2-3 絶対領域

 翌朝。

 ここ数か月うんともすんとも言わなかった俺のスマホが、ビービーとどこか誇らしげに新着メッセを知らせてくる。

 俺は寝ぼけまなこをこすりながら、三件来てたメッセを確認した。


 一つはナデコ。

『おはよ。今日もダンジョン潜るでしょ? 先行ってイカラビ狩ってるから、着いたら連絡して』


 一つは委員長。

『おはよう、昨日はよく眠れたかな? ごめんね、狭い部屋で。九時頃にはそっちに着くと思うから、それまでに準備しておいてくれたら嬉しいな』


 最後はアメリア。

『今日もダンジョン行くよな!? デビラビ倒してんだから、今日は四層から入ってこい! 狩り始めたらすぐ連絡寄こせよ、わかったかこのクソザコ債務者!』


 傍若無人、平身低頭、喧嘩上等。

 短い文でも三者三様、それぞれの性格がよく分かるメッセージだ。

 これはこれで朝からハーレム気分が味わえて……って、いかんいかん。昨晩決めたばかりじゃないか。

 ダンジョンはお金稼ぎに行く所であって、決してラブをコメコメするために行くわけじゃないって!


 ダンジョン返済計画に必要なのは、魔石稼ぎと視聴者稼ぎ。

 この二本柱を軌道に乗せるまで、恋愛脳は封印するべきだ。


 例えば第一の柱、魔石稼ぎ。


 どうやら俺のスキル<散財>は、頭に思い描いたモノを、お金さえ払えるならなんでも召喚できるスキルのようだ。

 お金さえ払えるなら……というのが最大のネックで、大量発注、正規価格、いつもニコニコ現金払いのため、気安く使えるわけではない。

 だからこそここぞの場面、実入りの良さそうな強敵相手にコスパ良く<散財>しないと、稼ぐどころか赤字転落の憂き目に合ってしまう。

 おまけに<散財>自体は、殺傷能力があるわけではない。手りゅう弾や地雷といったを爆発物を<散財>しても、ダンジョン内では起爆させられないからだ。

 せいぜい相手の注意を引く何かを出して、その隙に仲間に攻撃してもらわなきゃならない。

 つまり俺にはナデコのようなファイターが必要で、それは何人いてもいい。そのため、パーティ内の人間関係を円滑に保つ事が肝要で、恋愛トラブル等はできるだけ避けたいところだ。


 そして第二の柱、視聴者稼ぎ。トップランカーになって配信で稼ぐ。


 <散財>は切り札だからと言っても、仲間が戦ってる間、俺だけボケッと突っ立ってるわけにもいかない。戦闘に参加しない代わりに、適切なカメラワークで迫力のバトルシーンを映し出し、視聴者数を増やす事に専念すべきだ。

 俺の『債務者ダンジョンチャンネル』が、たった一日で三桁の登録者数を叩き出したのは、ナデコの格闘戦やそれに伴うハミケツ、膝枕ASMRが大きい。

 たくさん来た切り抜き職人たちからの動画転用依頼も、ナデコのシーンが目当てだろうし、登録者数を稼ぐためには可愛い女子は外せない。

 固定ファンのいるナデコだけでなく、今日から委員長も加わるわけだし、まだまだファン開拓の伸びしろはある。

 被写体が増えた分、撮影難易度は高くなるが、それも腕の見せ所。ヒキコモってDストリーマの配信ばかり見てた経験も、少しは役に立つってもんだ。


 いわずもがな、ナデコや委員長に彼氏ができたとなれば、視聴者数は激減する。

 まずは安定した収入が確保できるまで、恋愛関係はご法度にすべきだろう。



 というわけで、ナデコに返信する。

 他にも同行者がいる事を伝え、ダンジョン東口のDストリーマ管理局で待ち合わせする事にした。

 委員長には「おはよう、すっげー快適で助かった、ありがとう」と短く返事。

 アメリアは……まぁ狩り始めてからでいいだろうと、しばらく放置する事にした。


* * *


 部屋の引き戸がガラッと開き、朝の陽射しの中、懐かしいセーラー服が現れた。


「おはよう委員長……って、なんで夏休みなのに制服着てんの?」

「おはよう。制服の方が、配信映えするかなと思って」

「もしかして、これも?」


 委員長の左腰には、長めの木刀が紐で括られ吊らされていた。


「これは護身用。猪高くん、私の事守れないかもしれないって言ったじゃん」

「もしかして、剣道か何かやってた?」

「うん。小さい頃から、ちょっとね」


 委員長は木刀を構えると、元気よく前後に動きながら素振りを披露する。

 紺白セーラーの裾から脇腹チラリ、プリーツスカートから太ももチラリ。

 チラリズム満載な、黒髪セーラー服美少女剣士……ぶひいぃぃっ!

 まだ見ぬ視聴者たちの、歓喜の豚声が聞こえてくる。これは確かに、配信映え待ったなし!


「なんでそんなニヤケ顔なの?」

「いや、あの……セーラー服、スゲー似合ってるなと思って」

「自分の高校の女子の制服だよぉ? そう思うんなら、新学期からちゃんと学校きなさーい!」

「委員長が、木刀で脅すのはいけないと思います!」


 そんなこんなで俺たちは、ダンジョン東口のDストリーマ管理局に向かった。

 耐性試験と手続きを終えると、委員長と一緒に東口の階段を下りる。


「やだ……なんかドキドキしてきた」


 初ダンジョンに興奮を隠せない委員長は、木刀ではなくスケッチブックを持っていた。もちろんマッピングとかではなく、ダンジョン内部の様子をスケッチするためだろう。

 ちなみに今日の配信は、俺の『債務者ダンジョンチャンネル』で行ってる。

 とりあえず委員長は、ゲスト参加のお友達という事で紹介したのだが――。


:セーラー服委員長絵師! これは勝つる!

:どういう事だユウヘイ。なんでお前ばっかクソつよ女子とコラボできるんだ!

:初めての委員長スキル……字面だけで興奮するwww

:スキルは<風紀取り締まり>に決まってんだろ!

:ちょっと男子ぃ~!


 こいつら……委員長がチャンネル開設したら、速攻でそっちに流れそうだな。

 まぁそれはいいとして、俺も委員長のスキルには興味がある。

 やっぱり絵師だからペイント弾とか、描いた絵が動き出すとか、そういう系?

 それとも剣道絡みの、剣士系スキルになるんだろうか?


「いきます!」


 気合の掛け声と共に階段を降りきった委員長の頭に、ポンッとスキル名が現れた。


――スキル<絶対領域アイギス>を獲得しました。


 アイギスって……ギリシャ神話に登場する、伝説の盾とか防具だっけ?


「どいてどいて~!」


 この空気読まないタイミングで、既視感のある高い声。

 昨日と同じくナデコが、イカラビのリンクを引き連れてこっちに向かってきてる!?


「ユウヘイ! またあれやって! <散財>で、ニンジンいっぱい出して!」

「俺今日、お金持ってないんだよね……」

「あんたが空気読まないでどーすんの!」

「ナデコの空気読んでたら、俺まで周りの空気に合わせられなくなるだろ⁉」


 わちゃわちゃ言い争う俺たちを他所に、委員長は一歩前に出た。


「危ない、委員長!」


 イカラビの大群がすぐそこまで迫ってきても、委員長は怯まない。

 片手を前に突き出し、たった今備わったスキルを唱えた。


「<アイギス>!」


 ぼわっと全身で気圧の変化を感じると、委員長に迫って来たイカラビたちは見えない壁にぶつかって、次々弾き飛ばされていく。これは……?


 :こいつは、大気を圧縮した不可視の壁か!?

 :すげえええええ! めっちゃ有能なタンクスキルじゃん!

 :これはもう、ユウヘイ超えたな


 コメントが盛り上がりを見せる中、委員長は俺達を振り返る。


「今のうちに、一旦外に逃げよう!」


 俺とナデコを先に逃がし、委員長はしんがりを務めてくれる。

 不可視の盾――アイギスを展開すると、イカラビは階段途中で弾き返され、転げ落ちていく。

 昨日あれだけ手こずったのはなんだったんだと思いながら、俺たち三人はダンジョンを脱出した。

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