2-5 アメリアと委員長

 へそ出しTシャツにデニムのショーパン履いたアメリアは、ダボつくウインドブレーカーを翻し、炎を纏った右拳を見せつける。


「あんまり調子こいてっと、焼きごていれっぞ、このクソ豚野郎!」

「わ、忘れてたわけじゃないって! 今日はほら、三人で攻略してるから、全部終わったら魔石山分けするし、その時呼ぼうかなと!」

「もういい。ここに来るまでに稼いだ魔石、全部出せ」


 こちらに近付いてくるアメリアは、不可視の壁におでこをぶつけ「あいた」とのけ反った。

 隣を見ると委員長が、腕を突き出し<アイギス>を展開している。


「ダンジョンは、あなたが寝床にしているドブ板通りとはわけが違います。恐喝するつもりなら、証拠映像と一緒にDストリーマ管理局に訴えますよ」


 燃える拳の金髪外国人アメリアを前にして、一歩も引かない真面目黒髪委員長。

 ビビるどころか抑えきれない怒りが、言葉の端々から伝わってくる。

 その後ろでナデコは、なぜか俺のディバックを開けて集めた魔石を分け始めた。だから空気読んでよ。


「恐喝だって!? 冗談じゃない。あたしは返済が滞ってる債務者に、金を返せと言ってるだけだ。これは金貸し屋の正当な商売ビジネスだっつーの!」


 アメリアは、ショーパンの尻ポケットから債権証書を取り出した。

 債権化された借金は紙の証書となり、返済が滞れば一定の法的拘束力もある。確かにアメリアのしている事に違法性はない……今のところは。


「そうですか……なら尚更、あなたをユウヘイくんに近付けるわけにはいきません!」

「はぁ? どうしてだよ?」


 委員長はセーラーカラーの襟元から、折りたたまれた封書を取り出した。

 バサッと広げ、お返しとばかりアメリアに見せつける。


「私の名前は、園崎そのざき保奈美ほなみ。園崎組組長、園崎銀次郎の孫娘で、あなたと同じ……猪高優平くんの、借金取り立て屋です」


 え?


 委員長が……借金取り!!!???


 驚きのあまり静まり返るボス部屋で、ナデコは三等分した魔石を前に、満足げに「むふん」と息を漏らした。


* * *


 横浜に古くから続く繁華街・野毛に拠点を置く武闘派ヤクザ、園崎組。

 近隣の曙町を縄張りとする猪高組と、何度も抗争を繰り返してきたヤクザの組長・園崎銀次郎の孫娘が――、委員長だってえええっ!!!???


:おいおい、こいつはどういう事だってばよ⁉

:委員長は実はヤクザの孫娘で、ユウヘイの借金取り立てに近付いたって事!?

:おいナデコ、ちょうちょ追いかけてないで、もう少し興味持てw


 コメントの動揺同様、俺はあまりの事態に気が動転し、何も言葉が出てこない。

 ヒキコモった俺を心配してくれたのは……自分と同じヤクザの家の子だったから?

 極道がたむろする猪高組に毎朝迎えに来れたのも……ヤクザ慣れしてるから!?

 一緒にダンジョン行こうってのも……俺に借金返済させるためっ⁉


 よくよく委員長の言動を思い返すと、これまでの疑問が一気に氷解し、俺はがらにもなく落ち込んだ。

 そりゃあさ、クラスメイトの女の子がさ、あんなに優しくしてくれたらさ。

 十六歳ヒキコモリ男子が、ラブをコメコメしたくなるのも分かるでしょっ!?


 でもその相手は、敵対するヤクザ組長の孫娘――しかも借金取りともなれば、淡い期待もシャボン……いや、ショボンとなって弾けて消える。

 ショックで呆然とする俺を振り返ると、委員長はいつもの困り眉をへちょんと作った。


「ごめんね、黙ってて。昨日家に帰ってからお爺様に頼みこんで、ユウヘイくんの取り立て屋にしてもらったの」


 ダンジョンは、二十歳未満の耐性ある者しか入れない。

 園崎組の取り立て屋――日本刀持ったあの若い衆は、どう見ても二十歳以上。昨日の俺の配信を見て、スヌープチックに先を越された事を知ったかもしれない。

 どうすべきか組長と相談してる最中に、俺と顔見知りの委員長が取り立て屋に名乗りを上げれば……じゃあ行ってこいとなってもおかしくない。

 でも、だからって!


「アトリエに泊めてくれたのも、一緒にダンジョン行こうって言い出したのも……俺に借金返済させるため……だった?」

「そう取られても仕方ないけど……これだけは信じて。私は強引にお金を巻き上げたりしない。むしろその逆。ダンジョンでお金を稼ぐお手伝いをして、ユウヘイくんが無理なく返済できるよう、協力したいの」


 委員長は腰の木刀に右手を添えると、カチッと音を鳴らして鯉口こいくちを切った。

 木刀と思われていたそれは鞘で、光る刀身が姿を現す。


「そのためには、私以外の取り立て屋を排除するしかない」


 さっきまでの、困り眉は消え失せて。

 死線をくぐり抜けてきた剣豪の、泰然自若たいぜんじじゃくな眼差しが、商売敵――アメリアの碧眼を射抜く。

 細腕で真剣を構えるその姿は、幕末の天才剣士・沖田総司を想起させ、全身から切捨御免のオーラが滲み出る。

 完全に剣豪モードに切り替わった委員長に、さすがのアメリアも警戒心を露わにした。


「女子高生が日本刀かよ……委員長ともなると、持ち物検査は顔パスなんだな」

「ダンジョンは、刀剣類の持ち込みが許可されてるわ。ここはね、合法的に真剣を振るう事ができる、日本で唯一の戦場いくさば。派手な炎で観客を驚かせるだけの、マジシャン風情はお呼びじゃないの」

「言うねえ……いいぜ、やってやろうじゃねぇか。どのみちあんたがいたら、返済の取り分が減っちまう。勝った方が今日の稼ぎの総取りだ。いいな」

「もちろん。手合わせ、よろしくお願いします」


:なんかよく分からんけど、ユウヘイを賭けた喧嘩が始まる⁉

:絶対領域サムライソードとファイアフィストのマッチアップ!

:取り立て屋が二人で取り立てたら、一人当たりの返済額が減っちゃうってわけか

:これって喧嘩じゃなく、決闘じゃない? ヤバくない?

:スキル使った模擬戦みたいなもんだろ。商売敵同士の。

:いやダメだろ。普通に傷害罪で捕まる。最悪、決闘罪だって!


 待った待った、待ってくれ! 

 パーティは人間関係円滑にって決めた途端、なんでいきなり決闘が始まるの⁉

 罪状はともかく、人間同士がスキル有りで戦ったら、どっちかが大惨事になるに決まってるじゃないか!


「ナデコ頼む! 二人を止めてくれ!」

「さぁさぁ! 張った張った!」


 唯一取り立て屋じゃないナデコに振り返ると、彼女は視聴者相手にどっちが勝つか、アンケートを取っていた。

 票数が伸びてないあたり、相変わらずコメントのドン引き空気が読めてない。


 そうこうしてるうち、サムライガールとギャング娘のバトルが始まった!


 委員長は<アイギス>を展開する。すかさずアメリアは<炎付与>のスキルを使い、不可視の盾に燃え盛る炎を纏わせた。

 <アイギス>が消えると同時に、炎も消える。そのタイミングで飛び込んでくる委員長を、ボクサーのようなフットワークで華麗に回避。炎の拳でカウンターを狙う。委員長も負けじと、迫る拳を返す刀で斬りつけた。あぶないっ!


 キーンと、甲高い金属音が部屋に反響する。


「拳が……斬れないっ⁉」

「ちっ」


 二人は一旦、間合いを取った。

 アメリアは刃を弾いた拳を開き、惜しげもなく種明かし。

 ギャング娘は拳の中に金属製のナックルダスターを握っていて……拳表面をガードする金属面に<炎付与ファイアエンチャント>していた!?


:おおっ、いわゆるメリケンサックか! 伝統的なアメリカンストリートスタイル!

:考えてみれば、肌に直接<炎付与>ってわけにはいかないもんな

:<アイギス>に炎付けて攻撃タイミングを計るってのは、なかなかクレバーやで


 当惑していたコメントニキたちも、女同士の本格バトルに、徐々にテンションが上がって来た。

 俺は、アンケートが不評で落ち込むナデコに声をかける。


「ナデコ、二人を止めてくれよ! 人間同士で戦ったって意味ないって!」


 ナデコは小さく溜息を吐くと、半目の紫眼で呆れ顔を見せる。


「こういうのは止めてもすぐ再燃するから、気が済むまでやらせておけばいいのよ。ほら、よく言うじゃない。昨日の敵は今日の友。少年漫画のお約束じゃない?」

「二人とも、女の子なんだけどなあ!」

「そんなに止めたいなら、ユウヘイが止めれば?」


 そんなぁ……格ゲーしか戦闘経験のない俺に、どうやって止めろと!?

 おろおろする俺に、ナデコはきっちり三等分した魔石を押し付けてきた。


「はいこれ。ユウヘイの分。魔石があれば<散財>、使えるんじゃない?」

「えっ? そうなの?」

「わかんないけど。喧嘩を止めたいなら、ユウヘイがムリヤリにでもやめさせるしかないよ。ファイターの私が止めに入ったら、それこそ三つ巴になっちゃう」

「ううっ、そうかもしれないけどさあ」


 確かに……空気読めないで有名なナデコさんが喧嘩の仲裁に入っても、火に油を注ぐに違いない。

 だったら俺がやるしか……でもどうやって。


「なぁ、どうやったら<散財>でケンカの仲裁できると思う!?」

「そうねえ。例えばこんなのは? ……ごにょごにょ」


 ナデコが耳打ちしてきたアイテムは、とてもうまくいくとは思えない。

 しかも――、


「それって結構、お高いんじゃ?」

「こんだけ魔石あれば、なんとかなるっしょ」


 そうこうしてる間も、二人のバトルは激しさを増していく。

 もう迷ってる時間はない。

 俺は覚悟を決め、二人に向けて右手を突き出した。


「ええい、ままよ! スキル<散財>!」

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