最終話 アパート『らあめん荘』
三羽は今日の最後の物件に来ました。
「メインストリートからは外れますが、のどかな場所ですよ」
横道をよちよちと三羽で進んでいきます。インパクトが強い物件二件はしごしたので、ちょっとだけ疲れて無言になっていました。
疲れもありましたが、実はこの物件こそアレクとアリスの本命でした。なのでちょっと緊張しているのもあって無言なのです。
「見えてきましたね」
先を歩いていたフドウさんが言いました。
目線の先にはちょっとだけ年季の入った二階建ての木造アパートがありました。その名前は『らあめん荘』です。
先の二件のような洒落っ気や華美さはありませんが、どこか胸の奥にすとんと落ちるような味わいのあるネーミングでした。
「こちらは先ほどのクリスタルパレスとメゾン・ド・ショコラと比較いたしますと少し通りから外れています。また建物も少し古めになります」
フドウさんは訥々と説明していきます。
「ですがこのアパートの一階部分は大家さんが営むラーメン屋さんとなっており、入居者は特別料金での飲食ができるのです。とんこつ、塩、醤油、味噌、家系、二郎系とオールマイティーに飛んだメニューを美味しく提供されているので、実は私もたまに食べに来るんです」
多岐に渡るラーメンのメニューです。なんだか仕込みが大変そうですね。
「フドウさんも、ラーメンがお好きなんですね」
アリスが声を弾ませました。目が爛々に輝いています。
「ええ、それはもう。アリスさんたちがラーメン好きと聞いて担当を申し出たほどですから」
その昔、ペペペン大陸ではラーメンが一世風靡しておりました。
それはまさに、三歩歩けばどこかのラーメン屋の行列に出くわすほどの人気ぶりでした。
大食いファイターがはやったのもこのころでした。大体どの大会も決勝戦に大盛りラーメンが出てきたものです。
「昔は……はやってましたよね、ラーメン。今はチョコレートに取って代わってしまいましたが」
「チョコレートの湖は、もともとラーメンスープでしたものね」
「流行り廃りというものは、儚いものですねえ」
「せめてチョコレートホームは、少しでも存続するといいのですけれど」
今までどれだけのものがこのウィンタフルでトレンドに上がっては、姿を消していったのでしょうか。
タピオカミルクティーもありました、イタ飯なんて言葉もありました、食べるラー油もありました、マリトッツォもありました、ケータイ小説もありました、バトエンもありました。
諸行無常とはよく言ったなと、アレクは思います。
もしかしてトレンドの波に乗っているうちに、今いるペンギンたちも現れていなくなっていくのではないかと心配にもなりました。
家のこともです。新居が決まって、いつまでアリスと一緒に暮らせるのでしょうか。
「わたしブームが去っても好きですよ。ラーメン。世界の誰が食べなくても、わたし一人で食べちゃいます」
「……そうだね」
言い切るアリスに、しみじみとアレクは答えます。
――そうだ。そうだよ。
トレンドはあくまで『世間』のものです。決して『自分自身』のものではないのです。自分が好きなら好き、それでいいのです。
さっそくお部屋を見ると、華々しさがないぶん落ち着く雰囲気でした。それにラーメンのいい匂いがします。
「ああ……もう幸せ」
幸福のため息をつくアレクとアリスをフドウさんが優しい目で見つめていました。
それからアレクは契約し、アリスと一緒にらあめん荘に住み始めました。
美味しいラーメン屋さんでは、フドウさんと会うこともあります。
「わたし、ずっとアレクが好きよ」
「僕も、アリスが好きだ」
アレクとアリスはカップル限定特盛りラーメンを二人で分けっこして、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし
ペンギンさんの物件探し 七草かなえ @nanakusakanae
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
七草氏の書架/七草かなえ
★21 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます