~ドキドキ(?)仲間探し!~

 快活な挨拶が飛び交う校門前、舞い散る桜を眺めながら、氷咲は三十分近く人を待っていた。第一便スクールバスに揺られ、朝七時前には校門に到着していたものの、待ち人がいつ登校してくるのかを把握していなかったのだ。

「おい、いつまで待つつもりだ?」

 大きめの肩下げトートバックから、シャノンがささやき声で問いかける。二匹をまとめて学校に連れていくため、急遽このバックに詰め込んだのだ。

「んー、副会長がいつ来るかわかんねぇからさ、ここで待っときゃ確実だと思って」

「だとしても、僕達を担いだままじゃ辛くないかい?」

「正直重い。だけど、袋から出したら確実につまみ出されるから仕方なくな」

 しばらくのあいだ声を潜めて話していると、校門前にひまわり色のバスが群をなして留まり始めた。七時半を回ると、登校する生徒が増え、校門前は人とバスで賑やかになるのだ。

 バスと人の流れを見ていると、氷咲達の住む二番地方面バスが停車したことに気づく。ぞろぞろと降車する生徒の最後に、見覚えのある赤髪がおぼつかない足取りで現れる。まるで生まれたての子鹿のような脚で、ゆっくり……ゆっくり……と校門へ向かう彼女の顔には、苦痛の表情が浮かんでいた。度々足を擦る様子から、両足が筋肉痛になっているようだった。

「……あれ? 幸村さん、こんな時間に登校するなんて珍しいですね」

「筋肉痛か」

「なんですか藪から棒に…………まぁ、そうです。朝起きたら足はむくんでいるし、ふくらはぎから太腿まで筋肉痛ですし………」

 まるでしょぼくれた子犬のように眉間へ皺を寄せる様子は、語っていない数多の地獄をひしひしと感じさせる。

「お前、ちゃんと風呂でマッサージしなかっただろ」

「……してないです。もしかして、昨日の戦闘のせいですか?」

「すまない。昨日説明する前に追い出されてしまったから」

 アールグレイが鞄から小さく顔を出し、申し訳ないという顔で緋織へ頭を下げる。

 できることなら帰り道で教えてほしかったものだが、大きな耳を寝かせ上目遣いで見つめてくる小動物へ文句を言う気にはなれず、緋織は足の痛みを感じながらもグッと不満をこらえる。

「ふーん。あたしも教えられてないけどな」

「あ………すまん……」氷咲の言葉にハッとし、シャノンも同じように耳を寝かせ、謝罪の言葉を述べる。

「じゃあ、幸村さんも筋肉痛ですか?」

「うんにゃ。快調」

「え、なんで……」

「あれだけ動いたんだから筋肉痛にでもなりそうだし、ちゃんとマッサージしといた方がいいんじゃねぇかって思ったんだよ」

「ず、ずるい……」

 お互いあれだけ動き回ったというのに、それぞれにかかった負担の差はどこか不公平さを感じさせ、緋織は恨めしそうな顔をする。

「とりあえずこの話は置いといて、お前らからの説明を、いつすんのかってことなんだが」

「そうだね。今はもう授業が始まってしまうし、昼休みはどうかな?」

「できれば人気の少ないところで話がしたい」

「人気の少ないところ……広場にある森の奥に東屋があります。東屋自体は綺麗なんですが、木の陰になって薄暗いですし、森は虫が出るので生徒はあまり行きません」

「よし、じゃあその東屋に集合しよう。僕達はそこで待ってるから」

「分かりました」

「んじゃ、とりあえず行くか」

 氷咲達は広場の森で二匹を下すと、なんとなく時間差で教室へ入り、各々授業の準備へ移る。同じ役目を担う仲間とは言え、昨日今日で友達になる事はないようで、二人はクラスメイトという間柄らしい。

 数学に英語、国語に社会という座学の四コンボを通し、大きなあくびが教室の至る所から聞こえる。一日の折り返しの鐘が鳴り教科書を片していると、人気メニューを食いっぱぐれんと駆けだす姿、可愛らしい弁当包みを持って外へ出る姿、席に並び色とりどりの弁当を広げる姿が目に入る。

 クラスの人口が三分の一ほどになったあたりで二人は目を合わせ、足早に弁当を持って東屋へ向かおうとするが、背後から現れた人影が緋織へ抱き付く。

「緋織~! 一緒にお昼食べよ!」

 鴉の濡れ羽色をした外ハネセミロングに、黒曜石のような瞳をした少女、寿安菜ことぶきあんなだった。

「安菜! ごめん、今日は先約が……」

「えー、先約って誰?」

「あたしだけど」教室中央の階段を降りながら、安菜の問いに答える。

「あなた誰?」

「幸村氷咲、こいつのクラスメイト」

「あ、いっつも校門で怒られてる人?」

「そうだけど」

「ふーん……じゃあ私も一緒に良い? 緋織」

「え……」安菜からの提案に思わず狼狽えるが、緋織の頭を引き寄せて氷咲が言い放つ。

「無理。あたしらだけで食うから」

「えー! なんで!」

 安菜は子供のように頬を膨らませ不満の意を示すが、氷咲はそんな様子を気にも留めず、緋織の手を引いて教室を出ていく。

「ちょっと⁉ 緋織ー! もーうっ!」



※ ※ ※



広場に比べると日当たりの悪い東屋は、苔や雑草が生えないよう手入れされている分、少しばかり勿体なさを感じさせる。二人が長椅子に座ると、反対側から猫らしい動作で机に飛び乗り、アールグレイ達が現れる。

「来たね」

「食事をしながらで良いぞ」

 お言葉に甘え、木林の緑を映す艶のあるテーブルへ、各々弁当箱を広げる。

氷咲の小型ピクニックバスケットには、マヨネーズがたっぷりかかった卵のハムサラダ、ブロックローストビーフのサンドイッチ。付け合わせに唐揚げとポットスープが付いている。

 緋織が金魚と金魚鉢の描かれた風呂敷を解くと、光沢のある薄紅色の弁当箱が姿を現す。色艶のいいおかず、ソースがしっかりついたミートボール、明るい色合いのふりかけご飯。いい食材をふんだんに使用しているようだが、とても家庭的なものに仕上がっている。

 シャノン達の前には、小分けにされたサンドイッチやミートボールが、フキンやおかずカップに乗って並べられる。祈るように手を組み、感謝を述べて一口いただくと、シャノンから説明を始めた。

「まず、コラプションについてだな。やつらは魔族で構成された軍事組織だ。組織は天界強襲毎に結成されるが、今回の軍事組織は今までと違う。周到的な作戦を組んで行動し、魔力の糧となる人間の負の感情を増幅させ、的確に天界の急所を突いてきた」

「……天界の急所って?」サンドイッチを飲み込み、氷咲が問いかける。

「天界からは、天界と人間界を魔族から守るクリスタルの結界が、共通の場所に五つ張られているんだ。それが正常に働くことで、魔族の進行を妨げられているんだが、その五つの内三つを既に破壊されている」

「……ん、ぅ。それ、大分大変なことになってますよね」

 口元に手を当てながら、緋織は眉を顰める。

「シャノン、次の説明は僕が。君も食べないとね」

「あぁ。頼む」

「さて、次は僕達がすべきことについてだ。魔族達の進行を抑えるには、なによりも結界の修復が必要となる。結界の術式を新しく組み直すことで、魔族達は破壊することができなくなるんだ。例えで言うなら免疫みたいなやつだね」

「免疫ですか」

「そう。そして、免疫を作る補助となる薬が必要で、それを集めることも僕達の役目なんだ。その薬は魔石のことで、大魔法を展開することができる、とても強力な素材なんだ。それは地上のどこかに紛れ込んでいるんだけど、この街のように魔素が強い土地に生成されやすいんだ」

「んじゃ、この土地って魔石生成にも向いてるし、戦闘にも向いてるってことか? でも、ルシュトが使ってた回復術がこの土地の魔素を利用したものだとしたら、向こうからしても有利な状況にあるってことだし、ちょっと分が悪くねぇか、これ」

「そうだね。それに関してはどちらにも有利であるというデメリットが強い。ただ、基本魔族は負の感情によって変換された魔力を使用するから、あの回復術はかなり強引な使い方なんだ。恐らく魔族の持つ魔力で無理矢理魔素を変換させて、急速回復に使ったんだろう。その場合は体力消費も激しいはずだよ」

「もしかすると、あいつが幹部にのしあがるほどの実力者でありながら素早く撤退したのは、分が悪くなった以外にもそういった面があったのかもな」

「ふーん」

「話を戻すぞ。俺達の役目としては、第一に結界の修復に必要な魔石を回収して、このロトゥルスに保管すること。結界さえ修復できれば、こちらの体制が整ったところで迎撃することが可能だからな」

 アールグレイがそっと前足をかざすと、掌の上で黄色い光が集結し細長い形状へ変化する。光が弾け飛ぶと、初めて出会った時に見た銀筒が、彼の小さな両手に舞い降りる。

「このロトゥルスには安全に魔石を管理できる魔法がかかっていて、一度この中にしまってしまえば、僕達妖精意外に取り出せる者はいない。ただ、決してロトゥルス自身が外傷を加えられないわけではないから、敵の手に渡れば破壊されてしまう可能性もある。これだけは、絶対に奪われてはいけない」

「だから、彼があんなにロトゥルスを狙っていたんですね」

「あぁ。もし奪われて破壊された場合、新しいのを用意するのにも時間がかかるし、今までの苦労がパァになるからな」

「ただ、この魔石探しは僕らに利点があるんだ」ニヤリと笑みを浮かべる。

「利点って?」

「魔石を探知し探し出せるのは、僕達妖精だけなんだ」

「じゃあ、その分相手よりもリードできますね!」

「うん。だけど、見つけた所を奪われるという話も聞くし、油断ならないけどね」

「確かに、そうですね……。そういった場合の対策も必要になるとしたら……隠し場所とか、保管方法とか……」

 緋織は思わず話に聞き入っているようで、食べる手を止め真剣な顔で考え込む。

「とりあえず、これからすることは大きく分けて二つ。俺達は魔石を探し、お前達はあと二人仲間を探してくれ」

「仲間探しですか……身近な友人とかが頼みやすそうですよね」

「誰か心当たりがあるのかい?」

「私の親友で、寿安菜って子がいるのですが……」

「えー、あいつなんか違くね?」

「そうですか? 私が頼めば積極的にやってくれそうですけど」

「ただ、当てずっぽうに仲間を探すのは、敵に戦力不足である面をつかれる原因にもなる。もし誰かを仲間にするなら、とりあえず一人に決めておくと良いよ」

「なるほど……」

 緋織は身近な人物___生徒会長と親友を思い浮かべ、脳内でシチュエーションをする。


『魔法少女……? 何ですか? それ。そんな空想よりも生徒会の仕事をお願いします』


『魔法少女? え、いいよ~! 緋織の頼みならしょうがない! で、なんのアニメのコスプレするの~?』


断られるか勘違いされるかで終わる未来しか想像できず、緋織は頭を悩ませてしまう。悲しいことに、二人以外で親しい人物というものが思い浮かばなかったのだ。氷咲へ多少の期待を持って視線を送るが、彼女が誰かと共にいたことや友人らしき人物を見かけた記憶はなく、一人で小さく溜息を吐く。緋織の思考を察したのか、ほっぺをぐにぐにと引っ張りながら、氷咲は賭けに近い提案をする。

「一人、候補いんだけど」

「候補か、誰かな?」

「あたしらのクラスに春日蜜柑かすがみかんってやつがいんだけど、あいつおもしれぇから仲間になってくれると思うぞ」

 『おもしれぇ』……氷咲が良く口にする言葉だが、基本この発言が出る際はガバガバ判断が発動中なので、三人はあからさまに戸惑う様子を見せる。

「……春日さんって、よくクラスの端っこで本を読んでいる、大人しい人ですよね。積極的になってくれますかね……」

 緋織は赤くなった頬を撫でながら、普段の蜜柑の姿を思い浮かべる。

「なると思うぞ。普通に正面から言ってみてどうなるかわかんねぇけど、なんかきっかけとかあれば」

「だからと言ってもなぁ、お前のそれってただの勘なんじゃないのか?」

「まぁ、半分そうだな」

 慎重さを欠片も感じさせない平然とした顔に、シャノンは大きなため息を吐いてしまう。命が懸かっている以上失敗は許されない状況に、常日頃胃が傷んでいる彼からすれば、ギャンブルの道は茨よりも通りたくないものだろう。

「まぁまぁ。ここは氷咲の案に乗ってみないかい、シャノン」

「アールグレイ!」

「うん、君の考えも分かるよ。でも、僕は氷咲を信じて賭けてみようと思う」

 アールグレイは無責任な発言はしない。それは彼が一国の王子であり、次期国王になる身として、言動には人一倍気を配っているからだ。

「…………分かったよ」悩ましいという思いは拭いきれていないようだが、シャノンは主を信じることにしたようだ。

「んじゃ、それぞれ行動するってことで」

「はい」

「あぁ」



※ ※ ※



 授業が終わり部活に向かう生徒や、帰路へ立とうとする生徒の波を二人は縫い進み、緋織がいち早く声を掛ける。

「あの、春日さん。少しいいですか?」

「……朝霧さんと幸村さん? えっと、私に何か御用ですか?」

 紅鬱金色をした、毛先がくるんと外ハネしているウルフカット、少し鋭いまつ毛に大きな橙色の瞳。整った可愛らしい顔立ちだが、どこか自信なさげな困り眉をしている少女だった。

「とりあえず、ツラ貸せ」

「え、」



 不良の如き誘い出し方に困惑しつつも、学生バッグを両腕に抱え背を丸めながら、蜜柑は言われるがままに連れられ校舎を出る。

このまま校舎裏に連れて行かれ、なされるがままに締め上げられてしまうのではないか……。だが、真面目で問題行動を一度も起こしたことのない、中等部の副会長を担っている緋織は、そのような状況を決して見過ごさない。問題児と副会長がグルになって生徒を恐喝する、そんな事件など起こり得ないはずだと言い聞かせ、邪念を払うように蜜柑は頭を振る。

 しかし、歩いていく先には見慣れた校舎裏が続いており、己の妄想が本当に具現化してしまうのではという不安に駆られる。平穏な学園生活が、まさか副会長公認で脅かされてしまう…⁉︎という疑惑の念が大いに募る。

「ここならいんじゃね? 人も来ねぇし」

「そうですね」

 人目のない場所で悪事を働く不良を想像させる会話に、蜜柑の心はこの場を後にしたい思いでいっぱいになる。

「えっと、突然呼び出してごめんなさい」

「あ、はい!」

「えっとですね、春日さんにお願いしたい事がありまして……急にこんなこと言われて戸惑うとは思うのですが、できるだけ引き受けてもらえたら嬉しいのですが……」

「は、はぁ……」

 どこか後ろめたさを感じる喋り方に、定まらない目線……いつもとは違う姿に蜜柑は首を傾げる。

「えっと……もし良ければまほ……」

「魔法少女になってくんね?」

 一見馬鹿げた冗談、いや、そうとしか思えないことを頼み込むなど、普通であれ抵抗感を抱くものだ。しかし、尻込みをしていた彼女を焦ったいと思ったのか、氷咲は歯に衣着せぬ物言いで、一足先に言い放った。

「え、魔法少女……ですか?」

 明らかに困惑の表情を浮かべられ、どう説明しようものかと、額に浮かぶ汗を感じながら、緋織はぎこちない笑顔を浮かべつつ思考を巡らせる。

 だが、そんな心の内を尊重するつもりのない、the・無神経の具現化とも言われている氷咲は話を進める。

「そ、魔法少女。信じられねぇっていうのは分かるけどさ、実際あたしらもそうだし、空飛んで人語を発する猫の妖精もいるし」そう言いながら、近くの茂みに隠れていた二匹の首根っこを掴み、蜜柑の前へ突き出す。

「え、この猫ちゃんがですか……? 見たことない猫種ですね……」

「えーっと……こんにちは」

「………え、ええぇぇぇぇ‼︎⁉︎」

 蜜柑は目を見開きながら、心底驚いた様子で後ろに仰け反る。

「……少し声を下げてくれ、耳に響く」

 高い驚愕の悲鳴に耳を劈かれ、眉間に皺を寄せながら小さく愚痴ると、蜜柑は驚きのあまり言葉を失った。

 未知との出会いに思わず身が凍るが、夢か現かはたまた幻覚であるのかを確かめようと、震える手で抓った頬からは小さな痛みが滲む。叩きつけられた非現実的要素に混乱するものの、眼前の事実を受け入れるしかないと感じ、彼女達の話を聞く心を固める。

「それで………魔法少女になって欲しいと言っていましたが、一体どんな事をするんですか……? それと……その猫さん達は妖精といっていましたが………何者なんですか?」ぎゅっと、鞄を握っていた手の力を強める。

「まずは自己紹介からだね」氷咲の手から離れ、浮遊しながら蜜柑へ近づく。

「私はアールグレイ。カミュエルスト第三王国の王子です。彼は僕の側近であるシャノン。僕達は天界と人間界の危機を救うために地上に降り、協力してくれる少女を探しています。僕達の持っている力は人間の少女にのみ与えられる特別な魔法で、契約した者を魔法少女と呼称しています」

「な、なるほど……」

「魔法少女のする事は基本敵との戦闘、魔石回収の援護だな。この土地に眠っている魔石は俺達妖精にしか見つける事はできないんだが、敵___魔族にとっても重要なアイテムで、見つけた所を奪われる事もある。今の所簡単に説明できるのはこのくらいだな」

「………えと、幸村さん達も、魔法少女って事ですよね……?」

「そうだな」

「……どんな風に戦うんですか?」

「魔法と……物理? ですかね。ただまぁ……少し危険を伴うというか」

「なんでそうゆうこと言うんだよ、お前」

「いや、だって仲間に誘うことにも責任を持って、必要な情報を教えないと」

「そうゆう真面目な所が副会長の面倒くせぇ短所だよな」

「逆に幸村さんは不真面目過ぎます!」

 二人の言い合いを見つめながら、蜜柑は眉を八の字に下げ、心苦しい表情を浮かべる。汗の滲む手で鞄を強く握りしめると、目を泳がせながら、か細い声で断りを入れる。

「あの…………魔法少女になるって、大まかに言うと世界? を救うんですよね? ……私にはそんな大それた事も……自信もありません……。だから……すみません、私は仲間になれません」

 それだけを言うと、制止の言葉も聞かずに駆け足で立ち去る。熱を出したように火照る体、じわりじわりと額に浮かぶ汗、そして……妙な胸の高鳴りを感じながら、一片も振り返ることなく足を動かし続けた。


 場に残された緋織と二匹はポカンとした表情で固まり、氷咲はどうすっかなーという顔で頭を掻く。

「……おい! どうすんだ! 自分達が魔法少女である事も明かして、俺達妖精も姿を見せてこっちの事情まで話して断られたぞ⁉︎」

 はっと我に帰り、シャノンが焦燥感を感じさせる声色で氷咲に噛み付く。

 それも仕方のないことだ。いつ隙をつかれるかわからない戦中では、ミスは命取りになる。こちらにとって不利となる情報は、決して悟られてはならないのだ。

「知らねぇよ。だいたい一発で承諾する物好きなんてそうそういねぇよ」

 その言葉にぐうの音も出ないシャノンは、歯を噛み締め怒りを堪える。

「……氷咲は、彼女が魔法少女になってくれる有力者だと、確信しているんだよね?」

「当たり前だろ」

「よし。じゃあ氷咲達は続けて彼女の勧誘を、僕達は魔石探しをする。それでいいかな?」

「……そうするしかないよな」どこか腑に落ちない部分もあるようだが、アールグレイの意向に沿うことを決める。

「んじゃ、そうゆうことでいいだろ?」

「まぁ、仕方ないですよね……」

「とりあえず今日はもう帰ろう。明日からだ」

「あぁ」

「はい」

「へいへい」



※ ※ ※



「あの、春日さん?」

「……朝霧さん。…………私、やりませんから」

 朝一番のチャレンジは儚く敗れ、蜜柑はそそくさと緋織から離れる。


「おい」

「……だから、私はやりません」

 氷咲の長い腕に捕まる前に、蜜柑はさっとその場から駆け出し、一目散に化学室へと入る。


「春日さん、もう少しお話を……」

「何度言われても私には無理です……!」

 今朝よりも強めの拒絶に思わず口を噤み、引き留めることすらできなかった緋織は、更衣室から出ていく背中をただただ見つめた。


「おい、春日」

 ウォーミングアップのランニング中、後ろからかかった声に肩をびくりと揺らす。昨日の今日といい、何度断りを入れようともやめない諦めの悪さに、蜜柑は苛立ちを感じさせる声色で言い放つ。

「……もう! なんなんですか! 私には世界を救うとかそんな大それた事できないんです。もし昨日聞いた事を誰にも話すなと言うなら守ります。だから、これ以上私を……」

「は? 嫌だ」

「な、なんで……」

「だって、本当のお前なら、ぜってぇつぇーから」

 その言葉にハッとし前を向くと、大木のように揺らがない目が、真っ直ぐこちらを見つめている事に気づく。一つの瞳に合わさる黄緑と青…………珍しい虹彩であるもののそれは酷く空虚で、本当の己を写している様にすっと透けていた。

 その眼睛から逃げるように顔を背け、蜜柑は再び走り始める。氷咲は引き離されないよう並走し、俯いた彼女の顔を横目で見る。影を落とした目元には、哀愁と苦悩の気配が滲み出ていた。

 それ以上の会話が生まれることはなく、ランニングの済んだ二人は息を整えながら、別々のボールカゴへと向かった。




 昼休み、例の東屋で昼食を食べながら、緋織は悩ましい表情を浮かべる。しかしその横では、もりもりとフランスパンサンドを頬張る、発案者……もとい元凶の姿があった。現状を焦っている気配など皆無、おまけにぽけ〜っとした顔をしているのだ。

 取り止めのない苛立ちを覚えるも、ぎゅっ……と箸を握り締めて堪える。親友との昼食を断ってまでなんでここにいるんだろう……遠くを見つめる目からは、そんな心情がうっすらと感じられた。

 アールグレイ達は魔石探索中のようで、昼休み開始から二十分が経過している。世間話をする気も起きないようで、二人は黙々と口を動かす。一度戦いを共にしたと言っても、友人はおろか協力者のような関係のようで、見ているこちらからすれば少々不安になるというものだ。

 十分後、ひらりと机に飛び乗る猫の影……アールグレイが姿を現す。

「お待たせ。そっちはどう? といっても、僕らはまだ魔石を見つけられてないんだけどね」苦笑しながら二人を見ると、向こう側から漂うぎこちない雰囲気に、思わず戸惑いの声を出す。

「あーー…………。………………うん…………」

 何か言葉をかけてやるべきなのはわかっている。しかし、下手な励ましは緋織を落ち込ませ、その横で他人事のような顔をする氷咲が言い合いの火種となる……容易に想像できたアールグレイは、ただ微笑むことしかできなかった。



 三人のいる東屋とは離れた西側にて、シャノンは魔石探しに奮闘していた。猫に扮した動きで森の中や茂みを探し回り、耳や嗅覚を働かせ、微かな気配を感じ取ろうとしている。

 ふっと鼻を掠る魔石の気配、誘われるように校舎脇の花壇にたどり着くと、一目散に掘り返した。花を過剰に傷つけぬよう、ピンポイントで掘り返したその奥、純透明な赤い結晶が顔を覗かせ、一筋の光を反射する。

「魔石だ!」

 あと少しで手が届くという瞬間、背後から感じる誰かの視線。聴覚を研ぎ澄まし周囲を警戒すると、まっすぐ近づいてくる足音を捉える。魔石は目前にその場から離れ、飛び込んだ茂みから様子を伺う。

 そこに現れたのは蜜柑だった。人目を気にしているのか、キョロキョロと辺りを見渡していた彼女は、先ほどシャノンが掘り返した穴に目を止める。

「花壇が掘り返されてる? 誰がやったんだろう。……あれ?」

 花壇の土を戻すためしゃがみ込むと、太陽の光を煌々と散らす魔石に気づいた。優しく取り出したそれは、より鮮やかで滑らかな赤色となる。石を太陽にかざすと、ダイヤモンドに劣らぬ輝きが乱反射し、一面をプリズムの混じった柘榴色に染め上げる。

 ゆっくり傾けると、光は目の中で万華鏡のように転がる。橙色の瞳と柘榴色が混ざり合い、夕間暮れのように儚く唯一無二の宝石が生まれる。その光景の美しさに、シャノンは思わず目を見張った。

「………すごい綺麗な石だなぁ」

 この世のものとは思えない輝きに、息を吐いた口から、するりと感嘆の言葉が漏れる。

「なんていう石だろう、見たことないや。翠紀ちゃんなら知ってるかな? 後で聞いてみようっと」

 蜜柑は魔石の泥を払い、丁寧にハンカチで包む(くるむ)とポケットにしまい、校舎裏へと姿を消す。

「……はっ‼︎ 魔石!」

 彼女が角を曲がった瞬間、我に返ったシャノンは急いで後を追う。その時、ひりつく気配が首筋の毛を逆立たせた。

「まさか……!」



「うーん……シャノン遅いね」

「集合時間から四十分近く経っているのに、一向に現れませんね。そろそろお昼休みが終わっちゃう」

 すると、アールグレイの脳内にシャノンの声が響いた。

『アールグレイ‼︎』

「シャノン⁉︎ 急に通信魔法なんてどうしたの?」

『魔族がいる! 今すぐ来てくれ!』

「うん……うん、わかった、すぐ行く」

 手短に通話を終えると、氷咲達へ振り向き厳かに告げる。

「詳しいことはわからないが、西校舎裏の森にて魔族が現れたらしい。仲間に誘おうとしていた春日さんも一緒にいる。急ごう!」

「は、はい!」

「ほーい」

 素早く弁当を片付け、湖の隣にある経路を進もうと踵を返すが、氷咲に呼び止められる。

「待て、そっちじゃ遠回りだ。こっちの方が短縮できる!」

「え、でも、そっちは道じゃな……きゃっ⁉︎ ゆ、幸村さん急に何するんですか⁉︎」

 一刻を争う状況での言い争いほど無駄なことはない。氷咲は問答無用で彼女を横抱きすると、舗装された道など一切無い森と向き合う。

「暴れんな、しっかり捕まっておけ」

「えぇぇ! ちょっと……」

「アールグレイも付いてこい!」

「わかった」

「えっちょっ、まっ‼︎‼︎ ぎゃーーーー‼︎‼︎⁉︎⁉︎」

 緋織の言葉は虚しいほど届かず、氷咲は足場の悪い獣道へ飛び出した。でこぼこと歪んだ道を飛び跳ね、荒々しくうねり出た根っこをトレイルランニングの要領で駆け抜ける。襲いかかる木の枝を避けながら、若干ぬかるんだ地面に足を取られぬよう注意深く進む。

「ちょ、幸村さん止ま……痛っ!」制止を呼びかけようと顔を上げた瞬間、緋織の顔に枝が擦れる。

「顔引っ込めとけ! あと、舌噛むから喋んな!」

「……〜〜っ‼︎」

「あ、もう噛んだみたいだね……」

 窪んだ地形を飛び越え、スピードを殺さぬまま軽い傾斜を下ると、暗い森の中で一層輝く出口が見えた。第一校庭前に出ると大回りに左旋し、森の手前に差し掛かったあたりで、減速に合わせ流れるように緋織を降ろす。

「いくぞ!」

「ふぁ、はい!」



「ハァ……ハァ……ハァ……!」

「ねぇ〜どこまで逃げるの〜?」

「クソッ! しつこいぞ!」

「あ、あの! シャノンさん! あの子なんなんですか…⁉︎」

「敵組織の幹部だ!」

「えぇぇぇ‼︎‼︎」

「待ってってば!」

 ルシュトから放たれた金属の群れは、蜜柑の左右へ交互に襲いかかり、逃げる隙など一片たりとも与えない。足を掠るぎりぎりに着弾する金属を避け続けるも、酸欠に近くなった脳はバランス感覚を失い、踏み込んだ足の力が抜け転倒する。

「うっ……痛い……」転んだ拍子に右手の小指球を擦りむき、肘を強く打ってしまった蜜柑は、痺れるような痛みに動けないでいた。

「彼女は関係ないはずだ!狙うなら俺だろう!」

 蜜柑を庇う形で前に出るが、その姿が滑稽であると言わんばかりにほくそ笑まれる。ルシュトはまっすぐ彼女を指さし、シャノンにとって最も都合の悪い所を突く。

「だって、彼女が魔石を持ってるんでしょ? 僕、見てたから分かるんだ〜。さっき何も言わずに追いかけ回したのは、君達に無駄な体力を使わせるためなんだよ〜! 僕ってあったまい〜!」

「チッ! 性格の悪い奴め…‼︎」

「そう? ありがとう〜」

 にこやかな笑顔を浮かべながらも、彼の周りに浮遊するフェンスの針金やパイプ缶、金属片の鋭い先端を二人へ向ける。これ以上逃げ回ることができないと判断したシャノンは、青い宝石が埋め込まれた剣を手中に具現化するも、聞き慣れた声がルシュトの背中越しに響く。

「シャノン!」

「アールグレイ!」

 ルシュトが振り返るよりも早く、宙に浮いた金属を木の枝で絡め取る。その流れで彼を捕縛しようとするが、分厚い磁性流体に受け流され、二手三手も軽々しくあしらわれる。

「緋織、氷咲! 今の内に変身するんだ! シャノンはその子を安全な場所まで!」攻撃の隙を与えないよう追撃を繰り返し、全員が動きやすい場を作り上げる。

「はいよっと」

「わかりました……!」

「わかった! こっちだ!」

「は、はい!」

 二人の背中が小さくなって行くところをまで見送り、二人は変身フォームを繰り出し光に包まれる。


 光る肌襦袢が次々と変化していく。

 藤色の短い裳裾、レースの付いた砥粉色の単衣と楊梅色の狩衣が靡く。光の布が足をくるむと前側が開かれ、膝上丈の足袋と黒漆の草履が現れ、羽ばたいた布は開き袴へと変化する。

太ももまでの伸びやかな髪は鮮やかな赤に染まり、小さい顔には重く感じるリボンがハーフアップにあしらわれる。

光が弾け、ふわふわの天色と空色の髪、頂点の大きなアホ毛が現れる。

炎と雪華のストールクリップが胸の前に具現化し、そこから二又の羽衣が編まれ肩を包む。

 薄く目を開け、明度の変化した瞳をキラリと光らせる。


 二対の光柱が弾け、魔法少女へと姿を変えた二人が着物を靡かせながら降り立ち、直立していた杖を手にし、少年へ杖を構える。


 その様子を薄く閉じた冷ややかな目で見ると、ルシュトは口の端を釣り上げほくそ笑む。







 戦いの合図だ。





「ここまで来れば大丈夫だろう。その魔石は、魔族達には簡単に見つけられないものだ。それを隠してお前は逃げろ、いいな」

「で、でも、みんなは? 朝霧さん達は大丈夫なんですか?」

「あの二人なら大丈夫だ、規格外の強さを持っているからな……特に氷咲は」

 数日前の腹部跳ね飛ばしグロテスク事件を思い返しながら、シャノンは呆れた笑い声を出すが、その後かすり傷一つつけられなかった相手も、規格外の強さであることに警戒心を隠せなかった。

 ふと、不安そうな顔で見つめられていることに気づき、少しぎこちない笑顔で優しく蜜柑の背中を押す。

「そんな顔しなくても大丈夫だ。とりあえず逃げてくれ、巻き込んで悪かったな」

「あっ……」

 三人の元へ戻ろうとする彼を呼び止めたくも、これ以上手間を取らせてはいけないという考えが先走り、遠ざかる小さな背をただただ眺めた。

 心のわだかまりに喉が気持ち悪く、戻ろうとしている足を何度も引き戻す。そんな優柔不断さに思考と体がぐるぐると回るが、先ほどいた場所から大きな打撃音が響き、弾かれたように高等部の校舎へ駆け出す。

 ピタ……と足を止め「……でも」と小さく呟く。戸惑いを隠しきれないか細い声は、心の奥から煮え立つ大きな感情に震えていた。

「…………っ、~……~…………私に____なんか、できるはず、ないよね」

 縮こまった背中のまま、蜜柑は走り出した。

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