1-8 デビラビ☆イカラビ

 ナデコが大ジャンプで戻ってきた。当然デビラビもこっちに向かってくる。

 俺はナデコの手を引いて、デビラビから守るよう背中に回した。

 震える手でドスを握りしめ、ヤツとの距離を計る。


「ねぇっ! どうする気!?」

「いいから! 目え瞑って見てろ!」

「それじゃ見えないじゃん!」


 なるべく引き付ける……ギリギリまで我慢しろ。

 眼前まで迫ってきたデビラビは、死神の鎌を振り上げた。

 上から見下ろす化け兎。ルビーみたいな赤い視線が、まっすぐ獲物の俺を捉えた――今!


「<散財>!」


 突き出したドスに、いや、握りしめた手のひらから、強烈な光が放たれた!

 デビラビは悲鳴と共に大鎌を放り出し、両手で目を覆ってパニック状態に陥る!


 ウサギは薄明薄暮性はくめいうすぼせい――明け方や夕暮れに活動する性質を持ち、人の目の八倍、光に敏感と言われている。

 ダンジョン生まれのイカラビ、ボス級のデビラビさえも、俺が初めてスキルを使った時、強烈な光にビビってた。つまりこいつは恰好の目くらまし。

 しかも――。


 ――お金が足りません。キャンセルしますか?


 スッカラカンの俺だって、光だけならタダで使えるって寸法よ!


「キャンセルだっ! 債務者がそう何度も、<散財>できるわけねーだろっ!」


 叫びながら、デビラビの腹めがけて体当たりをかます。

 ブスリと刺さった手応えと、獣の絶叫。俺は両手でドスを握りしめ、前に倒れ込むように、もふもふ毛皮を斬り裂いた。


「ナデコっ!」


 間髪入れずナデコが、腰の乗った前蹴りをデビラビの腹にぶち込む。

 毛皮の裂けた傷口にナデコの細い足がめりこむと、デビラビは二、三歩後ろによろめき、うつ伏せに倒れかける。

 その動きに合わせるように、ナデコはくるっと一回転。丁度いい塩梅あんばいで落ちて来たウサギの顎に、パワフルな上段後ろ回し蹴り!

 身長二メートルを超える大ウサギは空中できりもみ回転し、頭から地面に叩きつけられた。

 その巨体が薄っすら透けたかと思うと、でっかい魔石を残し消滅する。


:すっげええええええ!

:体毛の薄い顎を、狙いすましたかのような回し蹴り!

:マジでドスと蹴りだけで、デビラビ討伐しやがった……

:債務者、光のお漏らしでアイドル配信者を救うwww


 俺はコメント流し見しながら、意識が遠のいていくのを感じていた。

 今気を失ったらダメだ……まだ大量のイカラビが残って――。


「気がついた?」


 どれくらい時間が経ったのだろう。

 目が覚めると俺は、地面にお尻をぺたんと付けたナデコに、膝枕してもらっていた。

 相変わらず足首はじんじん痛むけど、首後ろに感じる温もりと甘い匂いが、心身ともに癒してくれる。


「ごめん……俺、どれくらい寝てた?」

「数分だと思うよ」


:おい債務者、目ぇ覚めたんならそこをどけ!

:いつからイチャコラカップル配信に!?

:俺知ってる。この後こいつら、めちゃくちゃ〇〇〇するつもりだ!


 互いのドローンが投影する嫉妬、冷やかし、羨望コメントは、まるで尽きる事ないマシンガン。呪詛で埋め尽くされるコメントスペースを見て、俺は変な汗をかきはじめた。


 ヤバイよヤバイ……こんなの、絶対炎上案件じゃん!


 配信始めたばかりの俺はまだいい。

 でもナデコは、ハマムス追放されても固定ファンが付いてくるほどの、人気アイドル配信者だ。男に膝枕なんてイメージダウンも甚だしい!

 焦った俺は上半身を起こそうとするが、ナデコは肩口に手を置き、それを許さない。

 それどころか、冷たく優しい指先で俺の前髪を撫で、男の抵抗力を奪っていく。


「ナデ……」

「ん?」


 吐息のような相槌を打つナデコは、ファイターともサイコパスともほど遠く。

 まるで本物の女神がそこにいるかのように……って、アイドルなんだからクソ可愛いのなんて当たり前だろ!?


「他の! イカラビは⁉」


 照れ隠しも混じった大声を出し、勢いつけて半身を起こすと、ナデコは黙ったまま目線を他に向けた。

 紫眼が指し示す先に、イカラビは百匹以上いるけれど……その全員が俺達に背を向け、ダンジョン入口に気を取られている?


「なんか、助っ人が来たみたい」

「マジか!? 助かった……」

 

 その時、ごうっという熱風と共に、ダンジョン入口に火柱が上がった。

 爆炎はウサギを丸焦げにしながら、俺たちに近付いてくる。

 やがて現れた助っ人は……キャップの後ろから出した金髪ポニーテールが印象的な、掘りの深い美人さん。

 両手に炎を纏わせて、イカラビを次々魔石に変えていく。

 あれ? この人どこかで見た覚えが……。


 :おお、この娘は<炎付与ファイア・エンチャント>だ!

 :金髪姉さん強すぎひん?www

 :獣系の魔物は、総じて火に弱いからなあ


 新手の炎使いに怖れをなしたか。イカラビ残党は俺たちの脇をガンガンすり抜け、ダンジョン奥へと逃げていく。

 金髪碧眼の助っ人は、俺とナデコを見つけるとつかつかと歩み寄り……デビラビが残していった大きな魔石を拾い上げた。


「……それっ、私たちの!」


 ナデコが声を上げた途端、デニムのショーパンから伸びるムチムチ足が、俺の腹を踏んづける⁉


「ぐへえっ!」


 サディスティックな笑みを浮かべる外人顔を仰ぎ見ると……顎にひやりとした感触が蘇る。

 そうだ、思い出した。

 こいつ今朝、家に来てた――、


「おまえ……本牧スヌープチックの取り立て屋かっ!」

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