2-8 三人目
二つのシニヨンを頭の上でまとめたチャイナドレスの女は、仰向けでも崩れないアメリアの峡谷に頬を埋め、心臓の鼓動を聞き取っている。
もしかして、ヒーラースキル持ちのDストリーマか?
「あの……あなたは?」
「しっ……静かにするのことよ」
語尾がアヤシイ日本語は、見た目通りの中国人だから?
いや、ダンジョンは外国人立ち入り禁止のはずだ。この子は恐らく、中国人コミュニティで生まれた日本国籍持ちの子だろう。
チャイナ娘はぼそぼそと小声で呟くと、腰のホルスターから五〇〇ミリリットルサイズのペットボトルを取り出した。ラベルのないボトルの中は、無色透明の水がたぷんと波打っている。
「これ、一口飲んでみるよろし」
「ううっ……」
アメリアは上体を起こすと、チャイナ娘の水を一口飲んだ。そのまま仰向けに寝かせておくと眉間の皺が取れ、顔色も少しずつ良くなっていく。
:おお! なんか利いてるみたいだけど、これはなんのスキルだ?
:<
:魔素の解毒に水を使うなんて、初めて見たぞ
コメントニキたちは不思議がっているけど、とにかく助かった事に変わりはない。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
「いやいや、なんのこれしき。はいこれ」
礼を言うと、当然のように渡されるペラ紙一枚。
それは請求書で……いちじゅうひゃくせん、いちじゅうひゃくせん……五千万!?
驚く俺の隣から、委員長が手元を覗き込んでくる。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! いくら助けてくれたからって、この金額はボッタクリすぎない⁉」
「地獄の沙汰も金次第とは、よく言ったアルねー」
アル?
中華街でもまず聞かない、アニメキャラ的チャイナ語尾。
嫌な予感が頭をよぎる……同じような口癖を、つい最近聞いたような。
「ようく見てみるがよろし。それは金髪娘の治療代じゃないアル」
俺は請求書に記載された内訳を読む……『債権総額、金五千万円也』
「債権って……おまっ、まさかっ⁉」
驚愕する俺たちの前で、チャイナ娘は唐突に演武を披露する。
突きを放ったり首を横に振り向けただけで、ぶんぶん唸りを上げるその動きは、往年の香港アクションスター、ジャッキー・チェンを彷彿とさせ――、
ウチに来た『
「ワタシは中華街チャイニーズマフィア『蛇尾』の料理人兼取り立て屋、
:三人目の取り立て屋キターーーwww
:今度はチャイニーズマフィアかよっ⁉
:中国四千年のスリットが魅せる、魅惑の太ももおおお!!!
三人目の取り立て屋・リンファの登場に、弾幕となって流れるコメントの嵐。
もちろん、そうと知れば国産ヤクザの孫娘も黙ってない。委員長は、腰の真剣をすらりと抜いた。
「あなたまさか……アメリアが取り立て屋だと知って、助けるふりして変なクスリ飲ませたとかじゃないでしょうね!?」
「何を言うか。ワタシの本職は料理人。人の口に入れるモノにそんな事するはずないよ」
リンファも、腰の中華包丁を抜いて身構えた。
同時に腰のペットボトルから水が噴き出し、幅広の刃に泡となって纏わりつく。
「これがワタシのスキル、<
リンファは左手で、指パッチンを披露する。
すると静かに横になってたアメリアが、眉間に皺寄せ苦しみ始めた。
「魔素毒が身体中を駆け巡り、やがて死に至る。分かりやすいアルね~」
「分かった! 分かったから! アメリアの毒を隔離してくれ!」
リンファは指先を向け集中すると、さっきまで苦しんでいたアメリアが、嘘のように静かになる。
:<
:さっき飲ませた水が、体内の毒素を隔離したって事か……
:そんなピンポイントで、操作できるもんなん!?
ざわつくコメントを一瞥し、リンファは勝ち誇ったように言い放つ。
「さ。仲間をこれ以上苦しめたくなければ、耳を揃えて五千万……と言いたいところだが、ワタシは優しい。とりあえず、持ち金全部出すアル」
畜生……アメリアを人質に、金を巻き上げようって作戦ってわけか。
とはいえアメリアに落ち度があったのは確かだし、助けてくれてるわけだし、向こうが悪いとも言い切れない。
でも――。
「すまん、今日の稼ぎはさっき全部使っちまったんだ。また稼いでくるから、今日のところは勘弁してくれ」
「そんな見え透いた嘘に騙されないアル。ここまで潜ってくる間、魔石を稼いでたのは知ってるよ。そのバッグに入ってるでしょ?」
リンファが視線を向けたのは、ナデコが持ってるディバック。
「これは私と委員長の取り分! ユウヘイの分はさっき<散財>して、稼いだ魔石全部使っちゃったんだよ」
「ダンジョンの中で、どう魔石を使う⁉ お店も何もないアルよ」
「ユウヘイのスキルは、お金や魔石を消費するの! 過去配信見れば分かるし、切り抜きもたくさんアップされてるよ」
リンファがスマホで確認していると、納刀した委員長が話しかける。
「あなたも取り立て屋なら、お金のない人から取り立てたって意味ない事くらい分かるでしょう? だから私とアメリアはユウヘイくんのパーティに入って、魔石稼ぎのお手伝いしてるの。リンファさんもどう? 私たちとパーティ組まない?」
「それは……ある意味ユウヘイにとって、都合のいい女になってないアルか?」
「そんなつもりないって!」
思わず声を張り上げる俺に、リンファは疑いの目を向ける。
「借金取り立て娘を言いくるめ、ダンジョンで魔石を稼がせ、自分は他の女を追いかける。そういう日本人の男に騙された友達、たくさん知ってるアルよ」
なんて事言い出すんだ、このチャイナ娘は。
確かにそういう不届き者はいるかもしれないけど……俺はつい最近まで、ヒキコモリのクソニートだったから!
コメントの皆も、そのへんよく分かってるでしょ!?
:あー、それは俺も思ってた
:ユウヘイに限ってそんな事……いや、こいつもヤクザの息子だったw
:考えてみれば皆、裏稼業なんだよなあ
「ううっ、そんなあ……そんな目で僕を見ないで下さいいい……」
:なんで敬語w てか泣くなw
:すぐ泣き落としすんなwww リアリティ増すだろw
:三人の美少女に追い駆け回されるなら、俺だって借金したいわ
「私は、違うから」
なんとなく納得感溢れる空気もコメントも読まず、堂々先陣を切るのはいつもそう――、銀髪セミロングを手で払ったナデコは、リンファの前に立ちはだかった。
「ユウヘイは確かに、憶病で女好きで泣き言ばっかのヘタレだけど――仲間は絶対見捨てない。だから私は、ユウヘイと一緒にいる」
そう言ってくれるのは嬉しいけど……その前口上いる⁉ 心にくるよナデコさん!
それでもリンファは、ナデコの言葉に少し思うところがあったようだ。
中華包丁の泡がペットボトルに戻っていくと、背中を向けた。
「分かった。ならワタシは、第六階層フロアボスの部屋で待ってるアル。それまでたくさん、魔石を稼いでこい。今日の所はそれで勘弁するアル」
「ちょっと待って。アメリアはこのまま寝かせておけばいいの?」
「おしっこすれば、水と一緒に毒も抜ける。しばらく休めば回復するアル」
ホッと胸を撫で下ろす委員長とナデコ。
リンファはそのまま、第四階層の出口である西口階段方面に去っていった。
リンファのアドバイスに従って、アメリアに用を足させ安静にしていると、すっかり回復したようだ。迷惑かけた分、第六階層までの露払いは任せろと息巻くほどに。
もちろん委員長、ナデコとも連携し、今度は特殊攻撃を喰らわないよう、慎重に魔石を稼いでいく。
第四階層、第五階層のフロアボスを撃破し、いよいよ第六階層、リンファが待つフロアボスの部屋に向かっていった。
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