2-7 第四階層

 初めて足を踏み入れた第四階層は、とても地下とは思えない空間だった。

 それもそのはず。今まではただ石畳が続く殺風景な景色だったのに、この階層はところどころ草木や花、蔦、樹木など、緑が溢れ返っている。

 そういった草むらには巨大なヘビ、小動物、植物系魔物が潜んでいるわけだが……第三階層までの好戦的な動物系魔物とは違い、こちらを警戒しても襲ってくる気配はない。


 委員長はキャンパスを取り出し「これはこれは」と、目を輝かせてスケッチを描き始めた。久しぶりに見る自然の景色に、ダンジョンは石ばかりじゃないんだと、驚きのインスピレーションが爆発しているんだろう。


「あたしが今日入ったのは、ここ。ダンジョン西口、第四階層直通階段。どういうわけかここの魔物って、大人しいヤツばっかなんだよ」


 両手を首後ろに回したアメリアは、つまらなさそうに周囲の魔物を見渡した。

 ギャングの眼力にあてられたか。その辺をのんびり歩いてた魔物たちは、そそくさと草むらに逃げていく。


「ああ……アメリアが第三階層フロアボスの部屋にいたのって、四層からひとつ上がってきたからか」

「そゆこと。第四階層からにしろって言ったのに、お前らまーた一層から潜ってきやがったから。三階のフロアボスと遊びながら、待ち伏せしてたんだよ」


 暇つぶしで倒される、第三階層フロアボスのガチギレイノシシさん。立つ瀬なし。


「この階層はある意味、第一階層より安全なんじゃね? どいつもこいつも腰抜けだらけで、しょっぱい虫けらしかいない」


 完全に舐めてかかっているアメリアに、ナデコが警鐘を鳴らす。


「虫や植物系は、特殊攻撃があるから侮れないよ。あまり刺激せず、第五階層に向かうのが無難」


:第四階層は、初心者キラーばかりでござるよ

:ヒーラーがいないパーティは、素通りが一番だね

:放っておいたら委員長、ずっとスケッチしてそうだし。はよ五層いきーやw


 コメントも、慎重姿勢の意見が目立つ。

 ここは先人の知恵に倣って――と思っていたら、金髪娘は拳の炎と共に息巻いた。

 

「こいつらだって、倒せば魔石が手に入るんだろう? あたしに言わせれば、よーく燃えそうなカモにしかみえねーけどな」


 アメリアは近くの茂みに近付くと、草むらに火を付けた。

 すると隠れていた一メートル級のヘビ魔物が、首をもたげ威嚇してくる。


:トサカスネイクだ! 接近戦はマズイ!

:といっても、遠距離攻撃できるヤツいないんだよなあ、このパーティ

:ユーヘイはある意味遠距離型だけど、<散財>だしなw


 軽くディスるの、止めてもらっていいですか?


「アメリア、一旦引こう!」

「ジョーダン。ヘビが怖くて、ストリートで寝れるかってーの!」


 やっぱりアメリアは、聞く耳もたない。

 続けざまにファイアパンチを放つも、トサスネは素早い動きで攻撃を躱し、アメリアの股間をすり抜け逃げていく。


「待てコラ逃げんな! <炎付与ファイア・エンチャント>!」


 アメリアは靴底に炎を宿すと、踏み潰そうとやっきになって追い駆ける。

 尻尾を踏んだ瞬間、トサスネは首を反転、アメリアの脛に噛り付いた。


「きゃっ、いったあああい!」


 意外な萌え声と共に倒れるも、アメリアはトサスネの首根っこを捕まえ炎で炙る。

 大蛇はあっけなく黒焦げとなり、そのまま魔石となって消え失せた。


「大丈夫?」


 ナデコと委員長が駆け寄ると、可愛い悲鳴を上げた金髪少女は、真っ青な顔を向けてきた。


「ダイジョブダイジョブ……って、あれ? なんか、視界が、ぼやけて……」


 :トサカスネイクは弱いけど、毒持ちだからやっかいなんだよ

 :魔素から出来た毒は、扱いが特殊だしなあ

 :短い間だったけど楽しかったよ……アメリアたん


 コメントニキたちは、アメリアに対しにべもない。忠告は無視するし、考えなしに敵に突っ込むしで、ナデコとは違う意味で呆れられているようだ。


 そうこうしてる内、アメリアは荒い息を繰り返すようになり、顔色もどんどん悪くなってくる。

 生意気強気の金髪娘は息も絶え絶え、介抱する委員長の胸にその身を預けた。

 額に手を差し入れた委員長は、さっと顔色を変える。


「……すごい熱。この毒、どうやって治せばいいの? 管理局に解毒剤とかある?」


 ナデコに助けを求めるも、彼女は相変わらず空気が読めない。


「魔素の毒に、地上の解毒剤は利かない。回復系スキルを持つ人が通りがかりでもしない限り……」


 一瞬の間。


「このまま死んじゃうかもね!」


 笑顔で言い放つサイコパスに、真っ青になって縋り付くアメリア。


「ちょっ! 嘘だよな? なんか他に治す方法、あるんだよな⁉」

「さあ? 私より、ユウヘイに頼んでみればいいんじゃない? <散財>なら、解毒剤を出す事もできるかもしれないし」

「ちょっ、いきなり俺に振るなよ!」

「頼むユウヘイ……解毒剤を<散財>してえええ……」


 そりゃあできるんだったら、してあげたいところだけど。


「でも俺、さっきの化粧品散財で、お金も魔石もないんだよね……」

「うう、あたしの魔石、あげるからあああ……これは借金じゃなくていいからあああ!」


 それならと、アメリアが差し出す魔石に手を付けようとすると――ナデコは腕を横に伸ばし引き留める。


「よく考えて、ユウヘイ。こいつは借金取り。ここでくたばってもらった方が、あなたの借金も返さなくて良くなる」


:さすがにそれはダメだろナデコ

:まぁ確かに……アメリアたんは俺らの事、完全無視してくれるしなあ。

:ストリートギャングの借金取りなんて、最初から信用できんだろ

:一応仲間になったわけだし、さすがにかわいそうじゃね?


 コメントは賛否両論。

 でも――俺の意思は揺るがない。


「苦しんでる人がいたら助ける。これは借金がどうとか、そういう問題じゃない」

「……ユウヘイが、そう言うなら」


 割とあっさり引いてくれるナデコ。

 俺はアメリアの魔石をバックごと持って、<散財>を発動する。


「スキル<散財>!」


――お金が、足りません。


 このバッグの魔石で、アメリアの毒を治す解毒剤を、散財してくれ。


――できません


「え?」


 ――スキル<散財>を魔石で発動できるのは、一日一回のみです。本日は既にご利用済みですので、現金を用意するか明日までお待ちいただきます。


 そんなの聞いてないし、明日までなんて待てないよ! アメリアは今まさに、死にかかってるんだから。これでなんとかしてくれ!


――できません。申し訳ありませんが、規則ですので。


 規則? 規則ってなんだよ⁉

 そもそもあんた、誰なんだ?

 スキルが意思を持つなんて、見た事も聞いた事もないぞ。


――ご用件はそれだけですね。失礼します


 おい! <散財スプラージ>! まだ話は終わってないぞ!

 聞いてんのかよ返事しろ、おい!


 それから何度呼び掛けても、<散財>は答えてくれなかった。

 仕方なく、皆の元に戻ろうとすると……。


「この子、だいぶアレアルね」


 知らない女が、アメリアを介抱していた。

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