2-9 第六階層
薄暗い墓地が左右に続く、長い
吹き荒ぶ夜風に頬を撫でられると、その生暖かさに嵐の前の静けさを思い起こす。
みはるかす丘の上には、いわくありげな洋館が
「ここ……ホントに地下なのか⁉」
第六階層のホラーテイストな雰囲気は、配信で見てたから知ってはいた。
だが実際、モニタ越しじゃなく生身でこの場に立つと……まとわりつく不穏な風、遠くで響く野鳥の寄声、しけった空気と雨の匂い――自らの五感が、鳥肌もののリアリティを伝えてくる。
「ダンジョンって不思議ね……この風、どこから吹いてくるのかしら?」
歩きながら、スケッチブックにラフを描く委員長。君も大概、動じないな!
その横で、更に輪をかけ動じてないナデコは、興味なさそうな口ぶりで答える。
「ダンジョンを構成するものは全部、魔素から出来てるそうよ。魔物も道も壁も草木も……風だってそう」
「でも、魔石を落とすのは魔物だけなんだろう……?」
アメリアが、柄にもなくか細い声で問いかける。
普段は血気盛んな炎上娘も、どうやらホラーは苦手らしい。堂々前を歩く二人の背中に隠れるように、おっかなびっくり付いていってる。
「そうねえ。魔石を持ってるのは大体……こういう連中だね」
立ち止まったナデコは、周囲を警戒する。すると左右の墓地のあちこちから、ボコボコッと土が盛り上がり、中から人影が這い出てくる。もちろん人なんかじゃない。
「ひいいっ! なっ、なんなのこいつらっ!?」
腰砕けのアメリアにひっつかれながら、俺はドスを出して身構えた。
「こいつらは、第六階層を代表する魔物――腐乱ゾンビと骸骨戦士だ」
害虫・爬虫類系が多く棲息する第四、そこに植物系が加わった第五階層とは打って変わり、第六階層はアンデット系魔物がたむろする危険なフロアだ。
ゾンビ・骸骨は言うまでもなく好戦的で、身体が人間体だけに、武器や防具を扱えたりする。
他にも腐肉ガラス、ウィルスコウモリ、イキリ野犬などの動物系アンデットも多くいて、実体を持たないボッチヒトダマ、ファッキューレイなども出没する。
だが襲るるに足りぬ。そのどれもが――、
「アメリア、皆の武器に!」
「ううぅぅぅ……<
火に弱い!
<炎付与>された委員長の刀が、アンデットに斬りかかる。魔物は為す術なく、一太刀で魔石となって消え失せた。
さぁアメリアも! 得意のファイアパンチで……って、なんでナデコにナックルダスター渡してるんだよっ!?
おまけになぜか俺の腕にしがみつき、胸の谷間でガッチリマウント⁉
「おいアメリア、どうしたんだよ⁉」
「べべべ……別に! こここ、こうして! あああんんんたたたたを守ってやってるだけけけけ、なんだからっ!」
「大丈夫か? 電動歯ブラシかってくらい震えてんぞ!?」
「いいいいいじゃない! こんなの、あたしの出る幕ないってえええ……きゃああっ!」
空から腐肉ガラスが迫ってくると、普段のアメリアからは想像もつかない萌え声を連発し、俺の腕にしがみつく。
これは<炎付与>ならぬ、<H付与>!?
「ユユユユウヘイ! おおお追っ払って! <炎付与>するから追っ払って!」
炎のドスを振り回し、なんとか腐乱ガラスを追い払うと、アメリアは潤んだ碧眼を向けてくる。
「ありがっ……きゃああっ!」
間髪入れず襲ってくるカラスに、アメリアは俺の腕だけでは飽き足らず、胸に顔を埋めて<
:アメリアたんの悲鳴……ギャップ萌え!!!
:おいユウヘイ、そこ代われ!
:ナデコと委員長戦わせておいて、自分は金髪娘とイチャつくんかい!
:図らずも、中華娘が言ってた通りの展開じゃねーかwww
「二人とも! 遊んでないで魔石回収しといて! <アイギス>!」
炎の刀があれば、守る必要もないのだろう。委員長はバケツ大の<アイギス>を出現させると、俺に押し付けてきた。
倒した魔物の魔石を、これに回収してこいというわけだな。
「行くぞアメリア。戦闘で役立たないんだから、これくらい手伝え!」
「やっ……役立ってるし!? <炎付与>めっちゃしてるし! なんならここら一帯、焼け野原にしてやってもいいくらいだしっ!?」
「墓地に火を放ったら、めちゃめちゃ恨まれるぞ」
「ひっ……必要ないなら、しませんけどっ!?」
怯えるアメリアを従えて、魔石の回収に勤しむ俺。
ナデコと委員長は危なげなく戦ってるし、魔石も結構な量稼げてる。
アメリアがこの調子でも、全然問題ないなんて……やっぱりこのパーティ、結構強いんじゃない?
* * *
そんなこんなで、ようやく第六階層フロアボスの部屋に辿り着いた。
俺たちは部屋の前で車座となり、作戦会議と称した魔石の山分けを始める。
四等分したとは思えない結構な量の魔石が、俺の前に積まれていた。
「じゃあ、私たちが今出せる現金で、ユウヘイの魔石を買い取ろう」
ナデコの提案に、委員長とアメリアも小さく頷いた。
「ユウヘイくんの<散財>は、現金なかったら使えないですしね」
「どうせすぐ現金化するから、あたしも異論はないぜ」
「でも、リンファに返済する分の魔石がなくならないか?」
キランと、委員長とアメリアの目が妖しく光る。
「私たちをさしおいて、まずはリンファに魔石を渡すって言うの!?」
「いいかユウヘイ。あたしらが協力してやってるのは、自分の組織に返済させるためだ。それを無視して中国女に先に返すとあっちゃあ……分かってるだろうな?」
真剣と神拳で脅された俺は、ぶんぶんと首を横に振る。
「そんなつもりないって! ただ……できればリンファも、パーティに加えたいなって思うから」
:確かに、<
:でもリンファたんの本職は中華街の料理人だろ? Dストリーマになるんかな?
:『蛇尾』の叔父貴に頼まれて、臨時で取り立てに来てるっぽいしな
:そろそろランチタイムだし、中華街の店に戻らなくていいのか?
コメントニキたちの言う事はもっともだ。
委員長とアメリアは、一緒のパーティに入る事で、俺に借金返済させる使命がある。
ナデコは俺を仲間と認め、これからも一緒にDストリーマ活動をやってくれるはずだ。
でも臨時の借金取りリンファには、確たる目的がないように思える。俺からまとまった金を巻き上げて、とりあえず返済させたらそれでいいみたいなスタンス……。
そんなリンファを、どうやってパーティメンバーに迎え入れればいいのか。
「それでも、ユウヘイなら大丈夫だよ」
どよんとした空気を、いつものように打ち破ってくれるナデコ。
透き通る紫眼が、根拠のない自信と共に、俺の心を奮い立たせる。
「いざとなったら<散財>して、モノで釣っちゃえばいいんだよ」
「言い方ぁ! それって悪い大人の手口じゃん⁉」
破顔するナデコに、委員長とアメリアもつられて笑い出す。
その笑顔を見ていると、俺まで顔がニヤケてきた。
そうだよ。このメンツに囲まれたら、リンファだって笑ってくれるに違いない。
考えたってしょうがない。まずは話し合い、真摯に頼みこむしかない。
あとはリンファの出方次第。今までだって出たとこ勝負の<散財>で、なんとかしてきたわけだし、今回だってなんとかなる。
「とりあえず行くか!」
俺たちは、第六階層フロアボスの部屋の扉を開けた。
そこには――。
俺たちより先に、話し合ってる人たちがいた。
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