私の欲する結果の前では無価値となる。道徳などどうでもいい」


「え、ええっ?」

 

 仁・義・礼・智・信は、大陸で重んじられている道徳だ。

 仁は、人を思い遣る事。

 義は、利欲に囚われず、すべきことをすること。

 礼は、仁を具体的な行動として、表したもの。

 智は、道徳的認識判断力。

 信は、言明を違えないこと、真実を告げること、約束を守ること、誠実であること。


「だ……大問題です~~っ」

「そうか。君が問題があると言うなら、前向きに検討しようかな」

「それ、検討しない言い方ですねっ?」


 先見の公子はその話も終わりとばかりに、「そうそう」と付け足した。

 

「妖狐の件だが、実は、私はあまり妖狐に接近したくないんだ」


 えっ? 妖狐に接近したくないなら、私は?

 

 と喉元まで問いかけが出たけれど、紺紺は飲みこんだ。


「そうだった、君も妖狐だったね、じゃあ距離を取らせてもらうよ」と言われたらいやだな、と思ったから。

 さらにいうなら、たった今の会話からすると「君は妖狐で悪女だから、やっぱり禍の種だね。排除しとこう」と殺されかねないと思ったからだ。


「これまでは華蝶カディエ妃と胡月フーユエ妃のどちらが妖狐かわからなかったが、君のおかげで胡月フーユエ妃が妖狐だとわかった」


 それは良いことだ、と彼は語る。


「私は必ず華蝶カディエ妃を冷宮送りにする。もしくは、殺させる。……君は胡月フーユエ妃の動向に気を付けてほしい」


胡月フーユエ妃の動向に気を付けるのはわかりましたが……」

「君と主上は気が合いそうだね、紺紺さん」

 

 それって、「邪魔するなら、君も排除するよ。わかるね?」と脅されてる?

 紺紺はゾッとした。


 こ、怖い。やっぱりこの人、怖い……!


「主上については、様子を見て判断しよう……っくしゅん」

「!?」


 淡々と言っていた先見の公子が、突然くしゃみをする。

 この人、くしゃみとかするんだ。


「大丈夫ですか。もしかして、風邪がうつりましたか?」

「失礼。ひとまず、本日は以上だ。主上は朝まで寝かせて、彰鈴シャオリン妃が寵愛を受けたことしておこうかな、っくしゅん」

「お薬飲みますっ!?」


 この人、くしゃみするんだね!?


 よく見るとちょっと顔も赤い気がする。お熱もあるのだろうか。

 手を伸ばすと、払いのけられてしまった。


「こほん、紺紺さん。私のことは気にしないように」

「き、気になっちゃいました」


 なんとなく人間らしさが増したような、そうでもないような。

 紺紺は、とりあえず「お大事に」と言っておいた。


===


 傾城のお仕事報告書。


一、皇帝陛下の睡眠不足を改善したよ。お元気になられたよ!

二、克斯国こくしこくの侵攻を止めたよ!

三、雨萱ユイシェンさんと彰鈴シャオリン妃が罪人として断罪されずに済んだよ!

四、妖狐が胡月フーユエ妃の可能性が高い、とわかったよ!

五、華蝶カディエ妃が玄武の珠を没収されたよ! 新しい持ち主は皇帝陛下だよ!

六、霞幽様が「華蝶カディエ妃は冷宮送り、もしくは殺させたい。妖狐には近づけないので妖狐は君に任せた。私は奸臣なので、道徳を軽んじる。邪魔をする者は皇帝でも排除する」と仰ったよ! 怖いね!

七、清明節に他国のお客様がいらっしゃるよ。外交がうまくいくよう、がんばらなきゃ!



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆



おはようございます、いつも読んでくださってありがとうございます。

ここまでで1章の終わりです。情報まとめみたいなのがあるといいかな、と思って「お仕事報告書」をつくってみました。


明日から2章開始です。

もしよければ、のんびりと引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。


応援、感想、レビュー、フォローや、星、とっても励みになりますので、もし「応援するよ」という優しい方いらっしゃいましたら、ぜひぜひよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ぺこり 

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