1-5 出会いはリンク

 さん、ざい?


 俺、財布の中、五千円しか入ってないんだけど……。

 スキル使ったらお金貯まるどころか、逆に散財しちゃうわけ!!!???

 そんなの返済どころか、ますます借金増えてっちゃうじゃん!


 脳裏に、色とりどりのコンビニ菓子を囲んで、魔物と楽しげにパーティする絵が浮かんだ。

 これっていわゆる……外れスキル⁉

 俺のダンジョン返済計画、いきなりオワタじゃん!


 頭を抱えてうずくまってると、ダンジョン奥から誰かがこっちに走ってくる。

 パーカーにフードを目深に被ったマラソンランナーは、顔は見えないけど、短パンから伸びるスベスベ足で女の子だと分かる。


 あ~あ~、いいな~、女の子!


 やっぱエンジョイ勢で人気のダンジョン配信といえば、かわいい女の子の『ダンジョンで〇〇やってみた』系だよなあ。

 きっとあの子も『ダンジョンでゆさゆさマラソンしちゃうぞ配信』とか言って、サムネに胸の谷間バーン出して、大儲けしてるんだろうな。

 男が『ダンジョンでブラブラ体操しちゃうぞ配信』とか言って、サムネに股間バーン出しても、誰も見向きもしないだろうし……その前に垢バンか。


 我ながらゲスい事考えながら視線を送っていると、彼女の背後にぴょんぴょん飛び跳ねる、黒い影に気が付いた。

 しかもその影は無数にいるようで……。

 まさかあれ、イカレラビットがリンクしてんのかっ⁉

 

「そこの君! 逃げて逃げてえええっ‼」


 リンクとは、逃げ出したDストリーマを魔物が追い駆けまわす事によって、その道中の魔物全てを呼び寄せてしまう現象。結果、魔物の大群を引き連れてダンジョン内を駆けずり回る大迷惑行為となり、巻き込まれたが最後、関係ない人まで魔物の餌食になってしまう。


 だが慌てるな俺。ここは第一階層東口、地上出口への階段すぐ近く。

 魔物はダンジョンから外に出れないので、階段を上ってしまえば追ってこない。

 俺は背を向け、一目散に逃げ出そうとした――、その時。


 ぐきっ。


 長いヒキコモリ生活が祟ったのか。俺の右足首は急な方向転換に耐えられず、嫌な音を立て明後日の方を向いてしまった。

 それと同時に猛烈な痛みが足首を襲い、俺は悲鳴を上げてその場にしゃがみこんだ。


「なに悠長に靴紐結んでんのっ! 早く逃げてって言ってんでしょおおおっ⁉」


 うずくまる俺の傍まで来た女の子は、俺の手を取り強引に立たせようとする。

 なんとか立ち上がるも……足首に走る激痛で、一歩たりとも動けやしない。


「右足、怪我してるの?」

「なんか、捻ったみたい」


 女の子は二、三歩後ずさると、拳大こぶしだいに腫れあがった足首を凝視する。

 次いで、すぐそこまで迫ってるイカレラビットの大群を振り返った。

 彼女が次に取るべき行動は……言うまでもない。


 人生、オワタ!


 よくよく考えりゃ……クソザコニートのヒキコモリが借金二億もふっかけられ、臓器売るぞと脅されて、言われるがままダンジョン来た時点で詰んでたんだ。

 筋トレしてるし、チートスキルもらえばワンチャンとか思ってた自分が、今となっては腹立だしい。

 いかにも現実見えていない……ニート丸だしおこちゃまムーブ。

 事実、ダンジョン入って一〇メートルで、お先真っ暗なんだから!


 逃げると思われた女の子は、その場に立ち尽くし微動だにしない。

 優しい子だ……自分のせいで怪我させた俺を放って逃げてもいいのか、葛藤してるのだろう。

 ラビット系最弱と言われるイカラビも、リンクとなればかなりの強敵。

 怪我人守りながら殲滅なんてまず無理だし、無駄に図体ばかりデカいニートに肩貸しても、よちよち歩きで逃げきれるはずもない。


 このままだと、二人一緒にウサギの餌食――それだけは、避けなきゃならない。


「なにボーっと突っ立ってんだよ⁉ 俺の事なんか放っといて、さっさと逃げろ!」


 棒立ちフードに、精一杯の虚勢を張る。

 我に返った彼女は、シュタッと右手で手刀を立てた。


「じゃ、悪いけど逃げちゃうね!」


 ウサギの大群が追いつく寸前、彼女はくるっと背中を向けた。

 そうだよ、いいんだ、これで。

 食われるなら、二人より一人の方がいいに決まってる。

 運も実力もない俺が犠牲になれば、この子は助かるかもしれないんだから。

 降って湧いた二億の借金だって、返さなくってよくなるんだから。


 認めるよ。

 俺には運も実力もないって事を。

 でもな、でもせめてな。

 せめて俺は真っ当でいたい。

 命尽きるその時まで、真っ当な人間でありたい。


 クソったれなヤクザのオヤジ。

 容赦のない、三大裏稼業の取り立て屋。

 俺と母さんを捨てたアイツなんかと、


 同じ人間に、なりたかないんだっ!


 飛び掛かって来た最初の一匹に、お守り代わりのドスを突き出そうとした瞬間――竜巻のような回し蹴りがイカレラビットにクリーンヒット!

 白い塊はバレーボールのように地面に弾むと、魔石となって転がった。


「なっ……!?」

「なーんて残念。ここで逃げちゃうような、空気読める女じゃないのっ!」


 尻餅ついた俺は、スベスベ生足振り上げる女を仰ぎ見た。

 キックの勢いで首後ろにフードを落とした彼女は、銀髪セミロングをたなびかせ、大きな紫眼しがんをこれでもかと輝かせる――笑顔がホラーなサイコパス。


:お手本のような後ろ回し蹴り、サイコー!

:初心者陰キャをノリツッコミで助ける女、爆誕。

:ナデコ△!


 彼女の斜め後ろを飛ぶドローンが、配信コメントを宙に投影する。


 そう。俺の覚悟を無下にした女は――人気Dストリーマ『ハマ☆ムスメ』の、アイドルファイター。

 空気読めない有栖川ナデコだった。

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