1-7 スキル<散財>

 五千円札、握りしめた拳から、目も眩む光がどんどん広がっていく!?

 周囲のイカラビ、目前に迫ったデビラビ、ナデコまでも。

 スキルのもたらす聖なる力に、皆が慌てふためきビビりまくってる!


 スキル<散財>……もしかしてこれって、とんでもない当たりスキルでは⁉

 と、思ったのも束の間。


――お金が、足りません。


 どこからともなく、抑揚のない機械音声が聞こえてきた。


「え?」 


――<散財>発動に、あと二,四一二円足りません。残金をお支払いください。


「えええっ⁉ だってこれ、俺の全財産だよ⁉ これでなんとか発動してよ!」


――できません。キャンセル、しますか?


「どおおおしてだよおおおっ! ちょっとくらい、まけてくれたっていいじゃんかよおおおっっ‼」


――ダメです。スキルキャンセルまで、五、四……


 魂の懇願はあえなく却下され、無慈悲なカウントダウンが開始される。

 俺は膝から崩れ落ちるように倒れ、地面に手を付いた。


 まただ。

 どうして俺はいつもいつもいつも、肝心な時に何もできない……。


 乾いた石畳に、歪な斑点ができあがる。

 零した涙の跡さえも、綺麗な円になりきれない。そんな不格好な自分が情けなく、次から次へと涙の粒が落ちていく。


:あーあ、泣いちゃったああああああ!

:債務者にスキル<散財>は、スキルなしも同じって事か……

:地獄の沙汰も金次第でワロタw


――三、


 知らない誰かのコメントが、刃となって突き刺さる。

 でも……ちくしょう。この土壇場で、たった二千円ちょい工面できない債務者が、何を言い返せるってんだ。

 神様はどうしてこんな、クソ役立たないスキルを俺に――って。


 ホントはわかってんだろ?

 神様なんて関係ない。全部自分のせいだって。


 振り返れば挫折と苦難、失敗ばかりを繰り返してきた。

 そのたびに運が悪いと言い訳し、嫌な事から、成長するチャンスから逃げてきた。

 そんな俺を、神様が不運の狙い撃ちなんてするはずもない。

 勝手にやさぐれて、勝手に死んでいくだけなんだから。


――二、


「顔、上げなよ」


 その時、透き通る美声が頭の上に降り注いだ。

 見上げると、涙のベールの向こうには、慈愛の笑みを湛える銀髪紫眼の女神様が。

 ナデコは俺の前にしゃがみこみ、千円札を三枚、ひらひら上下に振っていた。


「貸したげる」


 五月晴れの青空を泳ぐ鯉のぼりのように、意気揚々と踊る三枚のふだ

 俺は手を伸ばし、震える指先で紙幣を摘まむ。

 動きを止めた三千円は、途端に神々しい光を放ち始めた!


――発動条件を満たす金額を確認しました。当該スキルをご発声下さい。


「債務者のおごりを……ただのおごりだと思うなよ!」


 立ち上がり、周囲のイカラビをめ回す。

 光る八千円を高々掲げ、ありったけの声で言い放つ!


「スキル<散財>‼」


 宙に放った八千円が、光の粒となり消え失せ……。

 俺とナデコを中心に、無数のニンジンが飛び出した!

 イカレラビットは鼻をもたげ、我先にとニンジンに飛びつく。


:なっ……なんだってー!!1!!!

:ニンジンきたああああ!

:これがスキルって、マ!?


 弾幕となって流れてくコメントを無視し、ナデコに叫ぶ。


「今だナデコッ!」


 振り向いた先に女神はいない。

 女戦士となったナデコは、デビラビに向かって猛然とダッシュをかましていた。


 薙ぎ払われた大鎌をジャンプして躱すと、その勢いのまま飛び蹴りで、デビラビの鼻を潰す。

 巨大ウサギが地面に倒れると、ナデコは両足揃えて大ジャンプ! 空中で一回転した落下キックが、モフモフの腹を踏み潰す。


:走れユウヘイ! ナデコのバトルをもっと近くで撮れ!

:見逃すな! <兎特攻ラビットマスター>VS デビルラビット!

:ガチ勢パーティでも、なかなかお目にかかれないマッチアップ!

:ナデコたんふつくしいいいいい!


 足首痛めてまともに歩けない俺に、コメントの格闘ニキたちは無茶言ってくれる。

 ニンジンに夢中なイカラビたちを放って、俺はびっこ引きながら、なんとかベストポジションを確保した。


 あれだけの連続攻撃を喰らっても、デビラビは消滅しなかった。

 大鎌を杖代わりに立ち上がると、力任せのスウィング攻撃を仕掛けてくる。


 ナデコは素早いステップで大鎌を躱すと、得意の後ろ回し蹴り! もふもふの腕でガードされるも、俊敏な切り返しでボディに肘鉄を放つ。

 それでもデビラビは倒れない。懐に入った小娘を捕まえようとするも、ナデコはもふもふの腕をかいくぐり、バックステップで距離を取った。


「攻撃が効いてない⁉ <兎特攻>も、デビラビ相手じゃ誤差なのか⁉」


:それはない。打撃技とデビラビの相性が悪いってだけで

:デビラビの毛皮は分厚く、耐衝撃吸収性に優れる。刃物じゃないと厳しいかも

:徒手空拳は、体格差のハンディが如実に出るものでござるしのぉ


 有識者のコメントで、後ろのベルトに差しっぱなしだったドスを思い出した。

 これなら、ヤツのもふもふ毛皮を切り裂けるかも!?

 でも――。


:ナデコ嬢は昔から、刃物NGでござる。やるならユウヘイ殿自らで

:ユ・ウ・ヘイ☆彡 ユ・ウ・ヘイ☆彡

:債務者スキル<鉄砲玉>を発動しろwww


 コメントニキの言う通り、ナデコはハマ☆ムスメの配信でも、空手をベースとしたマーシャルアーツでイカラビばかり狩っていた。

 そんな彼女にドスを「どーっすか?」と渡しても、素直に使うとは思えない。


 となれば、やはり俺が一太刀浴びせるしか。

 でも……ズキズキ痛むこの足で、どうやって戦えと!?


 :<散財>☆彡 <散財>☆彡

 :このままじゃジリ貧だぞ! もっかい<散財>使えwww

 :イカラビも、そろそろニンジン食べ終わる頃だぞ!


 そんな事言われても、俺はもう一銭も持ってない。

 債務者が金もなしに<散財>すればどうなるか……分からない。

 違うだろ。分からないならやるしかない。

 一筋の勝機に全てを賭けるのが、債務者だろーが!


「ナデコ! こっちに戻ってこい!」

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