20、左利きの侍女頭
「大河が燃えただと。そんな現象が起きるものか」
「自然現象ではございませぬ。術でございます。
「なにっ」
十年前に旧王朝を打倒して成り上がった父王が亡くなり、五歳で即位してから臣下の傀儡気味であった武輪は、最近になって「うおおお、俺は自分で政治をするぞ」と自立の志を見せている。
血気盛んな
「陛下は戦術の天才であらせられる」
というお世辞を真に受け、「よし、戦争だ!」と兵を北東に向かわせたのである。
傀儡王の暴挙がまかり通ったのは、諸葛老師が「実戦も必要ですからな」と笑って賄賂をばら撒いたせいだという。
諸葛老師が豪快に「そーれ」と放る宝石は、それはもう美しかったのだとか。
「俺の父、
「陛下、それはどうでしょう。炎はあっちっちでございますし。剣の腕があっても」
「俺の父は強かった! 剣は炎などに負けぬ。……いいなこの言葉。剣は炎などに負けぬ、俺の決め台詞にしよう。爺、覚えておいてくれ」
父は神のごとき存在であり、十年前に父を弑した暗殺者の存在は決して許さないと誓っている。
そして、そんな「暗殺者」は東の方角に逃れたという。
当時を知る臣下はいつも言葉を濁すのだが、暗殺者は人間ではなかったらしい。
『君子剣』は人間相手では最強であったが、人外の魔物に負けたのだから仕方ないですよ、人外の魔物は恐ろしい存在で、人間が太刀打ちするのは至難なので、その名誉は傷つきません、むしろ命と引き換えに人外を追い払ってくれたんです、英雄ですよ……と言うのだ。
「
調べさせてみると、
「我が国では異能は迫害されるものだが。
「傾城は、豊満であるか?」
とりあえず最初に気になったのは、胸の大きさだった。調べによると、年齢を考慮するとまだまだこれからではないか、という。
「そうか、これからか。俺もこれからの男だ。お互いがんばろうな、傾城」
* * *
蒼天を雲が覆う朝。
黄緑色の花を咲かせた
そして、紺紺は
「侍女長さんが直々にお迎えにきてくださるなんて、びっくりです。ありがとうございます」
「うふふ。お迎えついでに妹に会いにきたの。自分の新米だった頃、同期とあなたたちみたいに仲良くできていたのを思い出すかしら」
お迎えに来てくれたのは、
「私の同期は、粗相を働いて黒貴妃様に処刑されてしまったり、自然と疎遠になったり、不仲になったりしているけれど……あら、暗いお話をしてしまってごめんなさいね。嫌な気持ちにさせてしまったかしら」
「いえ」
「お詫びというか、歓迎のしるしみたいなものだけど、あげるわ。どうぞ」
「わ、ありがとうございます!」
「紺紺さんは、病弱なのですって?
「実は、私、健康です」
「あら、あら。大丈夫よ。
「優しい方なんですね?」
「お兄様が特別な方だから……ああ、お身内のお話を勝手にするのはよくないかしら。ごめんなさいね」
お兄様というと霞幽を指す。
白家の兄妹事情には興味があったので、もっと話してほしいくらいだ、と思っているうちに、
上級妃の宮殿ではその宮殿内の些末な事柄は主である妃に一切の采配権がある。
後宮は、皇帝の妃が暮らす場所。
妃の地位は、皇帝の寵愛や家柄で決まる。
白家は四大名家な上、兄の霞幽が皇帝の寵臣である。後ろ盾は十分だ。
けれど、今上帝は四十二歳。しかも、すでに
今よりも上の地位を目指そうと思えば、方法がないわけでもないが、道は狭い。
よほどやらかさない限りは落ちぶれることはない――そんな地位だ。
* * *
優美な雰囲気のある宮殿だ。他の場所と違って、お札が貼られていない。
赤い
見ごたえのある庭園景色なので、ついつい目が窓の外に向いてしまう。
「
ありがたいことに、個人部屋だ。
清潔で寝心地がよさそうな
「すごい。新人なのに、こんなお部屋。いいんですか?」
集団での共同部屋も楽しかったけど、毎日だと気疲れする時もある。それに、先見と仕事の話をする時も個人房室があるとやりやすい。
紺紺は目を輝かせた。
「あなたは病弱だから配慮してあげるように、とお達しがあったの」
「最近、後宮に妖狐が潜んでいると言う噂があるでしょう? 噂のせいで、
裁縫用具を置き、針を持って刺繍のお手本を見せてくれる
これは細い絹の糸を使って盛り上がらない様にする技法だ。
平面的で、絵画のような仕上がりになる。
「さあ、お手本ができたわ。彰鈴妃にご挨拶をしたあと、最初のお仕事はこれと同じ刺繍をいくつか縫ってもらおうかしら」
「わかりました」
「そうそう、さっきの北方
侍女頭は多忙な身のはず。
けれど、
「いただきます」
小ぶりな北方
皮を剥いだあとは丸ごとぱくっと食べられる。味は瑞々しくて、甘酸っぱい。
「おいしいです~~っ!」
「よかった……そろそろ時間ね。行きましょう」
いよいよ、彰鈴妃と会えるらしい。
紺紺は緊張と期待でドキドキしながら
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