2-10 対決

「だから言ってる。フロアボスのワタシに勝てたら下の階層行けるアル。でも負けたら魔石取られる。そんな簡単な事、なぜわからない?」


 フロアボス部屋に入ると、男四人と話す中華娘リンファがいた。

 そのすぐ傍には大きな池があって、そこそこ大きい魔石がぷかぷか浮かんでいる。


 第六階層のフロアボスは……確か、池の中から突然現れる、溺死ドラウンドゾンビ。なるほど。リンファがこの部屋を待ち合わせ場所に指定した理由が分かった。

 スキル<泉源操作ハイドロコマンダー>持ちのリンファにとって、大量の水がすぐ傍にある場所はとてつもなく有利。

 おまけにフロアボスを装えば、他のDストリーマから魔石を巻き上げる事もできるかも!?


「あんたがフロアボスなわけねーだろ! 人間同士の戦闘は、ダンジョンじゃご法度だ。管理局にバレたら決闘罪で即逮捕だぞ!?」

「それに、第七階層はダンジョン南口から入れば直通でいけるんだぜ。わざわざあんたと戦わなくったって、問題ないっつーの!」


 まー、フロアボスってのはバレちゃいますよねー。

 それでもリンファは、必死に反論する男二人に哀憫あいびんの眼差しを送る。


「それならいつまでもキャンキャン吠えてないで、四層まで引き返せばよろし。口ばかりの腰抜けパーティが、六層フロアボスから逃げ出したと、掲示板に書いといてやるアル」

「くっ……この女!」


 リンファの煽りに、リーダーらしき男は背中の金属バットを手に取った。そのままバットを振り下ろす!

 しかしリンファは、素早い動きで男の背後に回り込んだ。そのまま泡の付いた中華包丁で、後頭部をぽこんとヒット。男は膝から崩れ落ちる。

 三人の仲間が慌ててリンファを取り囲むも、ペットボトルから飛び出た水滴が三人の目を直撃、視覚を奪う。

 リーダー格の男同様、三人は泡包丁あわぼうちょうであっという間に打ち倒されてしまった。


:【違法?】中国四千年のリンファさん、男四人相手に余裕で勝利【合法!】

:この動きって、少林寺拳法? ナデコより速くない?

:正当防衛にするために、わざと先制攻撃を煽ってたんだな……

:峰打ちならぬバブル打ちぃ!


「もういいから、さっさとこの部屋から出てくアル。ワタシは、そっちの連中に用事がアルからね」


 すごすご出て行く四人パーティを見送ると、リンファは「さぁ」と両手を広げた。


「よく来たアルね! 早速だけど、稼いできた魔石を出すアル」

「すまん。稼いできた事は来たんだが……」

「残念だったね中華娘! ユウヘイの魔石は、あたしと委員長がお先に返済してもらったよ!」


 俺を遮って、アメリアが高笑いを上げる。

 笑顔のままピタリと制止するリンファに、俺はお伺いを立ててみる。


「だからさ、リンファも七層から一緒に来ないか? 稼いだ魔石は優先的に返済するし、リンファ自身も自分の取り分稼げるから」

「なら……七層への通行料。全員この場で支払うアルね。それをユウヘイの借金返済にあてるアル」

「それはちょっと、筋が通らないかな」

「返済でがんじがらめの多重債務者が、スジとか言っても説得力ないアル!」

「確かに俺は債務者だ。だからこそ、みんなの思いを背負って生きる身として、筋は通したい」

「借金を、いい感じ風に語るなアル!」


 やっぱりリンファは、取り付く島もない。

 すると今度は委員長が、不可視の<アイギス>で作ったゴーグルをかけ、<炎付与>した刀を構える。


「さっきのパーティは余裕だったみたいだけど……これなら<泉源操作>も怖くない!」

「いくら水鉄砲打とうと、あたしの燃える炎で蒸発させてやんよ!」


 アメリアも、ナックルダスターの両拳をガツンと合わせ、盛大に火の粉を巻き散らす。こちらもヤル気満々だ。


「待って」


 三人の睨み合いが続く中、ナデコの声が響いた。


「リンファ。あなたは料理人が本職で、『蛇尾ジャビイ』の叔父さんに取り立てを頼まれたんだよね? 料理作るのとお金巻き上げるの、どっちが大事なの?」

「そ……そりゃあ料理人たるもの、料理の方が大事アル」

「だったらもうすぐランチタイムだし、そろそろ自分のお店に戻った方がいいんじゃない?」


 ナデコの意外な指摘に、リンファは一瞬たじろいだ。


「ワ、ワタシだって……とっととユウヘイに借金返済させて、店に戻りたいアル。だから、ささっと有り金出せと、何度も……」

「リンファはさ、ホントは借金の取り立て屋なんて、やりたくないんじゃないの?」

「……」

「そうやって、包丁の刃に泡まで付けて。相手と刃を傷つけないようにしてる。そんな中途ハンパな事するくらいなら、もう借金取りなんてやめちゃいなよ」


 リンファに語りかけながら、ナデコはゆっくりと近づいていく。

 手加減を見破られたリンファは、それでも泡包丁を突き出し牽制する。


「人間、誰だって好きに生きたいと思うアル。でもそれができないのが現実。中華街で叔父貴に逆らって、生き残れる店なんてない。それがワタシたち『蛇尾』の現実で、組織に属する者の義務アル!」


 リンファの言いたい事は、よく分かる。

 俺だって、猪高組から逃げ出すわけにはいかないから。


 悔しいが、その庇護下にいるからこそできる事もある。だからこそ理不尽極まりない借金でも、必死に返そうとしてるんだ。

 アメリアの『スヌープチック』もそう、委員長の『園崎組』もそう。

 嫌な事は数あれど、そこで育ててもらった恩義を忘れちゃいけない。地獄でも、天国でもない。それがホーム。マイスイートホーム。

 だったら折り合いつけて、嫌な事でもやってくしかない。


「金は待てない、同行もしない。するってーと、拳でやり合うしかないわけだが――」

 

 アメリアは、後ろの俺に振り返った。


「どうすんだよ? ユウヘイ」

「もちろん、やるべきことはただひとつ」


 俺はドスを引き抜いて、リンファに向けた。


「勝負だリンファ。俺たち四人とお前で――」

「……」

「料理対決だ!」

「な……何言ってるアル? こんなダンジョンの、道具も設備も食材もない環境で、何が作れるって言うアルか?」


 普通は、そうだよな。

 倒せば消えちまう魔物しかいないダンジョンで、料理なんて作れるはずがない。

 採算度外視の、俺のスキルを除けば。


「お前の腕、見せてみろ! ランチの定番……唐揚げ定食で! <散財>!」

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