【短編】しょっぱくて脂っこくて少し甘い

灯依よみ

しょっぱくて脂っこくて少し甘い

ちょうど一か月前の今日、私は隣の席の健斗くんに本命チョコを渡した。それにより円周率の日とも言われる今日、私は緊張で帰りの挨拶から動けなくなっている。その時の手はきっと、今以上に湿っていたのだろうと思うと少し恥ずかしくなる。

「ねぇ佐藤さん。」

私に向けられたその優しい声は健斗くんのものだった。

「なに?」

冷静さを装う私の動揺は足を通じて学校全体に響いているようだった。

「バレンタインチョコおいしかったよ。ありがとね。」

その言葉を信じた私が顔を上げた時、彼の手にあったのは・・・サラミだった。

「あ、これ」

そう言って彼は手に持つサラミを私に向け、私はそれを両手で受け取る。

(...え?)

これどういう状況?

「えっと~」

なんで、あなたは私にサラミを?

「あのチョコ、手作りだよね?すごく美味しかったわ」

彼の尊い笑顔から発せられるその言葉だけで私の頭の中の違和感はもうどうでも良くなっていた。

「ありがと...ね!」

今伝えられる最大限の感謝を伝えたつもりだったが、動揺は隠しきれていなかったらしく、彼の顔が一瞬曇る。

「なんか、よくなかったかな?」

「いや、そんなことは」

やばいやばい、そんな顔しないでよ。

「それ、サラミだよね?」

「うん。」

彼は私の疑問に何かやっちゃった?と言わんばかりの顔で答える。

「これまでもお返しはサラミを?」

「ううん。でも佐藤さんに本命をもらえたから。」

その一言を聞いて私は彼に本命チョコを渡せたことを内心また感動する。が、サラミは普通に意味不なので、改めて質問をする。

「なんでサラミなの?」

「あ、そゆこと」

彼は疑問が解決したような顔をするが私からすると何を言っているのかわからない。

「佐藤さんにとって僕はサラミみたいな存在だなって思ったから。」

「なるほど?」

つまり、どういうこと?サラミみたいな存在?ふざけてるの?

(もしかしてフられた!?)

そう察した瞬間、私の目から塩味の液体がボトボトと零れ落ちる。

「え、ごめんごめん。なんで?」

「いや、これは健斗くんなりの優しさなんだよね?」

私はパニクって意味が分からないことを言ってしまう。

「ごめん、どゆこと?」

困っている彼の顔は滲んでいてもかっこいいまんまだ。

(やっぱり一方的な好意は邪魔だったのかな?)

「なんか勘違いしてない?」

「え」

私は一つのひらがなをなんとか喉の奥からやっと絞り出す。

「僕は佐藤さんの思いを受けてすごく嬉しかったし、」

「私は全然、」

「僕からもお付き合いお願いします。」

「気にしてないし...え?」

今なんて?

「今、なんて言ったの?」

顔から滴る液体が何なのかなんて気にせずに私は面と向かってそう聞く。

「いや、僕と付き合ってほしいなって。」

「どうして」

「いや、サラミ渡したでしょ?」

「だってそれってダメって意味じゃ?」

「さすがにおかしすぎたかな。」

「だからどういうこと?」

「サラミ作戦って知ってる?」

「え?」

なにそれ。

「まぁサラミを薄く切るように少しずつ削っていく戦術のことなんだけど。」

号泣しつつも健斗くんは物知りなんだなと感心する。

「佐藤さんは、僕にずっと好意を見せてくれたからさ。」

「それで僕がそのさ、落とされちゃったというか//」

そんな照れ顔されたら...ずるいよ。

「てか、これ普通に冗談のつもりだったんだけどな。」

そう言って彼は大きなカバンからきれいに包装された手のひらサイズの箱を取り出した。

「こっちが本当の」

「あ、りがとう」

それを受け取りながら少しずつ涙が止まり始めているのを感じる。

「今日一緒に帰ろうよ。」

(健斗くんは私の好意をしっかり受け止てくれていたんだ。)

そう理解できた瞬間に急に心臓が膨張する力が強まった気がした。

「うん!」

私の14のホワイトデーは彼のサラミによって真っ赤に染まり、きれいなピンク色に輝いていた。

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【短編】しょっぱくて脂っこくて少し甘い 灯依よみ @toui_yomi

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