~エピローグ~

「お……終わった……んですか?」

 突然の終戦宣言に呆然としたフレアは、緊張の糸が切れたのかふにゃふにゃとしゃがみ込む。

「突然すぎね?」

「確かに突然だが……あいつの気配はしないし、多分帰ったんだろうな」

「まさか、こんな感じで切り上げられるとは思ってなかったね」

「だとしても勝手すぎるだろ! 勝手に人を襲った挙句、不利な状況になったら勝手に戦うのをやめるって! ふざけんな‼」

 シャノンの物言いはもっともだが、初戦闘の二人にとってはありがたい結果だっただろう。

「まぁでも、よく頑張ったね。二人とも」

「は、はい……疲れました」

「あとちょっとであいつの首取れたのにな」

「物騒なこと言わないでください、ウィッチ・スノウ!」

「へいへーい」

 アールグレイが二人のやり取りに苦笑すると、シャノンも肩の荷が下りたのか乾いた笑いをこぼした。

「で、これってどうすりゃ変身解けるわけ?」

「心の中で魔法を解こうと思えばいいんだよ」

 アールグレイの言葉通りにすると、光を纏った衣服や杖、髪が弾け元の姿へと戻る。

「さて、突然戦闘になってしまって碌な説明ができなかったね。今から説明しても大丈夫かな?」

「説明?」

「……あ‼ そうだった! 私達早下校だったんですよ、幸村さん!」

「あー、そいやそうだったな」

「どうしよう……親にも連絡が入ってるだろうから、絶対帰りが遅いこと怪しまれる……」

「そうか、それは悪いことをしたな。じゃあ、明日学校の昼休みとかが、予定は合いそうか?」

「そうだな」

「とにかく、幸村さんも早く帰らないと」

 緋織は慌てながら二人の荷物を拾い、急かすように氷咲へ鞄を渡す。

「あ、帰る前に一つお願いがあるんだ」

「「?」」



※ ※ ※



「しっかし、まさか今夜泊まる宿すら決めずに降りるなんて、王子って世間知らずなのかよ」

「いや、正確にはそうゆう事を考えている暇がなかったんだ」

 氷咲の通学鞄から可愛らしく顔を出しているシャノンは、心苦しい表情を浮かべため息を吐く。人間界に降りたはいいが住み着く先のない彼らは、氷咲達に頼んで家に泊まらせてもらうことになったのだ。緋織は少し渋っていたものの、結局性分に負けてアールグレイを引き取ることとなった。

王族は野営などしないのだろうと思いつつ、先程負った傷を完治してくれた事もあり、氷咲は言及することをやめた。

「お、着いたぞ」

 氷咲の言葉に顔を上げると、目に映ったのは財閥の大豪邸だった。大きな黒塗りの門が開くと、広く長い前庭が二人を出迎える。

入り口から燕尾服を着た老齢の男性が現れ、氷咲を視認すると心地の良い革靴の音を鳴らしながら向かってくる。

氷咲はシャノンを鞄の奥に押し込み、男性に軽く挨拶をする。

「……ただいま」

「おかえりなさいませ、氷咲お嬢様」

執事の口から出た言葉にシャノンは思わず反応するが、鞄の外側から氷咲によって抑え込まれる。しかし、こうなるのも仕方ない。氷咲の性格や見た目、口調からして、お嬢様という言葉を連想できることは到底ない。

「遅かったですね。学校からの連絡では午前で下校になったとあったので……なにかあったのでしょうか?」

「んー、人助け……いや猫助けしてた」

 言っていることは間違いではないが、執事は思わずきょとんとした表情を浮かべる。しかしいつものことなのか、小さく息を吐くと微笑み、氷咲を屋敷へとエスコートする。

 自室に向かうまで、幾度も耳にする「お嬢様」という言葉に、シャノンは酷く違和感を抱えた。

 扉の閉まる音が聞こえ、そっと目から上を出すと、広くもシンプルな部屋が映る。お嬢様らしいベッドもなければ、家具自体もシンプルで色合いもクリアなものだった。逆に、部屋自体が氷咲を表しているように感じ、シャノンはなぜかほっとする。

「別にここに居てもいいけど、見つかったら面倒くせぇから、お前はこっちな」

 そういうと、天井からぶら下がっている紐を引っ張り、降りて来た梯子を上る。

そこは子供の秘密基地のような、きなり色の六畳部屋だった。

子供が描く家のフォルムをした部屋は、正面にある窓から暖かな日差しが入り込み、どこかほっとするような雰囲気をしている。

「ここ、あたしのためにってことであんだけど、全然使ってないから」

「丁度よさそうな部屋だな。ありがたく使わせてもらうよ」

「ちなみに飯ってどうするんだ? キャットフード?」

「キャット……? よくわからないが、人間と同じものを普通に食べられるから、そのキャット何たらは必要ないぞ」

「ふーん。じゃあ、夜食ってことでなんか貰ってくる。お前のその体ならそこまでいらないだろ」

「あぁ、それで頼む」

「おっけー。あたし着替えてくるから」氷咲はそう言うと、シャノンを鞄から下ろし、下に戻っていく。

 シャノンはそれを見送ると窓辺に近づき、温室やバラ園、噴水広場のある広い庭を見渡す。城でもよく見た光景だが、やはりここに住んでいる本人と家が不釣り合いなせいで、妙な違和感を感じて頭を悩ませる。

 体をほぐすために背伸びとあくびをすると、窓の外に見知った猫がこちらを見ていた。思わずあくびを飲み込み、シャノンは肩を大きく揺らす。

「ア、 アールグレイ⁉」

 そう、そこにいたのは、先ほど緋織と共に別れたはずのアールグレイだったのだ。急いで鍵に飛びかかり、窓を開けて彼を招き入れると、心底驚いた表情で問いかける。

「どうしたんだ。緋織と一緒じゃなかったのか?」

「うーん、家までは一緒だったんだけど、彼女の親にばれてしまって追い出されたんだ」

「は……」

 シャノンは驚愕の表情を浮かべた。

彼は猫の姿をしているので、勝手に拾ってきてしまった動物を捨てさせたという所なのだろうが、シャノンからすれば一国の王子を軽々しく追い出したという事は不敬罪に当たるものだ。それ故、文字通りあんぐりとしているわけなのだ。

「何、お前捨てられたわけ?」

 突然の大声に何事かと上がってきたが、氷咲はシャノンの表情から大体の様子を察した。

「いや! 一国の王子に捨てられたとか言うなよ‼」

「知らねぇよ。ここはお前らの国じゃねぇし」

「確かにその通りだから、シャノンも一旦落ち着いて。……正直、変にとどまって彼女に迷惑を変えるわけにもいかないからね」

「ふーん………。ま、一匹増えるぐらい問題ねぇからここにいれば」

「ありがとう。そうさせてもらうね」

「じゃ、あたし宿題あるから」

 氷咲は再び下に降りようと梯子を伝うが、アールグレイのどこか曇った表情に、微かな違和感を感じた。




                    ―了―

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