1-2 借金とダンジョン

 ヤクザの組長に威圧感マックスで睨まれた俺は、慌てて毛布を蹴飛ばし、部屋着上下ジャージのまんま、ベッドの上で正座した。


 頭の中では「なぜ?」「どうして?」の疑問符だけが乱れ飛ぶ。


 半年前、とある事情でヤクザの家に養子として引き取られた俺だが、オヤジは俺に全く関心を示さなかった。高校の入学式はもちろん家の中でも、ほとんど顔を合わせた事がない。

 入学してすぐ、部屋にヒキコモるようになってもそれは同じで……そんなオヤジがなぜ夏休みの今? どうして自分ちのドアまで爆破してっ!?


「優平……お前ヒキコモってた割に、随分身体ガッシリしてんじゃねえか。筋トレでもしてたのか?」


 正座で奥歯カタカタいわす俺の身体を、オヤジはベタベタと触り始めた。

 この距離感……気色悪い以前に気味が悪い。


「せ、精神科の先生が、うつ病は身体を鍛えるのもいいって……」

「ほう……おい、矢部ぇ!」

「へい」


 これまた、一目でモノホンのスジモンと分かる男が、部屋の入口に現れる。


「優平のうつ病診断した医者んとこ行って、完治の診断書取ってこい! こんな健康体のヤツがビョーキなわけあるか。ヤブ医者め」

「ひゃっひゃっ! 詫びに爪でももらってきます? それとも小指エンコ?」

「バカ野郎! 儂らは泣く子も黙る健全企業、猪高興業だぞ! ……不動産屋に掛け合って、そのヤブ医者んとこのテナント料、十倍にしてこい」

「げへっ! 分かりやした。ついでにウチ系列の闇金も紹介しておきましょうかね。坊ちゃん知ってます? ウチはトゴよトゴ、十日で五割! 儲かって仕方ねえですなあ! ひゃーはっはっは!」


 カマキリ顔に下卑た笑いを浮かべると、矢部さんは死神のようにすーっと部屋を出て行った。うわわわ、先生逃げてえええ!


「さて優平、これでお前のうつ病も完治したわけだ。おめでとう。早速で悪いが、儂から借りた金を返してくれんかのぉ?」

「え?」


 オヤジは内ポケットから紙を取り出し、これ見よがしにパーンと弾いて広げてみせた。


 標題は、漢字三文字、借用書。

 借主かりぬし欄には、俺のサインとハンコが押印されていて……。

 その返済額は、いちじゅうひゃくせん、いちじゅうひゃくせん……二億円!?


「ちょっ、なんなんですかこれ!? 俺、初めて見ましたよこんなん!」

「そりゃそうだろう。トレーシングペーパーでお前のサインをこっそり書き写して、ハンコも儂が用意したものを、印鑑登録させたからな」

「思いっきり詐欺と公文書偽造じゃないっすか! 健全企業どこ行ったんです!?」

「お前……儂にこれーぽっちも借金してないと、本当に言い切れんのか?」

「言い切れますよ!」

「お前がこの家に来て半年、色々かかってるようでなあ。食費、学費、個室使用費、スマホにインターネット、光熱費。おまけに風呂、トイレ、水、極道一家のピリ辛空気……。まさかお前、タダでヒキコモってるとは思わなんだよな?」

「むちゃくちゃだ! そんなの全部ひっくるめても、半年で二億になるわけ――」

「あとは、お前の母親の療養費だ」


 ドスの利いた低音が無慈悲な短刀となり、俺のドテっ腹を斬り裂いた。

 理不尽にわめいていた腹の虫は、蜘蛛の子散らすように逃げていってしまう。


「だからって二億なんて借金……高校生に返せるわけないだろ」

「お前……高校入学時のダンジョン耐性試験、りょうだったそうじゃないか」


 どくんと、心臓が跳ね上がる。

 俺なんかに興味ないはずのオヤジが、なんでそんな事知ってるんだ……?


「確か二十歳までだったよなあ? あの忌々しいダンジョンに入れるのは」

「はい……」

「中にいる魔物を倒せば、莫大なエネルギーを秘める魔石とやらが手に入る。国のなんとか管理局が、高値で買い取ってくれるんだろう?」

「Dストリーマ管理局……ですね」

「おまけにダンジョン配信でもすりゃあ、見てる人数によっては一日で数十万もの稼ぎになるんだって?」

「……トップランカーじゃないと、そこまでは」

「ならとっととダンジョン行って、トップランカーになってこい」


 獄卒束ねる暴君の、賤民せんみん見据える冷えた魔眼マガン

 俺の生存本能が激しく警鐘を鳴らす。ここで『はい』以外の返事は、死を招くと。


「はい……」


 俺にはもう、ダンジョンで稼いで借金返済する以外、生き残る選択肢は残っていないのだと。

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