第50話 雒城の戦い

 雒城は深い掘で囲まれていた。

 城内からは各城門から橋を下ろせる仕組みになっていて、出入り自由だが、外からは城に近寄ることができない。

 劉備軍は城を包囲したが、攻撃の糸口がつかめなかった。


 劉備は幹部を集め、軍議を開いた。

「雒城をどうやって攻略すべきか、忌憚なく意見を言ってくれ」

「堀を埋めなくては、城壁に取り付けません。土木工事のような作業が必要です」と龐統が言った。

「敵前でそのような工事ができるか?」

「まず無理ですね。矢が雨のように降ってくるでしょう」

 龐統は深いため息をついた。


「こちらからも弓矢で応戦できるようにしましょう」と言ったのは、魏延だった。

「敵は城壁の上にいる。我らは地面の上だ。矢の射ち合いでは、勝ち目がないが……」

「攻城やぐらをつくるのです」

 攻城やぐらとは、移動式の木造やぐらである。車の上にやぐらを建築したもの。

「やぐらから城壁の上の弓兵を狙うのです。矢戦をしながら、掘を埋めましょう。犠牲を少なくすることができます」

 劉備は刮目して魏延を見た。

 このような提案ができる男だったのか……。

「攻城やぐらなど、我々は使ったことも、つくったこともない。できるのか?」

「できなければ勝てません。袁紹が、曹操や公孫瓚と戦ったときに使用したと聞いています。なんとかなるでしょう」

「やってみよう。全軍、魏延の協力をせよ。城攻めは、やぐらが完成してからとする」


 魏延は攻城やぐらを五基つくることにした。

 山から木材を切り出すところから始め、やぐらが完成するまで三か月かかった。

 その間、劉備軍は雒城を包囲するだけで、まったく手出ししなかった。


 やぐらが完成すると、魏延は作戦を披露した。

「五基のやぐらを集中的に運用し、矢戦を行います。その下で掘の埋め立て工事を同時に行います。まずは東西南北の門の前の堀を埋めてしまいましょう。東門から始めます」

 龐統は呆然としていた。

 作戦を立てるのが彼の役目だが、魏延にその仕事を完全に奪われている。


 東門の前に五基の攻城やぐらが現れたとき、劉循は唖然とした。

 敵兵がその下で掘の埋め立てを始めたとき、彼は劉備軍の目的を察知した。

「堀を埋めさせるな。弓兵、敵を射よ」

 雒城の守備兵は、掘を埋めようとしている劉備軍の兵士を矢で攻撃した。

 その弓兵を、やぐらの上の弓兵が射殺した。

「劉循様、やぐらを攻めねば、こちらがやられてしまいます」

 東門の守備を担当している将校が叫んだ。

 劉循はやぐらか掘かどちらの敵兵を先に攻撃すべきか迷った。

「やぐらを沈黙させれば、敵は作業を続行できません」と張任が助言した。

「よし、やぐらを攻めよ」


 ひとつの攻城やぐらの上には、五人の敵兵がいた。

 城壁から矢を集中させると、五人を排除することができた。

 しかし、劉備軍は執拗にかわりの兵を送り、矢戦は終わることがなかった。

 一日が過ぎると、東門の前の堀は埋められていた。


 三日が過ぎ、東、北、南の門の前の堀がなくなり、敵地と地続きになった。

「明日は西門の前に攻城やぐらが来るだろう。なんとかあれを壊せないものか……」と劉循は悩んだ。

「すみません、工夫が足りませんでした。明日は、火矢を用いてみましょう」と張任が言った。

「火矢か。よいかもしれない」


 翌日、西門の前に攻城やぐらが現れ、劉備軍は掘の埋め立てを始めた。

「あれを燃やせ!」

 劉循が叫び、城兵は火矢を放った。

 やぐらは木材でできている。

 何発かの火矢が突き刺さると、やぐらは燃えあがり、その上に乗っていた兵は焼死した。

 五基のやぐらがすべて焼失すると、劉備軍は埋め立て工事を中止し、引きあげた。


 劉備はまた軍議を開いた。

「やぐらはもう使えぬぞ。魏延殿、どうする?」と龐統は言った。

 魏延は少し考えてから答えた。

「次は投石車をつくりましょう」

「投石車だと?」

「曹操が袁紹との戦いで使った例があります。石を城壁の上へ飛ばして、敵兵を殺傷します。攻撃と同時に埋め立てを行いましょう」

 劉備は乗り気になった。

「投石車とは、攻城やぐら以上につくるのがむずかしそうだが、魏延、できるのか?」

「時間をいただくことになりますが、必ずやつくってみせます」

「よし、やってみよ」

 また魏延の策が採用されることになった。


 魏延の言葉ばかりが取り上げられる。龐統はいたたまれなくなった。

「殿、夜間工事をしてみてはいかがでしょうか」

「夜間に埋め立てを行うのか」

「昼間よりは、犠牲が少ないと思います」

「わかった。魏延は投石車をつくれ。龐統と黄忠は、夜間工事をせよ。犠牲者の数は、毎日おれに報告してくれ」


 夜に掘が埋められていることに、城兵はすぐに気づいた。

「劉循様、敵は闇夜にまぎれて、埋め立てをすることにしたようです」と敵の動きに気づいた将校が報告した。

「張任、どう対応しようか?」

「篝火を増やし、敵を照らして、矢を射ましょう。石も落としてやりましょう」 

「わかった。そうしよう」


 夜間工事中、城壁の上から矢と石が降りそそいだ。

 犠牲者を出しながら、埋め立て作業は進められた。

「昨夜は十三人死にました。怪我人は六十人です」

 龐統は胃痛を感じながら報告した。

「埋め立ての進捗はどうだ?」

「東門と北門の間を埋めております。すべて埋めるまで、あと七日ほどかかりそうです」

 劉備は表情を変えず、龐統の言葉を受け止めた。

「ご苦労。続行せよ」


 毎夜、死者が出る。

「すまない、黄忠殿」と龐統は言った。

「これは戦だ。死人が出るのは当然だ」

 黄忠は平然としていた。


 東門と北門の間の埋め立てを終えたとき、死傷者は千人を超えた。

「申し訳ありません」と龐統は劉備に謝罪した。

「あやまることはない。よくやってくれた。しかし、工事はいったん中止しようか」

 劉備は投石車の完成を待つことにした。


 また三か月が過ぎた。

 投石車が二台完成した。

 魏延は投石車を東門と南門の中間地点の前に据えた。

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