1-9 返済

 ダンジョンは年齢制限があるから、裏稼業三勢力も入ってこれないと高をくくっていたが……この子は十代だったのか。

 考えてみればストリートギャングなんて、ティーンネージャーしかいないもんな。


「ふん、よく覚えてたね。あたしはアメリア。猪高雄平、あんたの借金取り立てに、わざわざダンジョンまで来てやったよ」


:まさかのパツキンねーちゃん取り立て屋キターーーー!!!

:本名バレもキターーーーーーwww

:返済の時間だああああああwww

:へ・ん・さい☆彡 へ・ん・さい☆彡


 怪訝な顔で盛り上がるコメントを眺めるアメリアだったが、我意を得たりとデビラビ魔石をドローンに見せつけ、爆乳の谷間に押し込んだ。


「こいつは借金のカタに戴いてく。心配するな。今月の利息分にはなるだろうよ」


 :あの大きさの魔石を、完全に見えなくなるまで挟みこむううう!!!

 :すみません。僕の魔石も挟んでください!

 :その粗末なマラ性器をしまうんだよおおお!

 :へ・ん・たい☆彡 へ・ん・たい☆彡


 下ネタコメントを満足そうに眺めると、アメリアは胸の開いたTシャツと、ショーパンの上に覗く可愛いへそを揺らして、俺の腹上で激しくツイストする。


「ごぼげぼげえええっ!」


:これはもはや……ご褒美では!?

:どうしよう。債務者が羨ましくなってきた

:取り立て娘に踏んでもらえるなんて、この闇金サービス満点じゃん!


「いい声で鳴く豚だねえ、気に入ったよ」

「やめて」


 ナデコがキッと睨みつけると、アメリアはようやく足を離した。

 ゲボ吐きそうなくらいえずく俺に、ぺらっと一枚紙を見せつける。

 その標題は、債権証書。俺をダンジョンに縛り付ける、三つある足枷のひとつ。


「いいかいユウヘイ。あんたはあたしら『スヌープチック』に、五千万返済しなきゃならない。普通の高校生にゃ無茶な金額だが、初日からこれほどの魔石を稼げるあんたなら、四年もやりゃあ完済できるだろうよ」

「あ、はい……頑張ります」

「じゃあ今持ってる魔石か金、全部出しな」

「へ?」

「だから、取り立てに来たって言ったろ。こんな魔石一個じゃ、利息分にしかなりゃしねえよ。借金てのはな、元本減らしていかないと無くならないんだよ」

「あ、えーと……ありません」

「は?」

「さっきの<散財>で使っちゃって……ありません」

「ふざけんなよてめえ!」


 胸倉捕まれ立ち上がる。熱気と拳を振り上げて、金髪ギャング娘は蔑むようなガンを飛ばしてくる。

 

「イカラビめちゃくちゃ狩ったから、デビラビやってきたんだろーが⁉ 嘘吐きはハリセンボンじゃ済まさねえ。摂氏一〇〇〇度を飲ませるぞ!」

「ひいいっっっ!」


 天国の膝枕から、地獄の業火に叩き落とされた気分。

 そんな俺に蜘蛛の糸を垂らすのは、やっぱり空気を読まない女神ナデコだった。


「ちょっと待って。さっきの魔石の半分は私のモノ。いくら借金取りだからって、ヒトの稼ぎを根こそぎ持っていかないで」

「ああ? なんだ文句あるのか?」

「あるから言ってる。魔石を持ってくなら半分返して。もし返さないなら……この映像を証拠にDストリーマ管理局に訴えて、あなたを窃盗の罪に問う。ついでに、脅迫罪も付けてね」


 珍しく理詰めで話すナデコに、アメリアは舌打ちを打って俺を突き放した。


「半分返せと言われても、こいつは魔石だ。この場で割るわけにもいかないだろ」

「じゃあ全部あなたにあげる代わりに、今日の借金取りはそれで終わりにして」

「随分気前がいいじゃないか。あんた名前は? ユウヘイのなんなんだ?」

「私はナデコ。ユウヘイは私の仲間よ。私たち、追放仲間だから」


 仲間。

 その言葉が胸に染み入り、鼻の奥がツンと痺れる。


「へぇ……まぁ、良かったなユウヘイ。今日はナデコの顔に免じて、これで勘弁してやる」

「ひゃっ、ひゃい!」


 いきなり話を振られた俺は、情けない声で返事してしまう。

 アメリアはパツパツの尻ポケからスマホを取り出すと、ポチポチしてからナデコに突き出した。


「ほれ、そういう事ならアドレス交換すんぞ。スマホ出せ」

「あ、うん」

「おいユウヘイ! おめーもだ!」

「え?」

「次からダンジョン潜る時は、事前にあたしに連絡しろ。取り立てに来てやっから。あ、あとお前のチャンネル登録しといたから、もし連絡なしで配信したら……」

「どうするの?」


 なぜかウキウキ顔で訊くナデコ。

 アメリアは、握った右拳に大きな炎を噴きあげて、自慢げに言い放つ。


「デッカいライターでじっくり炙って、マヨネーズと七味をかけてやる!」

「サキイカみたい!」


 喜ぶな! ってかナデコって、そういう謎かけは読めるのな⁉


「分かりました。しますします、必ず連絡します!」

「よろしい」


 三人で連絡先を交換し合うと、ナデコは両手でスマホを握りしめ、嬉しそうに微笑んだ。


「これからよろしくね、ユウヘイ」

「え?」

「私が借した三千円。次潜る時、ちゃんと返してね」


 ナデコは、少し頬を赤らめて……もしかして!?

 もしかして俺の事、ちょっといいなとか思い始めてる!!??


「あ……ああ、もちろん、俺も、うん――」


 なんて言えばいいか迷っていると、ナデコはくるっと背中を向けた。


「ねぇアメリア、あなた今どこに住んでるの?」

「ああ? なんでだよ」

「私、事務所の寮も追い出されちゃって。今夜の寝床を探してるの」

「なら、あたしのストリート来るか?」

「ストリート?」

「ストリートギャングは、ストリートで寝泊りするもんなんだよ」

「あ、ごめん。やっぱいい」

「ふざけんなテメー」


 二人は仲良さそうに会話しながら、イカラビの残した魔石を拾い集めると、そのままさっさと階段を上って行ってしまう。


「あ、あのー……」


 遠慮がちに呼び止めようとするも、二人の背中はとうに見えなくなっていた。

 残されたのは、足首腫らして歩く事もままならない、無一文の多重債務者。


 さっきまで騒がしかったダンジョンは、しーんと静まり返っている。

 仕方なく、魔石ひとつ落ちてない石畳を、一人びっこ引いて帰るわけだが……。


 あれー、おかしいなあっれー? 

 惚れたかどうかはともかくとして、仲間なんだから一緒に帰る流れじゃ……あっれー??

 女の子同士、仲良くなるのはいいけどさあ。

 もうちょっとこう、俺にもなんかあって良くない⁉ 


:元気出せユウヘイ。チャンネル登録と高評価、しといてやったから

:ここまで頑張って借金増えただけなのかw お疲れw

:次もナデコとコラボ配信すんの? いつやんの?

:ダンジョン第一階層、十数メートルでこの濃さw しかも初配信w


 身体ボロボロ、心シワシワな俺を、コメントのみんなが励ましてくれる。

 ダンジョン配信も、悪い事ばかりじゃない。

 こうして皆が見守ってくれるなら、どんな結果になろうと怖くない。

 初日の魔石を全部持っていかれても、虎の子の五千円を失っても、借金三千円上乗せしても、寂しくないもん!!


「みんな、ありがとう。また潜るから、その時はきてくれよな!」


 最後にお礼を言ってから、俺は配信を切った。

 気が付くと、チャンネル登録者数は三桁。配信視聴数ももうすぐ四桁というところまで伸びていた。

 初配信でこれって……結構スゴいかもしれない⁉

 数字を見てるだけなのに、胸に去来する何かを感じる。


 そうか、これが、そうなのか。

 ただの数字が、ただの数字じゃなくなる日。

 俺は今日、Dストリーマになったんだ。


 ヒキコモリだった俺は、いつも一人だった。

 友達も、家族も、恋人も。仲間どころか応援してくれる人もいない。

 そんな俺でも、ダンジョンに潜れば一人じゃなくなる。

 人の強さ、優しさ、厳しさ、弱さ。いろんな気持ちに触れる事ができた。


 二十歳になるまであと四年。

 耐性がなくなるまで、あとたった四年しかダンジョン攻略はできない。

 その四年で借金完済し、ヤクザの家から足を洗い、母さんと一緒に暮らせるようになるだろうか?


 いや、やる。やれる。やり遂げる。

 スキル<散財>を使いこなし、パーッと二億くらい稼いでやる。

 それが頭パーッな債務者の、ダンジョン返済計画なんだから!



* * *



【本日の収支】


<散財>: -7,412円

<散財残金ポイント>:588p


(散財内訳)

・ニンジン3本入りパック218円 x 34パック=7,412円


収入:0円


【負債詳細】

負債総額:- 200,003,000円


(内訳)

曙町「猪高組」組長・猪高源治:50,000,000円

本牧「スヌープチック」:50,000,000円

中華街「蛇尾」:50,000,000円

野毛「園崎組」:50,000,000円

有栖川ナデコ:3,000円


【備考】

本牧「スヌープチック」への8月利息=支払い済み。金額は不明。



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【読者の皆さまへ、作者からのお願い!】


 ここまで読んで下さった皆さま、本当にありがとうございます!


 面白かった! 続きに期待! 借金完済するまで読みたい! と思った方は、


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 ぜひぜひ応援よろしくお願いします!


 いやホント、モチベ全然違ってきます!

 マジのマジでお願いです!!!

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