~変身!彼女は!~
金属と氷がぶつかり合う音が無数に響き渡る。中学生の背丈ほどの火柱は何度もルシュトを襲うが、軽やかに天高く飛空されてしまう。
腕を振り下ろし鉄の豪雨を降り注ぐが、繰り出された魔法によって生まれた穴を掻い潜り、スノウ達は四方へ飛び交う。
「もー、ちょろちょろとネズミみたいに逃げないでよ~」
「しぶといネズミで結構だ! フレア!」
「はい!」
スノウが地面へ杖をつくと、頂点の菱形から氷の柱が構築され、天を穿つように伸びる。氷柱は木の頂点より三メートルほど高い位置で止まり、森を覆うように膜を張る。そこへフレアの炎が巻き付くように立ち上り、熱された氷は大量の水蒸気を発生させる。上空に位置するルシュトからは、地上を観測することが不可能となったのだ。
「へ~! あったまいい~。でも……そうそう攻撃させないよ?」
立ち篭める水蒸気の下にいる魔法少女達を見つめながら、掌に鳥籠を顕現させる。
「この高温には、僕の魔法は使えない。君達次第だ」
「了解! あたしが先手を打つ」
「サポートは任せてください!」
水蒸気に触れた植物が色褪せていく様子から、百度の高温が待ち構えていることは明白だが、それを承知の上でスノウは飛び出した。事前に身に纏った氷の膜は瞬く間に溶けていき、肌に蒸し暑い熱気がまとわりつく。膜を何度も張り替え続け、水蒸気の波を突破した先に、こちらを見下ろしている標的を視認する。
ルシュトは曲技飛行を行い逃げるも、スノウは氷の足場を空中に構築して追跡する。
「しつこーい!」
金属の塊を結晶型に分解し、黒い波をスノウへ襲い掛からせる。体をくねらせ回避すると、フレアによる援護射撃によって金属が焼き払われた。
「えー! なんでー⁉︎」
ルシュトが驚愕の声を上げるは当たり前だ。こちらから水蒸気によって地上が見えないように、フレア達からも上空は見えない。だのになぜ、的確な援護射撃ができるのか。それは、スノウに追随する小さな炎による位置情報と、アールグレイの中継魔法による合わせ技だからだ。
少しでも踏み込みが遅ければ落下する足場だが、スノウの持ち合わせた身体能力により、コンマ五秒の瞬発力で速度を上げて追跡する。次第に彼を追い抜くほど速くなったスノウは、攻撃を加えながら足場を何度も跳び回り、ルシュトの視界を撹乱させる。
「うえぇぇぇ~⁉︎ め、目がぐるぐるする~‼︎」
混乱の渦に飲まれた瞬間を見計らい、彼の真上に跳躍すると、形成した二つの足場に杖を引っ掛け、ぐるりと一回転し狙いを定める。
「落ちろ」
足場が砕け自由落下に移ったスノウは、鋭い眼光で捉えた先へ高く上げた足を振り下ろし、同じ舞台へと蹴り落とす。
「ぐあっっ……‼︎」抵抗する間もなく地面へ体を打ち付けられ、反動で数十センチ浮いた体は、何度も打ち跳ねて転がっていく。
「ゲホッ‼︎ ケホッ……! カハッ……ゼェー……ゼェー……ははっ…………今のッ……魔族じゃな、きゃ…………じ、死んでたんだけど……。容、赦……なさすぎ……」
圧迫された肺と背中の苦痛を感じながら、深く荒い息を取り込み、涙で霞む視界の先にいるフレア達を睨む。
彼に息つく暇を与えぬ追撃が天から降り注ぐ。放たれた氷塊が地面へ着地すると、半径十メートル以内の地面と木々が氷付けにされる。氷河はルシュトの手足を凍らせ身動きを封じる。木々の火災を気にすることなく、動かぬ獲物へフレアの魔法を繰り出せる舞台の完成である。
ルシュトは鋭利な棒状の金属で砕こうとするも、フレアの業火によって跡形も無く焼き潰える。炎はルシュトまでも焼き殺さんとうねるが、第三の手によってそれは掻き消された。
「フレア! 伏せろ‼︎」
舞い戻ったスノウの強い呼びかけに、フレアは反射的に体を伏せる。フレア達の前へ着地した彼女は、三百ミリ厚の氷壁を生成する。甲高い鳥の鳴き声が木霊すると同時に、そこへ幾つもの金属の槍が突き刺さり、貫通した一本はスノウの頬を掠る。氷壁の向こうに目をやると、金属の羽を生やしたスズメらしきものが、ルシュトを守る形で飛空する。雀に似ているものの、サイズは通常の五倍となる、十二の巨体が眼前に待ち構えている。
「まずい……! この数を相手にするのは、二人だけでは難しいかもしれない。まずは身の安全の確保を最優先に! 場合によっては逃げるよ!」
「わ、わかりました!」
「了解!」
飛びかかる鉄鳥を撃ち落とすも、元が雀であると思えないほど、強化された肉体は軽々と杖を弾く。炎の鉤爪で鉄鳥を数匹まとめて襲うが、鷹のような大羽から繰り出された風圧によって押し潰される。こちらが劣勢であることを察したのか、鉄鳥の反撃が一斉に繰り広げられる。示し合わせたかのように大羽を仰ぐと、暴風と鉄の槍を巻き起こし、三人の肌を幾重も切り裂き錆を侵食させる。突風に浮いた体は為す術もなく、手から離れた杖は森の奥へと吹き飛び、鉄の槍によって木へ体を固定されてしまう。
「うぅ……」体を蝕むサビの苦痛を感じながら、フレアは飛ばされた杖へ手を伸ばす。しかし、体を槍に固定されているため、ただ遠くに転がる己の杖をに、虚しく手を伸ばすだけだった。
アールグレイはその小さい体が仇となり、氷漬けの木々に何度も打ち付けられ、地面にぐったりと倒れ込む。
どうにか逃げ出そうと模索するが、下手に動けば再び槍の嵐が降りかかり、次は衣服に穴が開くだけでは済まないという状況だ。動けずにいる二人を他所目に、ルシュトは悠々と空を舞い、砕いた氷河の欠片を払う。
「クッソ、むかつくな。形勢逆転とでも言いたい顔しやがって」余裕の笑みを浮かべるルシュトへ、スノウは冷ややかな眼光を向ける。
「だって、殺すのは仕事だけど、殺されるのは仕事にないからね〜。でもって、君達を殺せばボスに褒められちゃうし〜! 痛くても頑張るしかないもんね〜!」
まるで親に褒められたい子供のような笑顔が癪に障り、スノウは思わず舌打ちをする。だが、ただこのままやられる訳にはいかない、こちらとて死にたくはないからだ。現状打てる一手は成功する試しはないものの、試さずして死を待つのは性に合わない。
スノウはそっと地面に触れ、僅かながら氷の床に触れていた杖を遠隔で操り、巨大な棘をルシュトへ突き上げる。しかし、彼が棘を認識するよりも早く、鉄の柱によって氷が砕かれた。まるで、こちらの攻撃を予測していたかのような反応の速さに、スノウ達は目を剥く。
「んっふふふふ〜。そんな無防備そうに見えた? 僕」
指鳴らしの手を前へ突き出すと、鉄鳥が羽を広げ狙いを定める。瞬時に氷壁を幾重も形成するが、即席のため強度は心許ないものだった。そのような氷壁など、自分達の敵では無いと言わんばかりに笑い、鳴らされた指の音と連動して鉄の槍が放たれた____……
「……させません! えい!」
ルシュトの後方から響いた声の方へ目をやると、蜜柑によって幾つもの金属が、宙へ放られているのが見えた。放たれた槍は磁石へと吸い寄せられ、三人を避ける形で左右に転がる。
「今だ! ウィッチ・スノウ! ウィッチ・フレア!」
随分と遅い到着である。蜜柑と共にシャノンが現れ、二人を奮起させる。
「遅ぇ! フレア、とっととこの鉄を焼け!」
再び遠隔で氷を拡大させると、氷の波でフレアの杖を打ち上げる。
着物が破ける音を耳にしながらも、フレアは一心不乱に腕を伸ばし、しっかりと手中に収めた杖を強く握る。喉が鳴るほど大きく息を吸い、繊細でありながら大きな二対の火柱を上げる。
「げー! 面倒くさいことするんだからー! まぁ、早々僕に触れられるわけな……」
「い、と思ったか?」
「え?」
磁石をルシュトの周辺に優先誘導させると、空気中に浮かんでいた砂鉄を次々と吸着していく。
「しまった!」
もう一度砂鉄の膜を形成しようと掻き集めるが、それよりも早く二人の攻撃がルシュトへ届いた。彼の眼前に放たれたマイナス二十度の氷は、炎によって熱膨張の原理を用いた大爆発を起こす。よろめいたルシュトは砂鉄を集める暇もなく、追撃を防ぐために鉄鳥を立ち回せるので必死だった。
「シャノン……待ってたよ」
よろめく体を前足で押し上げ、不安定な飛行でありながらも、フレアの横に並び戦場へ立ち会う。
「すまない、待たせた。ウィッチ・フレア、ウィッチ・スノウ! 魔石の心配はいらない、最終目標は全員帰還! 俺達もサポートに回る!」
「「了解(です)!」」
二人は杖を構えると、雄叫びを上げながら鉄鳥へ挑んだ。
「もう大丈夫だ。協力してくれてありがとう。お前は今すぐ逃げろ」
剣を手中に具現化させながら、後ろにいる蜜柑へ声をかける。
「でも……!」
「お前はなんの力も持っていない。だけど……磁石という良い手を発案し、結果二人を助けられた。それだけで充分だ」
一度逃げようとした蜜柑だったが、シャノンを呼び止め、一つの策を講じたのだ。結果、フレア達を助けることに繋がったからこそ、充分であるという優しい微笑みを浮かべ、そっと蜜柑から離れようと背を向ける。
しかし、振り返り際の小さな手を、蜜柑はさっと掴む。仲間の激戦を尻目に、シャノンは蜜柑の瞳を黙って見つめる。それはどこか不安そうではあるものの、強い意志を持っていたからだ。
「わ、私も…………魔法少女にしてください。二人を放って逃げるなんてこと、私はしたく無いんです!」
「……魔法少女は、命を落とすこともある」
「はい………」
「痛い思いは必ずする」
「はい……」
「一度なるとしたら、最後までこの任務を遂行してもらわないといけない」
「……承知の上です」
「……契約してもらったからには、絶対お前達を死なせる事はしないと約束しよう。契約書だ。サインをしてくれ」
剣を仕舞い、胸の前で手をかざし光の玉を発生させる。
宙に浮く羽付ペンを手に取り、茶けた契約書の署名欄へ、微かに震えつつも強い筆圧で名前を綴る。二つに分かれた光の玉の片方は、胴体の膨らんだ傘のストラップとなり、蜜柑の手中に具現化される。一つ置きに和柄が描かれた多色の傘は、洋風なハンドルとは反対に先端が頭紙があしらわれた、和洋施中なデザインとなっている。
「これが……私の……」
「準備はいいか? 蜜柑」
「はい!」
シャノンの指示通りにストラップを素早く回すと、一般的なサイズの杖へと姿を変える。トン…と優しく正面に杖を突き、足元から発生したまばゆい橙の光に身を包む。
光に包まれた髪が弾け、元の癖毛がさらに弧を描くほどくるりと巻かれ、ウルフカットは風船の髪飾りで結われる。鮮やかな橙色に染まった髪は、風に吹かれふわりと靡く。
光る肌襦袢がポンッという音と共に弾け、レースの付いた承和色の単衣と梔子色の狩衣が靡く。光彩を放つ短い帯が腰へ巻き付き、淡黄に染まった膝丈の野袴が腰から延びる。
光の布が足をくるみ前側が開かれると、膝上丈の足袋と分厚い黒漆の草履が現れ、布は羽ばたきながら開き袴へとなる。
胸の前に光が灯り、蜜柑の花のストールクリップが可愛らしい音を立て具現化し、そこから二又の羽衣が編まれ肩を包む。
顔の右頬には黄色の雫、左目の周りには濃い橙色をした花模様のメイクが施される。
パチリと開いた大きな瞳から、光をきらりと反射させる薄い橙色が覗く。
光柱が華やかに弾け、魔法少女へと姿を変えた蜜柑が、着物を靡かせながらそっと降り立つ。直立していた杖に手を置き、強い意志を感じる瞳で少年を見つめる。
新たな魔法少女の誕生に気を取られ、守備が疎かになったルシュトへ、氷柱と火の矢が降り注ぐ。砂鉄の壁を駆使し森の奥側へ逃げ込むが、霜は彼を追いかけるように侵食する。
四方八方から繰り出される氷の槍から逃れるため、ルシュトは強力な磁力を誇るネオジウムの球体に籠る。三層に組み合わさった球は、およそ常人には引き離せない磁力により、槍の貫通を許さない。しかし、外の状況が見れないせいか、術者の指示が届かない鉄鳥の動きが、先ほどよりもおざなりになっていることに気づく。
「おし、こっから叩くぞ! フレア!」
「はい!」
「好転してきたな。ウィッチ・マンダリンは、ここから二人の動きを見て参考に……」
してくれと言いかけたが、その言葉は目の前の景色によって失われた。
なぜなら、まだ始まって二話とはいえ、お約束とも言えるスプラッタが飛び交っていたからだ。
魔法の杖を鈍器が如く振り回し、飛び散った血肉を頬に付けながら笑うスノウ。初日は戸惑いがちの戦闘を見せていたが、動物であろうと容赦のない火力を炊き上げ、一瞬で焦げ臭い香りと消し炭を生み出すフレア。
およそ手本にしてはいけない二人の戦いぶりに、シャノンは長い耳をぺたりと折り、目を塞いで小刻みに震える。
予想の斜め上を行く戦闘風景にマンダリンもポカンとしている……ように思われた。
「か…………かっこいい〜!」
はてさて、この少女は頭でもやったのだろうか。この殺戮現場を目の当たりにして出た言葉が、耳を疑うような感嘆の声だった。まぁ、血の飛び交う戦闘シーンなどハリウッド映画にも多く見られよう。そういったものに感嘆の声を上げる子供はいれど、絵面が違うのだ、絵面が。可愛らしいコスチュームを着た少女達が、こんな容赦のない殺戮をしているシーンを見て、感嘆の声を上げる子供はまずいないだろう。正直いたら困る。
しかし彼女の顔には、声だけでなく目にまで感嘆の意が表されていた。包み隠さず言おう、手遅れである。
「分かりました! 僕もこういう感じに戦えば良いんですね!」
「え⁉︎ いや、ちょ! 待っ!」
シャノンの停止を聞く間もなく、マンダリンは術式を発動する。頭紙で軽く突かれた地点を中心に、薄橙色の半透明の円が広がり、西校舎裏の森を全て囲んだ。
「結界?」
薄橙の膜を見上げながら、アールグレイが推測を口にするが、マンダリンはその予想を大きく上回る。
「ショーはここからです!」
マンダリンが指を鳴らすと、ポンッと色付きの煙が宙に巻き起こり、そこからナタのような刃を装着したトラバサミが出現する。
「いきます!」
どこか不気味さを感じる笑顔を浮かべ、マンダリンは右腕を前に振り払い、トラバサミを一斉に鉄鳥へ襲いかからせる!
自由曲線で動き回るトラバサミは、必死に逃げ飛ぶ鉄鳥の背中に噛みつき、血飛沫と上擦った鳴き声が溢れる。
次なる手は、握った拳からリボンを引き出し、飛び交う鉄鳥へ投げ放つ。まるで意思を持った蛇か、或いは磁石でも付いているのか、リボンはするりと巻きつき、両面鋸刃に変化して締め上げる。歯が擦れた面から肉の断面が徐々に見え、仕舞いには輪切りにされてしまった。
怒り狂った鉄鳥は、一直線にマンダリンへ襲いかかり、防御のように開かれた傘を突き破る……が、そこに彼女の姿はなかった。そばにいたシャノンでさえ彼女の姿を見失ってしまったのだ。
完全にマンダリンを見失ったと思われたが、アールグレイの隣から花びらと紙切れが舞い、空間を割くように彼女が現れた。
「え! いつの間に⁉︎」
アールグレイは、驚きのあまり彼女へ問いかける。
マンダリンは企みの表情を浮かべると、唇に人差し指を立て、まるでマジシャンのような常套句を述べる。
「トリックを見せないのが、マジシャンですよ」
さっと対象へ向き直し、現在残っている数と位置を把握する。
「スノウ! フレア! 僕が相手をするので、男の子の方をお願いします!」
「……りょーかい!」
「分かりました!」
「俺達はマンダリンを援護する!」
離脱する二人を鉄鳥は追尾するが、分裂したシャノンの剣が行手を阻む。
「今なら僕も加勢できる!」
先ほどの戦闘によって凍結が和らいだ木の枝を操り、上にも下にも出られないよう大きな籠を作り出す。逃げ場を失った鉄鳥は混乱に陥り、狭い空間でぶつかり合った巨体から、鉄管の羽をはらはらと散らす。しかし、この囲いではマンダリンの攻撃も通りにくいのでは……とアールグレイは一抹の不安を覚えるも、指鳴らしで再び出現したトラバサミは、まるで幽霊のように木の枝をすり抜ける。
「……幻覚か!」
アールグレイの推測に、マンダリンは肯定の笑みを浮かべる。
「さぁ、ショーもフィナーレです!」
終幕の挨拶を声高々に述べながら、紳士の挨拶、ボウ・アンド・スクレープをする。
「皆々様、どうぞお見逃しなく!」
軽く挙げられた顔からは、鋭いギザ歯を剥き出した、不気味に釣り上がる笑顔が覗く。顔のメイクも相成り、獲物を目の前にした、狂気に満ち溢れたピエロのようだったと、のちに妖精は語った。
トラバサミに翻弄される鉄鳥は、狭い空間で攻撃を繰り出し抵抗するも、鉄管は囲いの木や仲間の羽に突き刺さる。指鳴らしを合図に巨大化したトラバサミは、三羽に噛みつき身動きを封じる。
霜が溶けた枝から、よく冷えた一滴の水が落ちる。それがトラバサミに触れた瞬間、無数の長い棘を伸ばし、一匹残らず串刺しにする。
吹き出した血飛沫は木の枝に付着し、ぬらりと赤黒く光る。鉄鳥は最後の悪あがきとして、融合し膨大化しようとするが、それよりも先にマンダリンが手を叩く。
大きな布がその上に優しく被さると、花火のように弾け、リボンで締め上げられた鳥達の姿が現れる。リボンでは膨大化する鳥を押さえつけられないのではないか。そんな顔をするシャノンにウインクをし、すっと鉄鳥を見据える。すると、黄色の染料がみるみる剥げていき、銀色に光るステンレスワイヤーへと姿を変える。そう、これは膨大化する鉄鳥を抑えるためのものではなく、自ら肉を裂き、自滅するためのものだったのだ。予想通り、鉄鳥の肉塊が囲い中に撒き散らされ、完全に死んだことを物語っていた。
「お、終わったみたいだな。やるじゃん」
「こっちもあとちょっとです!」
三百度の熱で加熱されたネオジウムは、溶解しながら熱減磁で崩れ落ち、大きな穴を開ける。しかし、そこにはルシュトの姿は無く、まさしくもぬけの殻だった。
「あー、逃げられたな、こりゃ」
「転移魔法か何かでしょうか……」
「だろうな。でも、なんとか乗り切れたな……」
シャノンは心から安堵したように肩を落とす。
「にしても、ウィッチ・マンダリンは凄いね。初戦闘だって言うのに、的確な判断で敵を殲滅できるんだから」
「まぁ、見た目はちょっとアレだけどな……」
肉片と化した鉄鳥を見下ろしながら、シャノンは苦い顔をする。
「あ、すみません! 魔法を解くのを忘れていました」
マンダリンが傘を付くと、薄橙色の膜が弾けるように消え、肉片になっていた鉄鳥達は元の姿へと戻る。しかし、目を向き舌を出している姿から、死んでいることは明らかなようだ。
「なるほど、幻覚だから幻痛によるショック死なんだね」
鉄鳥達の瞼をそっと下ろし、マンダリンは氷の引いた地面に埋葬する。それに倣いフレアが動き、スノウも遅れて鉄鳥を地面に埋める。そっと手を合わせるマンダリン達を横目に、スノウは少しばかりぎこちなく、同じ動きをする。
二匹はこの動作が一瞬どういったものかわからなかったようだが、死者を弔う行為だと理解し、跪き胸に手を当てる。
短い沈黙の後、三人と二匹は顔を上げ、改めてお互いの顔を認識する。
「えっと……フレアとスノウは、さっきの二人で間違いないですか? あの……名前を言おうとしたら言えないのですが……」
「あぁ、二人は彼女達で間違いないよ。名前が言えないのは、魔法少女達の本名がバレないよう、自動的に妨害魔法が発動しているからなんだ。そして、それぞれの呼称として、魔法少女の名が与えられる」
「ウィッチ・フレア、ウィッチ・スノウ……そしてウィッチ・マンダリン。それがお前の魔法少女の名だ」
「ウィッチ・マンダリン……」
未だに夢なのではないかと感じる頭で、自分の手に握られた傘を見つめる。非現実的、物語のような展開、激しい戦いの渦中に溢れ出た、心に押し込めていた自分……。
自然と高揚する気持ちを抑えきれず、パッとひまわりのような笑顔が咲く。普段の彼女からは聞けない元気な声が、森の中に響いた。
「よろしくお願いします!」
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