1-6 楽園追放、その末に

 次々襲い掛かるイカラビを、華麗な連続蹴りで屠っていくナデコ。

 そのたびに、小指の先ほどの小さな魔石が、ちゃりんちゃりんと石畳いしだたみを踊る。


 ダンジョンの魔物は致命傷を受けると、魔石を残し消滅する。

 強い魔物であればあるほど大きな魔石を落とすが、イカラビの魔石は一匹一〇〇円程の小さなもの。大した強さじゃない。

 それでも何十匹も同時に相手にしなきゃならないのなら、難易度は変わってくる。

 それは<兎特攻ラビットマスター>、ナデコでも同じ事。

 多勢に無勢の彼女は、少しずつイカラビの攻撃を喰らい始めていた。

 このままじゃいずれ体力も限界がきて……やられちゃう!?


:さすがにこの数は、ヤバイんじゃないか?


 視界の片隅に一言、文章がよぎって行くのが見えた。

 それを皮切りに、ドローンが投影するスペースに、いくつかコメントが流れ始めた。


:初見でーす、ユーヘイヘイ☆彡

:おいおい、『債務者ダンジョンチャンネル』ってなんだよwww

:こっちのカメラ、ナデコたんのハミケツ見れてサイコーw

:おいこれマジでやべえぞ。いくらナデコでもこの数のイカラビは無理だろ

:ユウヘイ、逃げるか手伝うかなんかしろw


 ゼロだったはずの視聴者数が、いつの間にか二〇人……いや、どんどん数字が増えていく!

 どうやらナデコの視聴者が俺のチャンネルを探し当て、こっちに乗り換えて来たようだ。


:おい、ユウヘイのスキル<散財>ってなんだよwww 債務者なんだろwww

:借金持ちが、散財するなwww

:ナデコが足止めしてるうちに、早く階段上って逃げちゃえ!


 視聴者が垂れ流す、勝手気ままなコメントを見て思い出した。


 そうだ、俺にもスキルがあるじゃないか。

 <散財>がどんなスキルでどんな効果があるかも分からない。

 けど……今使わないでいつ使うってんだ!


「ナデコさん! スキル使うから、一旦引いてください!」


 ナデコは背中越しに俺を一瞥すると、バッと後ろに飛んで並び立つ。

 イカラビも追い駆けてくるかと思ったけど……ヤツらは俺達の周りを取り囲み、絶対逃がさん陣形を取ってきた。

 荒い息もそのままに、ナデコは俺に訊ねる。


「あなた、ユウヘイっていうのね。スキルはなに?」

「えと、あの……<散財>、です」


 一瞬きょとんとした顔を見せると、ナデコは腹を抱えて笑い出す。


「あはははははっ、散財って、何かおごってくれんの!? あはははは! こんなヤバイ状況で、何をおごってくれるってゆーの??」

「そんなの俺にも分かんねーよっ! 今日初めてもらったばっかのスキルなんだから!」

「マ!? ホントのホントに新人さんだったんだー!」


 けらけら笑いながら、俺の肩をバンバン叩いてくるナデコ。このヤバイ状況で笑い転げる、そっちの方が神経ヤバイっつーの!

 と呆れていたら、お気楽な笑い声がぴたりと収まった。

 訪れた静寂に、今まで気付かなかったドデカい足音が、遠くから聞こえてくる。

 ナデコは舌なめずりすると、ダンジョン奥の通路を「もう、来ちゃったか」もう、来ちゃったか」

 学校遅刻しちゃったーくらいの軽さで、ナデコは舌出し目を細める。


「てへぺろで済ますな! それってあんたが喚び出したようなもんじゃないかっ!」


 基本、ダンジョン内で消滅した魔物は一定時間経つと、同じ個体が同じ場所に復活リポップする。

 ところが短期間、同じ場所で何匹も倒されると、その数段上の上位種が異常出現イレギュラーポップする事がある。

 当然、その階層が適正レベルの者では歯が立たないほどの強敵で、これが原因で弱い敵ばかり乱獲する手法は推奨されていない。


「ナデコさんは<兎特攻>ですよね? デビルラビットにも勝てるんですか?」

「さんはいらない、ナデコでいいよ。デビラビは……どうだろう。一対一ならともかく、ちびっ子達に邪魔されちゃうと……」


 取り囲む一〇〇匹ほどのイカラビを見渡して、ナデコは「でしょ?」とでも言いたげに首を傾げた。

 まぁ……確実に勝てるなら、わざわざリンク引き連れてこないわな。


 イカラビは弱いけど、頭の良い魔物だ。

 こうして俺達を取り囲んだのだって、デビルラビット到着まで逃がさない意図が見て取れるし、階段方向により多く配置されてるあたり、挟撃の意思も感じる。

 デビラビとナデコが戦闘に入れば、背後から一気に襲い掛かってくるに違いない。


「そういえばハマムスのメンバーは? 誰も助けに来てくれないの?」


 ナデコは「あははあ」と、笑顔と溜息が混じった声を出す。


「実はあたし、『ハマ☆ムスメ』追放されちゃったんだよねー。それでムシャクシャして乱獲してたー……とか、言い訳したりして」


:ナデコは元々、ソリストだからなあ

:他のメンバー呼んでも、あんまり戦力にならんしなあ

:個人勢時代のイカラビ専門チャンネル、残しておいて良かったよなあ


「もうっ、そんなに言われたら照れるじゃない」


 ナデコはコメントを見て、赤い頬を両手で挟んで首を振る。

 別に褒められてるわけでも、恥ずかしがる場面でもないと思うぞ。


 それにしても……配信で見るまんまなんだなあ、ナデコって。

 ハマムス追放されても、全然めげてる感じしないし。

 絶体絶命のピンチもどこか達観してるというか。今の危機的状況すら、楽しんでるように見える。

 ずっと弱気で焦ってばっかいる俺が……バカみたいじゃないか。


「なんでそんな笑ってられんのさ。死ぬかもしれないってのに」

「うん? まぁ運が悪きゃ死んじゃうかもね。でも私、運いい方だから」

「悪いだろ⁉ ハマムス追放されて、リンクに追っかけ回されて、挙句の果てに俺みたいなクソ素人に捕まって、足引っ張られてる。それのどこが運いいって言えるんだ⁉」

「言えるよ」


 殺気立つ、イカレた赤目に囲まれて。

 絶体絶命の空気なんざ死んでも読んでやるもんかと、銀髪紫眼のアイドルDストリーマは、堂々ピンチを笑い飛ばす――、


「だって私は生きている。昨日も、今日も、これからだって。運を良くして生き延びる!」


 クソ可愛い笑顔で、クソ大きな紫眼で、クソ決まった覚悟をもって。

 その姿が眩しすぎて、俺は顔を伏せてしまう。


「どうしたの?」

「俺……ニートなんだよ。ヒキコモってたら知らない間に借金背負ってて、ダンジョンで稼いで来いって、家追い出されて」

「へー、そう」

「だから、ごめん。運がないのは俺の方だ。いきなりピンチに出くわしたのも、不遇スキルだったのも、きっと俺が――」

「んじゃ私たち、追放仲間だね。ユウヘイ!」


 空気も読まなきゃ、人の話も聞いちゃいない。

 ナデコはただ言いたい事だけ言って、サイコな微笑みを湛えるだけ。

 でも――それがなぜか心地よい。


 アイドルの楽園を追われたナデコ。ヒキコモリの楽園を追われた俺。

 何の因果か追放された者同士、同じピンチに叩き込まれたわけだから。

 運だ不運だ言う前に、二人協力して立ち向かうしかないって――、

 そんなの分かりきってんだろ!!


「ナデコさ……もし俺が一人でイカラビ全員相手にできたら、デビラビ相手でも勝てるって事だよな?」

「それはそうだけど……できるの?」


 できるかどうかなんて知らん。やれる事をやるだけだ。

 俺は尻ポケットから財布を取り出した。

 マジックテープをバリバリ剥がし、虎の子の五千円札を握りしめる。


「賭けてやる、債務者の全財産! 頼むぜスキル、<散財スプラージ>!」

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