2-2 ダンジョン・アート

「委員長はさ……ここで暮らしてるの?」


 ちがーう! その前に言う事あるだろ⁉

 あの時は、一緒に学校行けなくてごめんなさいって、まず謝るのが筋だろーが!

 でもいきなり重い話切り出すのも、気が引けるよなあ。


「ううん。ここは、その……お父さんが持ってる空き物件で、借り手が見つかるまでアトリエとして使わせてもらってるの。家で描くと汚すから、放課後と週末……夏休みの間はほぼ毎日、ここで描かせてもらってる」


 って学校以外、ほとんどここで絵ぇ描いてるって事じゃん!


「そんなに好きならいっそ美術部に入った方が……って委員長だと、部活入るの難しいんだっけ?」

「放課後は委員会の仕事もあるから、そうだね。私の事より猪高くんこそ、どうしてこんなとこにいるの? こんな怪我までして、一体何があったの?」


 隠してもしょうがない。俺は正直に全てを話す事にした。


「あの……実は俺さ――」


 突然二億の借金ふっかけられ、ダンジョンで稼いで返済しなきゃならない事。

 いきなりリンクに巻き込まれて、元凶のナデコと一緒に強敵を倒した事。

 手に入れた魔石を、ダンジョンまでやって来た借金取りに回収された事。

 家に帰ったら自室は空っぽで、返済できないなら家を出てけと追い出された事。


 全てを聞き終えた委員長は、憤懣ふんまんやるかたないといった様子で、俺のために怒ってくれた。


「いくら義理の親でも酷いよ! 何も家を追い出さなくたっていいじゃん!」

「でも俺も、ああでもされない限り部屋から出なかったと思うし……」

「それでも、借金二億はおかしいでしょう!?」


 母親の事はあるにせよ……それを差し引いても、確かにあり得ない金額ではある。


「そこなんだよなあ。もしでっちあげの二億なら、オヤジも債権化なんてできないわけだし。どこでどうやってそんな大借金、抱え込んじまったのか」

「心当たりはないの?」

「あるとすれば……俺の母親が、病気で長期療養中な事くらい。でもそれだって、今年の三月に入院したから、まだ半年も経ってないわけだし」

「裏社会の借金なんて、利息ばっか積み上がってそうだしね……。そういえば、ダンジョンの中まで取り立て屋が来たんでしょう? それってどこの誰だったの?」

「本牧スヌープチックの、アメリアって子だよ。ストリートギャングは十代ばかりのはずだから、ダンジョンに入って来れるんだよなあ……」

「本牧って……ダンジョンに飲み込まれた地域じゃない」

「そうだね。だから今は赤レンガ倉庫か、馬車道界隈にいるんじゃないかな。目の前のストリートは、かつては本牧に繋がってたわけだし」


 顎に手を添えしばし考えこむと、委員長は俺に振り向いた。


「ねぇ猪高くん。明日もダンジョン行くの?」

「うん、そのつもりだけど」

「私も一緒に、付いて行ってもいいかな?」

「え!? 委員長ってダンジョン耐性あるんだっけ?」

「うん。入学時の耐性試験はパスしてたから、たぶん大丈夫だと思う」

「それならいいけど……でも、なんで?」


 委員長は、巨大キャンパスを仰ぎ見た。


「私さ、おっきな絵が描きたいんだ。これよりももっともーっと、大きい絵を」

「そうなんだ」

「桜木町のウォールペインティングとかが有名だけど……私はダンジョンに絵が描きたいの。この絵も、ダンジョンに描くならどんなのがいいかなーって、想像しながら描いたんだよ」


 なるほど……言われてみると、この絵の意図も見えてくる。


「もしかして……ダンジョンには海も山も沙漠も空もないから、そういうイメージで描いたの?」


 委員長はパッと顔を輝かせると、俺の手を両手で取った。


「お願い猪高くん。明日、私と一緒にダンジョンに潜って! お礼にこの部屋で、寝泊りしてもらってもいいから!」

「えええっ!? 委員長と二人で、寝泊り!?」

「ちょっ……バカ、違うから! 私は家に帰るから! よっぽど追いこんでる時じゃないと、ここで寝泊りしないから‼」


 顔を真っ赤にした委員長は、「付いてきて」と二階を案内してくれる。

 狭いながらも綺麗に整理整頓された和室は、ほのかに女の子の香りがして、ホントに委員長がここを使ってるんだなあと実感する。


「お布団は押し入れに入ってるし、お腹空いたら冷蔵庫の中にあるもの食べちゃっていいから。近くの銭湯は、そこの壁の回数券使えばタダで入れるよ」

「それはめちゃくちゃ助かるけど……委員長はなんで、俺と一緒にダンジョン行きたいの? 俺も初心者だから、守り切る自信なんてないよ?」

「それは……お互い秘密を知った者同士、だから? 二人で潜った方が危険も少なくなっていいでしょう?」


 思ったよりふわっとした理由だけど、きっとダンジョンの壁に絵を書くための、下見がしたいって事なんだろうな。用心棒は無理でも、魔物を警戒するくらいなら俺にもできる。

 一緒に潜るだけで罪滅ぼしができるってんなら、断る理由はない。


「分かった、一緒に行こう。あ、でも、今日会った<兎特攻>の子も一緒になると思うけど、それでもいい?」

「もちろん。仲間は多い方が助かるし」

「了解、伝えておくよ」

「ありがとう。じゃあ私一旦帰って、明日の朝ここに戻ってくるから。待っててね」


 委員長は連絡先とアトリエの鍵を俺に渡し、慌ただしく帰宅していった。


 一人になった俺は、二階に上がり布団を敷く。それだけで睡魔が襲ってきた。

 倒れるように横になると、ほんのり女の子の甘い香りがして……いかんいかん!

 大恩ある委員長の、体温ある布団で、俺はいったい何をしようってんだ! もっと他にやる事あるだろう!

 飯食って銭湯行って……下層のダンジョンについても、少しは調べておかないと。


 と思いつつ、俺の身体は甘い布団に沈み込んでいってしまう。


 やっぱり優しいな、委員長。

 でもどうして俺なんかに、ここまで優しくしてくれるんだろう。

 そういえば委員長って……名前、なんていうんだっけ……。

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